エピローグ

 数々の競技を戦い抜き、その間それなりの時間、共に過ごした六人、だけれどもそこには友情も、連帯感も、親愛の情もわかなかった。


 控室として与えられた床屋、その真ん中で腕立て伏せを続けるのはファルコだった。


 聖遺物である『石板』を背負ったまま、その重量を加算した筋肉トレーニングにて、ただひたすらに体を鍛え続けている。


 先の競技にて、勝利をもぎ取ったとは言え、接戦だった故の反省、まじめすぎる対応だった。


 その横で同じぐらい、せわしなく動いているのはボクだった。


 その不死の身こそが聖遺物の『神薬』とも呼べる巨体にて、シャンプー用の洗面台で粗相に汚れたズボンを選択していた。


 誰に命じられたわけでもなく率先して働くのは悠久の時を経ても落ちない奴隷根性によるものだった。


 そんな労働に背を向け、レジ向こうの控えのスペースで円陣を組むのはカークだった。


 その身を六つに振り分ける聖遺物『大鍋』の力を用いながらやっていることは、一冊の漫画の、パンチラ一コマを凝視することだった。


 六つの体に一つの精神、そして一つの欲望に六つの体が引っ張られている構図だった。


 一方で、現れているズボンの持ち主であり、今は下半身を防水エプロンで隠しているのはバイコディンだった。


 ただぼんやりと宙を見つめながら、聖遺物の『聖剣』を抱え、じっとしている。


 自分が何をしてきたか、ここで何を手にしたのか、何を償ったのか、それさえもあやふやで、ある意味で最も罪深い存在となっていた。


 それらを遠目に見ながら、壁に凭れて嬉しそうなのはアビーだった。


 己の聖遺物である『冬盾』をタオルで磨きながら鼻歌まで奏でて、気温の緩さからも上機嫌なのは間違いなかった。


 何かよいことがあった様子、だけどもそれを他者へ分け与えるつもりのない見えないけれど冷たい壁が確かにあった。


 一方、それとは対照的に不機嫌なのはマーガリンピンクだった。


 ただ床に胡坐を組んで座るだけながら、その身からは聖遺物の『始炎』が発する高熱により陽炎が立ち上っていた。


 競技終了から口を開かないまでも全身で訴える不機嫌は、言葉なくともそのねじ曲がった精神からくるものだと察しはついた。


 競技参加者六人、ラスト-マン-プレミアム、そこには友情も、連帯感も、親愛の情もわかなかった。


 けれども、ここへいざなった自称天使であるメッサハエールが捻り潰された時には、一斉に反応した。


「さぁこれで一仕事完了っと」


 呟いたのは突如として現れ、捻り潰した男だった。


 黒髪黒目、カマキリのようにとがった顎、似合わないスーツ姿、薄気味悪い笑み、ただそれだけならただの気持ち悪い男ながら、天使を捻り潰した左手からは無数の白い紐のようなものが生え伸びていた。


 その紐は、まるで神経が通っているかのように蠢くと、シュルシュルと男の左手の中へを巻き戻されていった。


「初めましてみなさん。今回の競技お疲れさまでした。個々の活躍、楽しく見させてもらいましたよ」


 にへら、と笑う顔には悪意が隠しきれておらず、この男もまた、ここの六人と同様か、それ以上の悪人であると、自己紹介していた。


 そして、突然悪人が現れれば、空気がぴりつくのは、どこも一緒だった。


「遅れましたが、私、安田と申します。どうぞお見知りおきを。今回ここに邪魔させていただいたのは、ぶっちゃけスカウトです」


 ぴりつく空気がわからないのか、安田と名乗った男はぺこりと頭を下げる。


「さて、もうすぐ発表があるとは思いますが今回の競技、もうすぐ決着となります。その結果は、はっきり言ってみなさんには関係ありません。なぜならみなさんはこれから処分されるからです」


 大きな身振り手振り、そこに意味があるとすれば自己顕示欲と相手への侮辱、だけれどもその内容に興味がある六人、見逃す。


「戦い勝利したら減刑、となってるそうですが、正直みなさん、神の失敗の重要参考人ですからね。それにぶっちゃけ、力だけあっても使い道が乏しいみなさんを神とはいえ、延々と養っていくのはきついらしいです。いやはや、みなさんが参戦したのがというのは何とも皮肉な話ですね」


 ガチリ、硬いものと硬いものがぶつかる音、それが何で、誰がやったかは不明ながら、言いたいことは明白だった。


「ですが力があるのは事実、このまま消されてしまうのはもったいない。なので我々がスカウトしに来ました、ということです。詳しくはこちらを」


 言って安田、懐から皺くちゃになったチラシを引っ張り出すと、それらを配り始める。


 各々受け取り目を通せば『パールウェーブ・コーポレーション』とあり、その次には『週休八日制』『残業無視』『アットホームな職場』『業界シェアNO1』『やりがい第一』『神に負けるな』『一緒に夢と未来を掴みましょう』と続く。


「私が属している会社、といっていいのでしょうか、組織がこれです。事業としては色々手広くやってまして、有名どころだとテレパシーショッピング、ちょっと前にやってた、知らない? そうですか。後は、みなさんお得意の『人類抹消』も新たに始めることになり、その人員をですね今回の募集は……」


 ここまですらすらいって、一瞬間を置いて、そして邪悪に笑う。


「……ですが、採用枠はお一人様限りです。もちろんそちらの六体一人は鍋も込みでひとくくりですが、世知辛い世の中なので」


 そう言ってポン、と手を叩く。


「では採用試験を、この場でみなさん殺し合ってください。それで生き残れた最後の一人を連れて帰ろうと思います。もちろん強制ではありません。ただ、まぁ、断っても構いませんが、その場合はこの床屋から出られる保証はないですよ?」


 ねっとりと語りながら浮かべる笑顔は、強者が弱者をいたぶるときに見せるものだった。


「それでは時間がもったいないので、さっそく始めてください」


 そう切り出され、六人、一瞬の間を置いてから、一斉に安田へと襲い掛かった。

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自主企画『ダイスロール・ウォー』用設定 ラスト‐マン‐プレミアム 負け犬アベンジャー @myoumu

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