高天原 唯とあじくらべ 2

「さぁ! それでは改めてルールのおさらいを!」


「今更ちゃうか? 時間まいてることやし、とばしてこ」


 コマーシャル明けのいきなりの司会者の発言、焦るのは唯だけではないだろう。


「やめんか台本通り! ちゃんとやらなぁぎゃらでぇへんでぇ」


「それもそうやなぁ」


 のんき、他人事、こちらにとっては死活問題になるかもしれないのに軽いノリ、神経に障る。


「ほなルール説明、ゆうても単純や。最初に食べたもん覚えといて、次に食べたもんがおんなじかぁ当てる利き味見やな」


「おんなじやと思うたら左側のスイッチ、ひじ掛けにあるやろ。押してみ」


 言われて指を這わせれば確かに、それらしい感触、それが左右それぞれにあるようだった。


 バチリ、また叩かれる音、突然のことに唯は思わずびくりとする。


「左やぁゆうたやろ! ほらこっちが左! こっちが右! こんなんもわからんのかい!」


 怒声、同時にバチリバチリと重なる。


「ちゃうちゃう。俺らから見たら左ゆぅだけで、座ってる方からしたら右ちゃうん?」


「あぁそうかぁ」


 どっと笑い声、歪な空気、この上ない不快感に唯は全部終わったら人員総出でここにいる連中にお返ししようと決めた。


「それで違うとおもたら右、そっちから見たら左か、押すんやで、わかったな?」


「わかりましたー」


 すぐさま返事、それも愛想よく、笑顔で唯は返す。


 内心はストレス、だるいだるいだるいだるいだるい、悪態を連呼していた。


「それじゃあさっそく第一問! テーマはこちら! ドン! パールウェーブ・コーポレーション大人気商品! みんな大好きマヨネーズ対決!」


 ドンドンパフパフ。


「ほぉ、定番中の定番ですな」


 盛り上がる会場の中、出されたテーマが食べられるものと知り、唯はとりあえず安堵する。


「それでは早速正解の方から試食開始!」


 言われてとっりあえず可愛らしく口を開ける唯、聞こえてきたのは隣からの、不気味な音と悲鳴だった。


 メキメキメキメキ。


「うがああああああ!!!」


 同時に漂ってくるのは鉄分、流血の臭いだった。


「なんやこれ! お前イノシシの被りもんちゃうんか」


「いだい! 生身です!」


「ほー又の助、お前イノシシやったんかぁ!」


「だったら先に言ぃや。ほれ。口開ける」


 刹那、唯の口にスプーンが突っ込まれ、先端に喉の奥を突かれて吐き気を覚える。


「おぇ!」


 一瞬自分が嗚咽したかと錯覚する唯だったが、続く殴る音は隣から聞こえてきた。


「二階堂! 何しとんねん! お前パールウェーブ・コーポレーション様がわざつわざこの番組のために用意してくださったマヨネーズやぞ! それを吐き戻すとは何事や! 倍入れてやるからちゃんと味わうんやで!」


 ガチャリガチャリ、ここまで聞こえてくるのはスプーンの金属が歯に当たって響く音だろう。それだけ乱暴で雑な作業、止まってた唯の口の中も動き出し、舌を押し込むと今度は上あごの削りながら引き抜いて、上の前歯に擦り付けられた。


 口の中に広がるのはベッタベタのマヨネーズ、独特の酸味と香り、ねっとりとした舌ざわり、唯の知ってる味が、直に、それも結構な量、舌の上に乗せられた。


 ……当然ながらマヨネーズはドレッシングや調味料の一種、何かに味を加えるように味付けされている。だから当然ながらその味は舌が焼けるように濃く、喉に落とし込んで胃に落ちるまで、その存在を感じるほどだった。


 だというのにマヨネーズ個性がない。


 いや、正確には唯の舌はマヨネーズの個性をとらえきれなかった。


 いつも食べてるやつ、家で食べてた高いやつ、外出先でたまたま入ってたやつ、気にせず食べてきマヨネーズと、今口の中にあるマヨネーズ、全部が同じモノにしか思えなかった。


 せめて何かないかと唯が舌で捏ねると、感触に違和感、硬くて程い何か、長い糸のように感じられた。


 つまりは異物混入、クレーム間違いなしなのだが、それを口にしたところで良いことはないだろうと、唯は知っていた。


「さぁ! 今食べたのがパールウェーブ・コーポレーションの定番マヨネーズ! 逆さ吊るしの戦乙女味! どや、懐かしい味やろ?」


「「「「「いや、マヨネーズを食べるのはこれが初めてだ」」」」」


 重なる声は対戦相手から、その物言いにどっと沸く会場、それ以上に唯が驚いたのは、喋れたことだ。


 これだけの量、カレー一口ぐらいをいきなりねじ込まれてすぐに飲み込める租借の早やさ、味わうことよりもコミュニケーションを選んだらしい。


「よっしゃ覚えたな! ほな次や!」


 口を水で濯ぐどころか完全に飲み込む前に再び突っ込まれるスプーン、追加されるはマヨネーズ、混ざってめちゃくちゃ、そして味の違いは判らない。


 いや、ならば同じなのでは?


 唯、悩む。


 テレビがショーであるならば、初手で正解、はいお終いとは考えにくい。


 とはいえ同じに感じるんだから同じだろう。パールウェーブ・コーポレーションがどんな会社かは知らないけれど、違う味で売り出してるなら、何かしら個性があるはずだ。


 なら、同じでしょ。


「それでは正解だと思う方にスイッチオン!」


 いきなり流れるテンポの良い曲、焦らされながらも唯は口の中のマヨネーズを飲み込みながら、これは同じだと、右のスイッチを押す。


「はい全員出そろいました! 正解者は! …………カーク以外全員不正解!」


 おおぉ、観客から聞こえてくる失望の声、同時にまた殴る音が聞こえる。


「二階堂! 二階堂!」


「判断が襲い! 判断が襲い!」


 湧く会場、引きつる唯、差し迫る暴力を前に頭を絞る。


「えー! これってば唯が食べた中で一番美味しかったマヨネーズなのにぃ、もっと一杯種類があるんですかぁ」


 自分でも出せたことに驚くほど甘ったるい声、唯は自分で自分を絞め殺したくなる。


「あるんだよー。また一つ賢くなったねぇ」


 逆撫でする声、自分より先にこいつを絞め殺したくなる。


「さて! この三人間違えたのはなんと新商品! マヨネーズあっさりと捕まった女忍者味でした!」


「こんなんすぐわかるやろ。見て見、紫やん」


 目隠し、叫びそうになったけれど湧く会場から今のがジョークだとわかり、唯はぐっとこらえる。


「さぁそれで、次からカーク君一人だけども、唯ちゃん、もうちょっと食べて見たくない?」


「えー頂けるんですか?」


 だるいだるいだるいだるいだるい、殺す殺す殺す殺す殺す、ストレスで禿げそうになりながらも唯は鋼の精神力で媚の笑顔を保つ。


「はいそれじゃあ次!」


 また雑にねじ込まれたマヨネーズ、これもまた、同じ味にしか思えなかった。


 …………そうしてそのまま七問目まで、対戦相手のカークが違う味を同じ味だと不正解するまで、唯は無意味にマヨネーズを食べさせられ続けた。


 正解を食べても同じ味にしか思えなかった。

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