トロイメライ・ハートとめいろ 1

 最初に目に入ったのは赤色のランタンだった。


 上と下とが赤く塗られた金属で、間に電球のようなガラスの筒があって、上に小さな取手があった。確か上を外して中に火を入れガスか何かを燃やし、灯にするのだとは知識では知っていたけれど、具体的にどう使うかまでは、トロイメライ・ハートは知らなかった。


 そんなランタンがずらりと並ぶ棚、天井にも色違い柄違いがいくつも並んで吊るされて、こんなものにこんな種類があるのかと驚かされる。


 振り返った反対側は懐中電灯、普通のライトからランタンもどきまで、頭がおかしいのかソーラーパネル付きのまである。


 使うなら断然こっち、火より電気、と思っていると、どこからともかく放送が流れてきた。


「ご来場の参加者にお知らせざます」


 ざます?


「これより競技の説明に入るざます。よーく聞くざますよ」


 なんだか成金で、一人息子は絶対マザコン、飼ってる犬はヨークシャテリアな声、今時アニメでも聞かない語尾に気を引っ張られながらもトロイメライは静かに耳を傾ける。


「今回の競技は皆さまおなじみの『めいろ』ざます。石壁で築かれた地下迷宮、同時にスタートで先にゴールにたどり着いた方が勝ちざます」


 説明にトロイメライは思わず頰を綻ばせる。


 めいろ、早い者勝ち、つまりはスピード勝負、ならばトロイメライ・ハートの力、固有魔法フェルラーゲンを用いれば、相手が何者であっても負ける気がしない。


「もちろんめいろは迷路、複雑怪奇に道は入り組み、一長一短ではたどり着けないざーます。これまでのケースでは、どちらもたどり着けないでノーコンテストもあったざます。長く厳しい競技になるざます」


 ほころびが消える。


 長距離走、持久戦、いくら絶対優位の固有魔法とはいえ、魔力は無尽蔵ではない。ペース配分、どこでどう使うかの計算、一気に競技の過酷さを感じ取る。


「そこーで、これより四十分は装備充実タイム、この準備空間にある道具一式好きに持っていっていいざます。方法は、格アイテムにある商品番号と、その個数を口頭で話せばオッケーざます。その場ですぐに会場に運んであげるざます」


 救済処理、太っ腹、だけど口ぶりからこれは相手にも適用される。ただ喜んでばかりはいられない。


「ただーし、会場の迷路は地下、いっぱい持ってくと埋まっちゃって身動き取れなくなっちゃうざますよ? それに持ち運べる量も考えるざます。それでは、装備充実タイムスタートざーーます」


 ブツン、というのは放送が途切れた音だろう。


 そして静寂、始まってることに気がつくまでほんの少しロスした。


 それで、どう行動するかを考えるのに数秒、とりあえず最初に目に移ったランタン手に取り、ひっくり返して見たらそれらしい数字の羅列、試しに音読する。


「114514・810・893…………一つ」


 ブン、と軽い衝撃、手にあったランタンは消えて無くなった。


 こうするのかとわかったてからのトロイメライは早かった。


 正確には、


 固有魔法『時空』、すなわち時間と空間を操る魔法、思考の間は時間を止め、移動の無駄を空間弄り削り取る。


 そうして目まぐるしくあちらへこちらへと飛び回り、次々と必要そうなものを片っ端から手に取り、数字を唱える。


 黄色い懐中電灯、変えの電池、赤色の小型テント、赤のリュックサック、緑のリュックサック、紫の寝袋、ここら辺より必要な物があると唱えてから反省、移動する。


 鉈、斧、携帯キャンプファイヤーセット、マッチ、ライター、薪、炭、バーベキューグリルあたりでなんだか楽しくなってきた。


 マグカップ、土鍋、ステンレス食器セット、アルミスプーンとナイフとフォーク、飯盒、ヤカン、豚さんの鍋つかみ、包丁、フライパン、ノリは完全にお飯事、だけど自分はこんなキャラではないと落ち着きを取り戻す。


 必要なのは食料だ。


 精製食品、バーベキュー用の生肉や野菜、キノコ、米などは手間がかかるからパス、パスタもカップ麺もレトルトもお湯を入れる手間を考えればなしの方向だ。


 取り敢えずポリタンクに入った飲料水を七つに、手頃そうなビスケットみたいな携帯食のプレーン、チョコ、チーズ、フルーツ、プロテイン、ソルト、ガーリック、ベーコン、ズンダ、タルタルソースをそれぞれ十二箱入りパッケージを一つずつ、ここで魔力の消費で軽くくらっとくる。


 だけどここで準備が補給の最後と思えば、例え競技開始で休息することになっても長期戦ならば敵と出会うのも遅いはず。なら、集めるだけ集めようと腹を括る。


 2リットル入りのコーラ半ダースダンボールで、同じく麦茶、緑茶、烏龍茶、ジャスミン茶、コーヒーブラックもダンボールで、乾パンダンボールで一つ、クラッカー一箱、ポテチップスの塩とうす塩とのり塩を一袋、氷砂糖一袋、チョコレート一ケース、マシュマロの大袋一つ、必要なものと欲望が混ざってる。


 そこから移動してより重要そうなものを、方位磁石を一つ、サバイバルの教本一冊、緊急医療キッド一つ、携帯トイレ七日分、多目的ナイフ一つ、ペンとメモ帳一つ、好奇心から置かれてあったステープラーとかいう値段のシール貼るやつを一つ、ここで残り五分と言われて、慌てる。


 携帯灰皿、クーラーボックス、どこかの山の地図、万歩計、壁掛け時計、ゴミ袋、紐、クリップ、釣竿、虫取り網、無線機セット、輪ゴム、虫眼鏡、虫除けスプレー、蚊取り線香、痒み止めの薬、口臭スプレー、のど飴、ゴム手袋、食器用洗剤、スポンジ、タオル、シャンプーとリンスのセット、いるのかいらないのか考える間もなく次々と唱えて送る。


 まだ無いか? 何か忘れてないか?


 固有魔法も忘れてひたひた走り、見つけたのは突き当たり、デデンと並ぶ大型商品、キャンピングカーはずらりと並んで、その奥にはヨットが、更に奥には丸太のコテージが見える。


 それらにも数字、唱えれば持っていけると思うが、ここでようやく荷物に上限があるとかなんとか言ってたのを思い出す。


 どれだけ送った?


 急に不安になってきたトロイメライ、だけどその瞬間に四十分経過、すぐさま会場へと飛ばされた。


 ◇


 エックチン!


 飛ばされたトロイメライ、最初に行ったのはクシャミ、続いて目を開け見たのは暗闇だった。


 混乱、恐怖、思わず踏み出した右足が不意に硬いものにあたり、脛から全身の神経へ痛みが走る。


 痛みをこらえ、何も見えない中、ただ一つだけ、今蹴飛ばしたのが土鍋だということだけはなんとかわかった。

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