高天原 唯とあじくらべ 3

「おい! 二階堂! おい! 何寝とんねん!」


 続くのはガッガッという音、唯が知る限りそれは拳で顔を殴りつける音だった。


「本番やぞ本番中! 眠りこけるたぁどんな教育うけとんねん! 片親か? 片方しか親おらんのかおい二階堂!」


「ちょまちぃや! そいつ死んでるちゃいまっか?」


「あ? あ、ほんまや。しょうもな! ちょっとふざけてどつきまわしただけで簡単にいってもうたる。ほんま、最近の若い奴は、脆くてかなわんなぁ」


「そんな人のこと言えます? こないだ辞ぃでレギュラーに穴空けてたやん誰やったぁ?」


「それはお前や! 俺は深爪やぁと、何年前の話やねん!」


 ペチンと音、湧き上がる笑い声、死んでるんじゃない、殺されたんだとのツッコミは一切なかった。


 マヨネーズから始まり、ヨーグルト、カレー、ジャガイモ、まずい米、延々とねじ込まれてくる。


 一口はスプーン一杯、さりとて最初の一口に問題の一口、明らかに違っていたらもう一口、最初と同じものが口に来るまで終わりなくねじ込まれていく。間に水も休憩もなく、かといって耐えきれず吐き出せば倍返し、はっきり言ってただの拷問だった。


 それに耐えきれなかったらしい二階堂レモン、ゲロの音を最後に鳴き声も途絶えて、今は笑い者にされている。


 あぁここはアヘン窟だと唯はやっと理解した。


 周囲全員イかれてる。


 殺人鬼が妄想からの殺人ゲームを被害者にプレゼントしてるようなもの、でなければ何がこんな、面白いのか、理解できない。


 それでも仕事柄、殺人鬼の心理はわかってしまっている。


 彼らはオモチャで遊ぶ子供と同じ、飽きたら捨てるが飽きるまでは捨てない。


 だから必死に、テレビで見てきた頭の軽そうなアイドル擬きのフリをしてきたけど、それでも満腹以外のイジリがなくて済んでたのは二階堂という最も楽しいオモチャがあったから、亡くなったなら、次を探す。


 こっちに来るな、となりに行け、一番はカークだ。


 だけども変化は、念じる唯の思いとは反対側、もう一人の参加者、又の助から聞こえてきた。


「ふごおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 鼻から声を出し、重ねて聞こえるがたがたガチャガチャ、床を伝わり振動も大きい。


 そしてべギリとの破壊音、その位置と音から、手の拘束を破壊した音だと唯は聞き取った。


 これは、いいかもしれない。


 脱出、反旗、成功すればスカッとするし、失敗しても試みなかった良い子、として媚を売れる。まるでいじめを見て見ぬふりをする空っぽな学生に堕ちた気分だったけれど、それはそれ、誇りよりも実益を期待して、唯は押し黙った。


「なんやなんや?」


「あれやな? ちょっとつもーしんーゆーやつやろ、知っとるで」


 それもこれも想定内なのか、司会者二人に動揺は聞こえない。


 そうしてる間に更に破壊音、ガチャンと投げ捨てられたのはスイッチだろうか。


「おっしゃこれで自由だ!」


 又の助、これまでとは打って変わっての力強い声に、唯は心の中でこっそり応援する。


「お前らよくもやってくれたな不味いもんばっかり食わせやがって! 見てろぶっとばしてやる! こんなもの!」


 ブチりと千切れる音、拘束してる中でそんな音をしそうなのは目隠しだろう。


 …………その予想の答えを知りたい唯だったが、又の助からの反応がない。


 代わりに、絶叫が響いた。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 声よりも鳴き声、鳴き声よりもクラクションに近い絶叫、唯の耳を指す。


「なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ! なんなんだここは! お前らは! なんだなんだなんだなんだなんだ!!!!」


 まくし立てる声には理性はなく、ただ恐怖と混乱だけがひしひしと伝わってくる。


「何ぃ言われましてもね」


「ワシらはワシらやからね」


 それに、当然のように、想像できてた低いリアクション、観客席からは笑い声まで聞こえてくる。


 そのギャップ、唯は初めてぞわりと、冷や汗を垂らした。


 何を見た? どうなってる? 彼らは、何?


 浮かび上がる想像力、だけどこれまでの危機察知能力がそれを押し殺す。


 知ったら、まともではいられない。


 それは天使デストリエル様のお力とは異なる、ロジックさえも理解しようとすれば狂う類のもの、正しい扱いは触れないことだと唯は知っていた。


 だから、もう又の助が助からないのは知っていた。


 ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼお!!!


 いつのまにか絶叫は途絶えて、代わりに泡立つ音と、滴る音、広がるカレーと鉄分の匂い、ばたりと倒れる音と振動、やっと死んだ、いえ死ねたのかと、唯は冷酷に感じていた。


「さぁ! これでいよいよ一騎打ち! 残るは紅一点の唯ちゃん! そして六人一組のカーク! いよいよクライマックスです!」


 盛り上がる会場、だけど逆に唯は冷めて、まだ終わりじゃないと正解できるまで終わりじゃないとわかっていた。


「それではここまでの気持ちを一言で!」


「ここまできたら最後まで! 美味しいもの食べて頑張ります!」


 声の位置、方向、順番から予測しての隙のない返事、渾身の作り笑い、我ながら上手いものだと、これならばアイドルは無理でも芸能人はやれるんじゃないのかと、唯は一瞬本気で考えた。


「次はカーク! どうぞ!」


「「「「「「問題ない。一人の胃は限界だが、残り五人は空腹だ。続けられる」」」」」」


 あっさりと、当然のことのように言われた一言に、唯は凍りついた。

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