高天原 唯とあじくらべ 1
……新たなる競技に、
暗闇、硬い感触、動かない手足、即ち高速されている自分、その正面は流れる空気とそして騒めく人々の呼吸、多くの人たちに見られている感覚、総合すれば碌でもない見世物にされていると想像できる。
競技、殺し合い、自他共に色々見聞きしてきた唯には、これが良くない状況だと嫌でもわかった。
だるい。
悪態、口癖、だけども頭の中で留めておく程度の余力はある。
「3、2、1、よーいスタート」
やる気のない男の声、それをキッカケに鳴り響く間抜けな音楽、そして湧き上がる拍手とともに足に伝わる振動、誰かが歩いてやってきたのが感じられた。
「さぁ! やってまいりましたこの企画! チキチキ! 最初に食べたのはなんだっけ! 新春一発目二時間生放送豪華プレゼント付き最後まで見てね特別スペーシャールー!」
男の声、独特のイントネーション、ナニワの方言に聞こえるけれど自信はない。
「いやー、やってまいりましたねー。これで何度目? もう長いんちゃうん?」
もう一人の男の声、こちらも同じ方言っぽい。
「はい! 今回で記念すべき47回目と言うことで、なんと! あの! 超有名企業のパールウェーブ・コーポレーション様全面協力! 出てくる商品全部テレパシーで買えちゃうよスペシャルとなっております!」
「ほほう、全部コマーシャルってわけですな」
「そう言うこと言うなや」
湧き上がる笑い声、このノリ、この感じ、テレビだ。
それもバラエティー、毒にも薬にもならない情報垂れ流して端っこに芸能人のワイプ入って、見終わった後に何にも残らないタイプの、消耗品番組だ。
家を出て、初めて自由にテレビを観れるようになって、だから見慣れてないだけで普通の人は面白いんだろうと思ってたけど実際は誰も面白がってなくて、ただBGMとして流しているようなジャンル、そこに競技となると、ますます良くない状況にしか思えない。
「さぁ! では早速参加者の紹介からどうぞ!」
………………続く沈黙、それからバチリと、何かが打たれる音が響く。
「何ぼさっとしてんねん! お前やお前! さっさと自己紹介しぃや!」
罵声、怒声、それに被る笑い声、嫌な空気の中で怯える息遣いがかすかに聞こえる。
「ぼ、僕ですか?」
「他に誰がいるぅ、ゆうんや! 見てみ! 一番端っこやがな! ……何?」
「見えてへん見えてへん。お前毎っ回このくだりやりよんな!」
また沸き起こる笑い声、強者が弱者をいたぶる時の空気だった。
「で!」
言われてビクリと、レモンが震えたのが感じられた。
「あ、え、あ、僕は、名前は二階堂レモン、です」
「……で!」
「あ、えっと」
「なぁに! 何か宣伝しに来たんやろ! はよしぃや!」
「あ、あ、あポエム! ネットでポエム書いてます!」
「ほーん。しょーもな! 次いこ次」
「ほら、呼んでまっせ」
二人の、司会者らしき声が移動する。
「俺は、又の助、それで、宣伝は」
「ほーうこれはこれは、イノシシの被り物、知ってるで! なんとかー回線やろ!」
別の男の声を司会者か遮る。
「……回線です」
諦めた感じの又の助、そこにまた笑いが起こる。
「なるほどこいつの宣伝やな? てか宣伝いらんほど売れてるやろ」
「あ、ワシー、これのモノマネできるんやけど、ちょっとやっていい? けっこー自身あんねん」
「ほーん。ほなやってみ」
「判断が遅い!」
べチン!
「判断が遅い!」
べチン!
「判断が遅いいい!!!!」
べチン!
パン。
「ほぼ勢いと顔芸やがな!」
「せやかて地元のスポーツジムやとドッカンドッカンやで」
笑い声、その中に聞こえる嗚咽、何が面白いのか文化以前の問題で唯には理解できなかった。
ただ、その司会者二人が、唯の左右に立ったのは感じられた。
「さて! 続いては今回の紅一点! 可愛子ちゃん枠です!」
侮辱に聞こえる紹介、けれども唯はほくそ笑んだ。
自分の番、つまり視線が集まってると言うこと、ならば唯には、例え手足を拘束され、目隠ししていてもできることがある。
むしろ、これこそが唯最大の強みと言えた。
(私の寿命と引き換えに。あなた様の権能、お借りします……デストリエル様ッ!)
「ひれ伏しなさい、哀れな屍肉共。『デストリエルの巫女』の名のもとにッ!」
命を吸われる感覚と同時に『死の天使』であるデストリエルの存在をより近くに感じられる。
これがテレビ、それも生放送となれば、影響範囲は計り知れない。その分際出す命も多くはなるけど、それでもあまりある『死』を、お届けできるだろう。
……しかし、返ってきた反応は、予想していたものとは違っていた。
「おー、これがBチューバーってやつやな。おじさん知っとるで」
「金色のべっぴんさんのホログラムとは、時代はSFやな!」
また笑いが沸き起こる笑い声、この感じ、唯の経験上、この上なくかったるい感じだった。
……人がカリスマと出会った時、その崇拝の方法はだいたい決まっている。
ひれ伏し、崇め、全面肯定し、それが攻撃であったとしても関わり合いになれたことに幸福を感じる。
しかし、例外もいる。
直ぐに出てくるのが悪質ストーカー、唯を殺して自分も死のうとした迷惑な男、そういう風に崇め方を知らない不届き者は必ずいる。
その上で今回の場合、テレビという媒体から考えて、崇める方法としては、ただ跪くのではなく、茶化して笑いを取る、いわゆる『イジリ』が最善とされているのではないか?
賢い唯の頭が高速回転し、導き出した答えは、かったるかった。
「それではお名前を」
「はい! MDC代表取締役社長をやらせて頂いてます! 高天原唯と申します! 今日は名前と顔だけでも覚えていってください!」
ヘドが出る。
自分でなかったら撃ち殺してる。
いつか見たバラエティーのアイドルの真似、頭の悪い話し方、媚を売るだけの生き物、それが好まれるなら、そう擬態する。
ちゃんとなってるかわからない笑顔を浮かべながら、唯の心は嵐に狂っていた。
「はいそれではラスト! 今回初の試みです! お名前どうぞ!」
「「「「「「我々はカーク=ガンカッター、Dクラスのフィクサーだ」」」」」」
重なり合う声、どれも一緒、だというのに機械で作ったかのように全部が同時に聞こえる。
「おぉお、これはこれは、そっくりやなぁー、六子でっか?」
「「「「「「クローンだ。意識は一つに統合している」」」」」」
「じゃあなんでっか? 自分で自分の耳の穴舐めれたりするん? それも感じることもできるんやな」
パン。
これが叩く音、つまりツッコミだとやっとわかった。
「下ネタやめぇーや、ゴールデンですよゴールデン」
「「「「「「耳を舐めることも可能だ。その感触も味も同時に強要できる。質問の答えはこれでいいか?」」」」」」
堅物、感情のない声、周囲がやや引いてるのがわかる。
唯は、直感で、このカッターが対戦相手だとわかった。
「はいそれでは一旦cm!」
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