マルガリータ・クロイツとまちがいさがし 4

 四問連続正解されてリーチ、あっさりとマリーはピンチに陥っていた。


「これは、僕の世界の話だけかもしれないけれど、女性軍人はほとんど雑魚ばかりなんだ。その理由、わかる?」


 対してピンク、余裕なのかお喋りを始める。


 「ヒント、体格や筋力が原因じゃない。テクノロジーがそこそこ発達してると、銃持って引き金退く以上のパワーとかいらないからねー」


 答など知る由もないマリー、それどころではないので無視をする。


「正解は愚かだから。例えばさ、軍隊に入りたての新兵が恒例行事として、毎朝やらされる訓練、朝に張り出される朝食のメニューを丸暗記して上級生に暗唱するんだけど、個人差はあるよ? けど女性はできない、というかやらないんだ。できないだけならまだしも、逆らってくる。『こんな訓練になんの意味があるんですかー』だって、最終的にはメニュー見ることさえも拒否するようになるんだ」


 口調は変わっても、馬鹿にしてることに違いは無く、それがこの男、ピンクの本質なのだとマリーは頭の片隅で悟る。


「全部がそう。何で訓練するのか、なんで戦うのか、しなくていい、やらなくていいって勝手にほざいて、やらない。質が悪いことに人権主義はそういうのに寛大だからね。結局は女性はこの訓練免除に、そう言った感じで女性は能力が低いまま試験を突破してくから、階級一緒でも雑魚バッカ。それで実戦に出たら特別扱いで優遇されて、敵なら敵で、殺したら仲間からもバッシング受けるし、ほんと、女性ってだけで得だよねー」


 好き勝手に言ってるピンクを無視し続けるマリー、撮った写真より、間違いを探す作業に没頭する。


 一枚、一枚、これまでの正当から間違いを予想して、窓の数や建物の形を見て覚え、対となってる写真を探して見比べて、一緒になってるのかなってないのか、あやふやなまま次へと進む。


 それだけどれだけ時間を消耗したか、外観だけとはいえ街二つの情報量は膨大で、そこから間違いを見つけ出すのは、人力では難しい。


 ……だから、マリーは言いたいけれど言えないことがあった。


 ピンク、その頭に被っているヘルメットのバイザー、それがカメラになっているのではないか?


 そして録画した映像を、あの巨大ロボットに飛ばして分析してフィードバックしているのではないか?


 疑惑、だけど確証も証拠もなく、それを口にしたところで、自分ができなければ相手もできないと思い込んでいる愚か者、とののしられる未来しか思い浮かばない。


 だから、黙って、間違いを探す。


 けれど、焦る気持ち、何度も見返す写真、どれもこれも同じに見えて、やっぱり人力で行えることには思えない。


 たらりと汗が垂れる。


 動悸、息切れ、背中の筋肉が強張って、胃の辺りがキュッとなった、焦りと緊張、ただ気持ちだけが急かして、だけども作業自体は一向に進まない。


「あーあ、もう飽きちゃったよ。じゃ押すね」


 カチリ、ピンク、マリーの必死の努力も無視してのスイッチオン、ふわりと立ち上がって首関節を鳴らす。


「待って!」


 思わずでたマリーの声に、ピンクは間違いなく笑いながら、だけども待つことはなかった。


「最後の間違いはー、ぼくちんが最初にいたー、あのー、スタジアムのー、南側のー、通りがー、西側だけー、西に向かうほどー、西側にー、ちょっとだけ傾いて」


 正解を口にしていくピンク、その間延びした声、これで正解ならば、こんな奴に敗北するという屈辱、それらが生み出す焦りが、マリーの精神をぐちゃぐちゃにして、そして弾けさせた。


 サイコキネシス、超能力の一種、思念を物理的な力として物体を動かす頂上の能力、ゆえに使い手の精神状態に大きく依存し、このように追い詰められた状態では自己防衛反応と結びついて、暴発する。


 拭馴れた時ならばまだしも、成人して、一人前となった今日日のマリーには、性格的にも能力的にも珍しいサイコキネシスの暴走、暴発は、その原因であるピンクへ向けて、ぶっ放された。


 不可視の力場、戦車程度ならば余裕でひっくり返せるパワー、それの手加減無しの暴発、即ち力の乱気流にもまれて、ピンクはもみくちゃとなった。


 何とも形容しがたい、滑稽な動き、ガクガクと前後に揺れたかと思えば上に、右にと飛ばされ、ひっくり返ったかと思えば捻られ、捻じられ、吹っ飛ばされて、地に落ちる。


 その動き全てに対応するスポットライトがよりこっけいさを演出するが、やらかしたマリーには笑う余裕などない。


 すぐさま駆け寄りたい衝動、だけど相手はピンクということで足がすくみ、結果として動けない。


 そのマリーの目の前で、ピンクはずるりと立ち上がった。


 衝撃で砕けたフルフェイスのメット、露になった顔の下半分、白い肌に若干の無精ひげの残る顎、そして口元は狂気に笑っていた。


「いいねー、人を卑怯者呼ばわりしてたのと同じ人間とは思えない豹変ぶり、これだから女ってや、つ、は」


 言いかけるピンク、だけどその口が閉じ、笑みが消えた。


 同時にべろりと垂れ下がるのは、ピンクのぴっちりスーツ、その上半身部分、肩口から千切れて前へと垂れ下がり、そのぶ厚い胸筋や六つに割れた腹筋が露になる。


 …………そこにはビッチりと地図が掻きこまれていた。


 へそを中心に左右対称、細かな線が繊細に掻きこまれてあって、横に掻きこまれた文字は新聞のフォントよりも細かい。


 その色は黒、それもテカテカと光っていて、スポットライトの光の加減から若干盛り上がっているようにも見えた。


 その姿と、これまで見せてきた能力から導き出される想像、それらは全て焼き印に見えた。


 あの、白く輝く赤い炎、それをぴっちりスーツの中を這わせて肌をメモ帳に、嫌がらせしながら見てきた一切の情報を、文字通り体に焼きつけてきた。


 当然、スーツの上から見ることはできないだろう。


 けれど、一つ一つの情報を焼き入れることで、痛みと共に記憶する。


 受験勉強で公式を書いた食パンを暗唱しながら丸のみにするのの、最上位バージョン、それを、ピンクはやっていた。


 ……覚悟が違った。


 マリーだって手を抜いていたわけではない。


 けれども、命がけとか、そういうわけではなくて、このピンクのように真剣に、本気で、その体を犠牲にしてまで戦い抜くという気概が抜けていた。


 この競技は、対戦終了後に傷などは全回復するとは聞いている。だからといって、同じようなことをするかと自分に訪ねても、首を横に降るだけだった。


 その違い、その差、それが敗因だと、マリーは心のどこかで敗北を認めていた。


「見たな……」


 けれども────


「……そして、笑ったな?」


 ────その意思は正しくピンクに伝わらなかった。


「あぁその目、知ってるさ。こんなことに真剣になってバッカみたい、そんなことしてるならもっと有意義に、賢く稼げるのにって、男ってバカねって目だ。違うか?」


「違う。そうじゃないわ」


 即答。


 けれどもピンクの耳には届かず、返事の代わりにその身を揺らす。


 そこへ白く輝く赤い火の粉、フワフワと、舞い集まる。


 それも凄まじい量、まるで花火の爆発が逆再生されるように、空から、道の向こうから、炎が集まりピンクを、焼く。


 炎の揺らめきの向こうで地図が焼き潰され、周囲に焦げる嫌な臭いが立ち込める。


 ドラムロールをかき消すようなジュクジュクと煮える音は、ピンクの肌の下、脂肪がとろける音だった。


 文字通りその身を焼くピンク、炎に包まれ高温に襲われ、だけども苦痛の声もあげず、代わりに獣が遅いかかる直前のように重心を前へと倒す。


「馬鹿に、しやがって」


 地獄の底のような焦げた声に、マリーの全身の毛が逆立ち、本能が危険を叫ぶ。


「殺す」


宣言、そして、突っ込んできたピンクに、マリーができることは、全力のサイコキネシスをぶつけることだけだった。


 チッ!


 すぐ横を掠めた高温、咄嗟に突き出した念力の壁はあっさりと突き破られ、だけどもその僅かな摩擦により軌道がずれて、左肩を刳り焼かれるにとどまった。


 それでも当然、筆舌しがたい苦痛、そこに後から襲う熱風が、剥き出しの骨身を抜けて心臓にまで熱を伝えてくる。


 それでも次に備えられたのはマリー故、ローストされた左腕を庇いながらも振り返り、突き抜けたピンクを視線で追う。


 ……そこから先、見えたのは、溶解して大きく開いた建物の穴、まるで戦艦のビーム兵器が貫通したかのような破壊痕、それほどまでの力があるとは、マリーは驚く。


 それ以上に、ここまでの力を出させるほどの、怒りに、転送の光に包まれながら思いをはせる。


 悔しいけれど、その記憶力、発想力、そしてこの力、習得に努力を重ねただろうと思う。


 だけど性格は最低、徹頭徹尾、女性を見下していた。


 そのくせ、この拗らせ方、勝手に勘違いでここまでブチ切れるほどの、コンプレックス、何があったのか、何がそうさせたのか、想像すらできない。


 ただ少し、マリーは、ピンクのことを、もったいないなと、それから可哀想だな、と、そしてきっと、もう手遅れだろうと、そう感じていた。


 ◇


 まちがいさがし:マルガリータ・クロイツvsケンヤ=ペトロリアム


 勝者、ケンヤ=ペトロリアム。

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