神門 旭とかくれんぼ 3

 ……これを幸運とするか不運とするかで善人か悪人か、わかれるだろう。


 旭が張り付く水を吸い上げ、少女らを助けると同時に、その拳に反撃の手段があると知られるや、不可知の襲撃者はそのなりを潜め、一切の攻撃を止めた。


 両の拳を固め、倍化の秘術で心身を研ぎ澄まし、カウンターに全てを傾ける旭に、そしてその目が届く範囲の全員に、一時の平穏が訪れる。


 ただし、それは旭の目の届く範囲に限り、だった。


 そう遠くない街角、それこそ走ればすぐの、建物の角の向こうから上がる悲鳴、駆け付ければそこには新たな犠牲者が累々と倒れている。


 だというのに、やらかした犯人は相変わらず知覚できず、最早唯一の手掛かりと言ってもいい相手側からの攻撃さえもが、旭が現れた途端にピタリと手を止め、隠れてしまう。


 明らかに旭を避けての行動、目的はあくまで虐殺であり、その障害にわずかでもなりえる存在とは接触を避け、殺せることろから殺していくという、それだけの知能を有しているということ、そして、殺すのは質ではなく量であること、いやでも思い知らされた。


 全体を見渡そうと摩天楼を駆けのぼり、夜の街を見下ろせば、虐殺は広範囲に、街の大半が地獄と化していた。


 それも複数種類、雷に炎に風に氷に光……数えた限りで十二種類、十二体の不可知が確認できた。


 遠くから見てもやはり正体不明の、まるで現象のような虐殺、当事者たちはもっとわからず、それが恐怖を助長し、混乱を伴って伝播している。


 訳も分からず逃げ惑う人々、本能から見晴らしの良い大通りは避けて隠れやすそうな裏路地に殺到し、だけども隠れられないほど人が溢れてひしめき合って、ののしり合うその中心であざ笑うように不可知が現れ人を殺して新たな恐怖が飛び散る。


 我先にとビルに逃げ込んだ人たちもいる。入れるだけ入り、出入り口に即席のバリケードを築いては後から来る人たちを締め出し、争い、不必要な犠牲を出した後、すでにビルに侵入された後と知り、今度は閉じ込められる側となる。


 遠くからはサイレンの音、赤い光がちかちかしてるのはパトランプ、時折聞こえてくる乾いた破裂音は銃声だろう。流石に警察組織も動いている様子、だけども彼らも不可知であることに変わりなく、ただ新たな犠牲者がやってきただけだった。


 内外に知れ渡った大事件、相応の組織が動いている様子なのに、未だに反撃の手段を持つものは、変わらず旭だけのようだった。


 その上で、不利ではあるが戦うことも、ここから逃げ出すことも、隠れることも、つまるところいくらでも生き残ることができる旭は、自分の境遇を幸運とは思わなかった。


 そうしている間にもまた犠牲者、首に巻きつく草にもだえ苦しむ警察官、すぐそこの距離、ためらいもなく旭は跳んだ。


 倍化、強化された足が飛躍的な跳躍を可能とし、鋭敏化した感覚がビルの壁面のわずかなでっぱりを階段に変え、タンタンと駆け下りる。


 そして不可知がいるであろうほぼ真上にたどり着く。


 こうしている間でも、わかったこと、不可知不可知であることと属性攻撃を行う以外は姿形や能力、感覚器官はあくまで人間に準じているということ、なので彼らから見ても人外な動きには対処が鈍いこと、確認してあった。


 そんな不可知、首を絞めていた警官を投げ捨て、次の犠牲者へ、恐怖のあまり塊り震えるインスマスのコスプレをしてる子供の集団へ、歩いて向かって行く軌道を旭は想像する。


 そして、今!


 全力、垂直落下、退魔師として磨いた奇襲術にて、ありったけの手刀をぶちかます。


 手応え、あり。


 ただし芯は捉えていない。この感触は肩、それも外側、骨を砕いた感触はあるが、背骨に届かず、肩腕を使用不能にした程度でしかなかった。


 逃がすものか。


 更なる拳のラッシュ、けれども残り全ては空を切り、それ以上の追撃は叶わなかった。


 また、逃げられた。


 焦燥感、無力感、だがそれで押しつぶされるほど旭は若くなく、諦められるほど老いてもなかった。


 ダメージは与えた。


 相手に痛覚があるかも、再生能力があるかもわからないが、少なくとも相手にとっては嫌なことであるらしい。なら、効果があるはずだ。


 そしてそれだけでも、時間は稼げた。


 ……これは、競技だ。


 与えられたクリアの条件が『この街で朝日が昇るまで生き残れ!』そのまま信じれば朝日と共に一切が終了するはずだ。


 もっと言えばこれが競技というのならば決着が付けばそれで終了、虐殺が終わる可能性がある。


 終わりが見えているというのは確かな希望だ。


 ただしあくまで可能性、競技のために殺戮を起すような輩が、そんな慈悲深いことをしてくれるとは限らない。


 だからわずかな、か細い希望でしかなかった。


 それでも、と、己を奮い立たせながら警官の首より草を引きちぎる。


 この草もまた、相手から奪い取ったもの、拳の水と同じように相手に触れられるかもしれない。ただ、これは警官に残しておく。


 この世界、戦いが続くのであれば、対抗手段、そのヒントだけでも残しておいた方がいいだろう。


 思案してるところにざわめきが聞こえてくる。


 それも、希望が含まれたざわめきだった。


「あっちだ! 急げ!」


「みんなこっちよ!」


 呼び声、必死な、だけども喜びも含まれた声、それに、守った子供たちが一斉に走り出した。


 それに引き寄せられるように、残る生き残りたちものそりと立ち上がり、そちらへと向かって行く。


 救済、安全地帯、あるものか。


 これは幻とも言える希望に盲目的にすがってるにすぎない。


 だが同時に、これは好機でもある。


 一か所に集まるならば不可知も集まってくるはず、ならばそこに旭が座すれば迎撃も、守護にも好都合ではある。


 旭、流れに沿ってついていく。


 たどり着いたのは、ランドマークのスクランブル交差点、ただしイメージとは異なり燃えてる車に打ち捨てられた亡骸、踏みつけられたコスプレ衣装が黒く汚れている。


 そして集まった群衆は、中央の警察車両、上が選挙カーのような土台となっており、そこに立たされている老人に、皆の視線が集まっている。


 その老人、旭には見覚えがあった。


 あの、平和だった時、胴上げされていた、高貴な雰囲気を纏う老人だった。


 そんな老人、左右を屈強な、お揃いで寒いのに赤いふんどし姿の男二人に抱えられ、立たされていた。


 ……その老人は眠っている様子だった。






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