高天原 唯とあじくらべ 4

 生放送、コマーシャルの間だからといって全てが止まっているわけではない。


 備品の入れ替えにスケジュールのチェック、問題点があればこの時に伝え、修正し、本番に間に合わせる。


 これがどれほど唯の知る世界と似ているかはわからないけれど、実際のテレビもこのような形だろう。


「マイクチェック入ります!」


 その一言共に近寄る気配、そして言葉の代わりに荒い鼻息吹きかけ、ベタベタと唯の体が触られる。


 動けない出演者の代わりにマイクの位置を直す、と最初の説明では言っていたが、そもそもそんなものつけている感触がない。


 これは単に触りたいだけ、堂々と行われているセクハラ、それがコマーシャルの度に行われていた。


 ……これに激怒するは素人、これを利用するのが玄人だと、自分を慰め、そして努めてきた。


 抵抗せず、思わせぶりな表情、さりげない言葉、魔性と呼べぬまでもその気を惹き起こさせる心理戦、そこからするりと引き出す情報戦、デストリエルの巫女としては不要と思える技術だけども、唯は防衛のために一通りは学んでいた。


「……あのー、ちょっと訊いてもいいかな?」


「あ、あ、あ、僕はブリーフ派なんだ。だけど洗濯が大変ならトランクスに履き替えても、いいかな」


 気持ち悪い妄言、絶対にこいつは風呂に入ってないデブだと確信していた唯だが、あの又の助の発狂具合から見て、もっと悲惨な外見なのかも知れない。だとしたら、とは唯は考えない。それ以上は危険だ。


「で、でも僕が着替えるなら、ユイタンも、き、着替えないと。大丈夫、下着はいっぱい家にあるから」


「となりの、カークさんでしたっけ?」


「やめろ。やめろっ。僕の前で他の男の話をするなっ。僕だけを見ろっ」


「いやん。男の子は一人だけよ。六人でうんたらしなきゃダメなのは男の子じゃないでしょ?」


「そうだよっ。あいつはっ、あいつらはっ、六人並んでいて一人しか食べてないっ。チーム戦だからって食べる量増やしたら卑怯だってっ。なのに解答権は六人分だってっ。あいつらズルいんだよっ」


 聞き捨てならない情報、公平ではなかった競技、物言いの一つも出したいところ、だけれどもこれはテレビ、公開されていてこうということは、そういうことなのだろう。


「しかもだよ? 奴らが宣伝するのも六人だから宣伝の準備も六倍、急いでやったから笹剥けできちゃった。ほらこれユイタン、食べて見てぁヒ!」


 唯の鼻に届く悪臭、唇に感じられる熱、迫る指の気配、想像して胃がせり上がる。


 嗚咽、一歩前、ぎりぎりで気配が遠のいてくれた。


「もうすぐ本番始まるーゆうてんの聴こえてへんのかい!」


 風、そして短い悲鳴、刹那の後にぶちゅりと音、セクハラが投げ潰されたのだと唯が悟のとほぼ同時にコマーシャルが終わった。


「さぁ! 続いてのお題はこちら! なんと新商品! 本邦初! コーポレーション様がこの番組まで取っておいてくださったとっておき! 特性新作ティッシュのお刺身フルコースでございます!」


「うぉおそれは、凄いことやね!」


 だるい。とうとう、もう、食べ物でもなくなった。


 色々な情報に飲まれながら直近できつい情報、酷い番組、こんなの食べてるのを見て何が楽しいんだか。


 ため息吐いた口に問答無用で紙がねじ込まれる。事前に前振りもなく、いきなり、量としては一枚分、ゴワゴワしていて舌の上の水分全部持ってかれる。


「うっはぁ! 又の助、死体みたいやな!」


「いやいやさっき死んだやろなにゆうーとんねん」


 相変わらずな司会、テッシュ云々のツッコミは無し、ならばこれまで通り、すぐに次の一口、問題が口にくる。


 これまで飲み込められないでボコボコにされる役はレモンだった。そのレモンはもういない。


 覚悟、唾を飲み込みたいのにそれさえも吸われる。


 唯、初めての経験、テッシュを食べる。


 噛めば固くでゴワゴワ、舌に広がる食べちゃダメな苦味、鼻に抜けるはフローラルなバラの香り、それらを奥歯で噛み圧縮してやっと飲み込めるサイズ、だけども喉は受け付けなくて、何度も吐き戻しそうになりながらも、無理矢理飲みこめば、のど越しは最悪だった。


 ……飲み込み、喉を通り、胃に落ちるまで、体のどこを通っているか、痛みで感じられた。


「さぁ次第一問!」


 またもねじ込まれるティッシュは、何の皮肉か、これまで出されたどの問題よりもその味は個性的だった。


 歯ごたえは固め、だけど縦の繊維にほろりと崩れて糸になり、なめらかな舌触り、味はほのかで上品な甘さ、香りは紙特有のもので不思議と不快感はなくて、すんなりと喉を通る。


 ぶっちゃけ、美味しい。


 終に自分も狂ったかと思う唯だったが、それでも違う味だとわかるので左を押す。


「おぉ素晴らし。二人ともわかってきたようやな」


 それで両者正解、やっぱり別物だとわかる。


「えぇやっと緊張もが」


 コメント中の不意打ち二問目、今度は不味く、そして味わったことのあるティッシュだった。


 正解、これぞ正解、間違いなく最初に食べたのと同じ味、はっきりとわかる味、だけどここまではっきりと違いが判るなら相手も判るはず、ならば引き分け、決着つかず、延長戦、だるい。


 思ってると、左ボタンが押された。


 ……押したのではない、押された。


 誰かの手で、勝手に、触れてるだけだった唯の指を押し込んで、不正解の方を、押された。


「もが!」


「さぁ! ここに来て答えが割れました! これで決着なるか! 結果はこの後あすぐ!」


 勝手に進む番組、派手な音楽と共にコマーシャルへと入って、今度はマイクチェックもないで放置される。


 ……絶対に、唯は押してない。


 誰かに押された、だけども誰だか見えてない。だけど、カメラの前なら誰かが見ているはず、なのに指摘が無いのは、そう言うことだろう。


 不正、不義、イカサマ、八百長、ずるっこ、出来レース、つまりは勝敗が勝手に決められた、競技でも何でもない、ただの番組ショーだった。


 だるい。


 不平と不満、ギリリとティッシュを噛みしめ、奥歯が痛くなってやめる。もうそれしかできることはないと気が付いた唯は、一気に何もかもがどうでもよくなった。


「…………今回の優勝者はこちら! カーク=ガンカッター!」


「おめでとう!」


 気が付いたら勝手に進んでる番組、だけどもうどうだっていい。


「今のお気持ちを一言で」


「「「「「「最後の問題、間違えるものがいるとは驚きだった。こんなのも判らないものがいるのだな」」」」」」


 対戦相手カークに好き勝手言われてイラっとするも、それに反応することさえもが周囲を楽しませるのだと、唯は押し黙った。


「さぁそれでは時間も押してますしさっそく宣伝タイム! こちらへドン!」


「やっぱアレか、六人やと水槽六つか」


 水槽?


 疑問の中で聞こえてくるのはガタガタと移動する音、対戦相手六人、移動させられているとは感じられた。


『「「「「「「なんだこれは? ここはどこだ? 我々に何をするんだ」」」」」」』


 声、くぐもって聞こえる。


「さぁ恒例の硫酸宣伝タイム! 水槽の中に流酸が流し込まれてる間ならいくあでも! 思う存分! 全国ネットに宣伝しちゃってください!」


「今回は生放送やからな、危ない発言もノーカットやで」


『「「「「「「うぎゃああああああああああああああああ!!!」」」」」」』


 くぐもってもなお絶叫とわかる絶叫、それさえも六人重ねて響かせる。


 こんな連中、勝ったところでまともに生きては返さないとは予測してたけど、ここまで番組に用いるのは、唯でも想像の範囲外だった。


「さぁ、どうです? 今回は?」


「そうですねー……」


 絶叫を背後に響かせながらも司会の二人、〆に入ってる。


「……よかったんちゃいますの? 商品の良さも伝えられたことやし、時間内にも収まって。それにぃほら、準レギュラー候補もおりますやん?」


 言われる意味、唯が理解するのにぐるぐるぐるぐるぐるぐる考えが回る。


 つまりは、こういうこと、話の流れから、勝者が溶かされるのは決定していて、そうならなければ次がありえる。だから、押された? 不正解を? 助けるために?


 ……何で?


「さぁ今回はここまで! また次回お会いしましょう!」


「デストリエルのご加護を! さよなら!」


 一言、唯は暗闇の中で目を見開いた。


 加護、しょっぱな放ったお力、こいつら狂ってるから不発だと思ってたのに、発動してた。


 それで、これ。それで、狂った?


 いや狂ってたのはきっと最初から、だったらどこからどこまでが加護のお力?


 良くわからない。ただこの番組で傷跡だけは残せたのだと、それだけはわかって、唯は敗北した。


 ◇


 あじくらべ:高天原 唯vsカーク=ガンカッター


 勝者、カーク=ガンカッター。

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