ボーイとびんご 2

 ボーイ、涙に任せて瞼裏、擦り落してなんとか視野を回復させる。


「どうした? 何か困りごとかい?」


 それをからりとした笑顔、余裕の表情でファルコが見下してくる。


 屈辱、いら立ち、この男は絶対に殺す。


 心に決めて、しかしボーイ、身を起しナイフを構えても突っかからない冷静さがあった。


 この不運、ただの不運ではない。


 ……根拠はない。


 ただ確信はある。


 あのスラムでたまに見かけた詐欺、イカサマ、理不尽な攻撃、トリックこそわからないが絶対何かやってる感じ、そのままだ。


 そしてわからぬままじっとするのは得策ではないと、苦い経験から学んでいた。


「よし! 困ってないな!」


 ファルコ、人の気も知らずに判断するや両腕をだらりと垂らした。


 その動作で両腕に巻き付けてあったロープが緩み、解けて伸びる。その先端が地に着くより先に中ほどを掴むや手首で回して広げたそれぞれの先は輪、放つ技は投げ縄だった。


 まるで場面を合わせたかのような攻撃に一瞬遅れるボーイ、ナイフを持つ右手を捕らえられながらも首に巻き付くもう一方に対してからの左手を差し入れることはできた。


「まだまだ!」


 ファルコ、ボーイを拘束するロープの続きを弛ませ、波立たせて叩きつけて巻き付けて、さらに二の腕足へと絡みつけてゆく。


 鮮やかなロープワーク、手慣れた拘束術、瞬く間に体の自由を奪っていくその手腕はそれを生業にしている証、そうして一歩、また一歩と近寄ってくるファルコにはからりとした笑顔に当然と思う自信が溢れていた。


 その姿にボーイは笑う。


 なんだかわからないがこいつが近寄りたがってるのはわかった。


 つまり遠距離攻撃はロープ止まり、だったらやりようがある。


 ボーイの笑いは覚悟の笑い、右手を光らせ操るのは出しっぱなしの魔法の絨毯、跳ね起させ、飛ばし、自身の身を包ませる。


 そして飛行、まるでゴミをチリ紙に包んで捨てるかのように、ボーイの体が浮かび上がる。


「うぉ!」


 そのゴミのようなボーイの身についたロープに繋がったままのファルコ、引っ張られる。


 見た目よりもズシリと重いがそれでも許容内、ファルコも成すすべなく引きずり上げられ、瞬く間に両足が地面から離れ、ここのどの建物よりも高くに連れ去られる。


 このまま上空まで吊り上げてから落とすか、あるいは地面にこすり付けるか、振り回して岩壁にぶつけるか、邪悪な想像を広げるボーイ、それに比例するように魔法の絨毯はぐんぐん加速していく。


 そこへ宙ぶらりんのファルコが質問をぶつけてくる。


「君は、何歳だい?」


 場違いすぎる質問、戯言、何を言い出したのかと笑うボーイ、絨毯から顔を覗かせれば、目の前に鳥がいた。


 種類とかは知るわけもないが間違いなく鶏よりも大きな一羽、それがまっすぐ飛んできていた。


 回避、減速、したのにも関わらずクソ鳥もまた方向転換、狙ったかのように魔法の絨毯へ、吸い込まれるように、気が付けば激突してきた。


 不運、またしても、その衝撃にボーイは墜落した。


 ……意識の空白、目覚めて最初に全身への激痛、せき込み、吸い込む酒の臭い、緩んだロープから手足を引き抜き自由を手に入れ、やっと周囲を見回せば、落ちたのは天井が抜けた酒場だった。


 壁にシカの首、並ぶ酒瓶、ダーツの刺さったダーツの的、隣に机とその上に倒れたグラス、ボーイの下敷きには潰れた椅子の残骸と、押しつぶされて動かなくなった機械の腕、その手の甲には『16』と刻まれてた。


 その数字にボーイは見覚えがあった。痛みに唸りながら袖をめくって見れば手首のタトゥー、升目の一つに『16』が、そしてそこに赤い丸が付く。同じような丸が他の数字にも、後『77』が来れば一番上の横一列が揃う。


 これが『びんご』薄々わかっていたことが確証になった中、ガタリと音がする。


 発生源は奥のカウンター裏、緑色のドレスの女、赤い縮れ毛で歳は食ってるが美人に属する顔立ち、はだけた胸の谷間から仕事が何かは想像できた。


「あ、あんたもあいつの仲間なのかい?」


 怯えた声色、そそる恐怖、だけどもこいつらも作り物だと思い出し一気に萎える。それと同時に思い出す。


「違う!」


 即答、してから考えが追いつく。


 こいつは、呪いだ。


 魔術の亜種、相手の行動を阻害する邪なる外法、不幸をもたらすなどその最たるものだ。そのためには相応の手間と時間を儀式がいるが、それらは威力を強化するためのもの、相手にかけるには繋げるためのきっかけが必要になる。


 質問に応えない、というのはきっかけとしては弱いが、だとしたらあの突拍子のない質問の説明がつく。


 この機械との会話でも発動するかは、今思えば疑問だが、害がないなら念のため返答してやればいい。あるいは、させる前に黙らせるか、なんにしろネタは割れた。後は殺すだけだ。


 思い、転がるナイフを拾い上げながらすくりと立ち上がる。


「ひぃ!」


 短い悲鳴、勘違いか女に見えた機械が素早くカウンター裏へと隠れる。


「お邪魔する!」


 それとほぼ同時に入ってきたファルコ、その両腕からはロープは取り払われ、代わりに左右十本の指の間にそれぞれ歪な、一言では言い表せないような曲がりくねった刃の数々が挟まっていた。


 形状から、そして刃にこびりついた乾いた赤から、それらが拷問用のナイフだと見てとれる。


 そんなの構えてなおすがすがしい笑顔を浮かべられるのは、狂気としか言いようのない。


「うむ! 困っていないようだな!」


 そんなファルコに、ボーイも負けじと笑い返す。


「ギャハハハ! あぁおかげさんでな! この墜落でまた数字埋まってリーチ一つだ! そっちは後どんだけだ?」


「うむ! こちらもリーチ二つ! 『34』と『17』で上がり! 『22』が来ればダブルリーチ! それとだ! 後なんだ!」


 言葉を区切り、わざわざ不器用にも袖をめくって残りの数字を確認しているファルコ、この動作、天然な性格というだけでなく、恐らくだが、呪いの発動に自身もかかるのだろう。


 自分を含めた無差別発動、だから応えないだけで簡単に発動する。


 納得、同時に浮かぶ攻略法、邪悪な笑顔がボーイに浮かぶ。


「おい。こっち来てこの機械どもを何体壊した?」


「住民のことか? だったらあの保安官で三十三体目だな!」


「楽しかったか?」


「うむ? 楽しむという感情はなかったな。最初はただしただけだったが、その時機械であるとわかって、同時にこの入れ墨の意味を知った。これが人であったならばとてもじゃないが壊せなかったが、機械であって助かったよ」


 狙い通り、こちらの質問にファルコは流暢に返事する。


「向こうでもこんなことしてきたのか? そもそも何でこの戦いに参加している? 義務か? 贖罪か?」


 質問攻めによる意識の誘導、あまり上手くはないが、呪いの発動を考えれば必然、応え続けるしかないだろう。


 その隙に、こっそりと手の甲を光らせる。


「他にどんな競技があった? これで何戦目だ? 仲間はどんなだ? 昨日何食べた? むかつくプロデューサーは? 好きな異性のタイプは? 履いてるパンツの色は?」


 ……呼び出したのはエレクトロカーペット、ござと呼ぶにはハイテクすぎるが呼び出せるんだからしょうがない。そのコード、瓦礫に紛れてはわせて足元まで伸ばし、そこから巻き上げ足を縛る。


 こすい手だが順調だった。


 だが、それを見透かしてるかのように、ファルコがからりと笑った。


「おいおい、あまり質問責めしないでくれ! 俺だって困ってしまう!」


 あっさりと、質問への返事を断ったファルコにボーイ、一瞬固まる。


 その隙を見逃さずファルコ、その左手にあったナイフを無造作に真上へと放り投げる。


 狙って投げてるわけでもなければ届きさえしないナイフの雨、危険であるわけもない攻撃、だけどもその一本が隣の机の上に、そこにあった倒れたグラスに当たるやグラスが砕け、その破片がボーイへと飛来した。


 そのあまりにも小さな破片、それでも手で防ごうとしたボーイの左手の中指と小指の間を抜けて、視野の真ん中に、右目の真ん中にぷちゅりと刺さった。


 不運だった。

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