本編

プロローグ

「け!」


 悪意ある一音吐き捨てられたのは、どこにでもありそうなごく普通の床屋の中だった。


 座席三つの前壁に広がる反転世界、映し出される人影な合わせて十二人、その中で一際目立つ異形、あるいは仮装、出入り口横のレジ前に立つ異質な存在が音の出ところだった。


 名をメッサハエール、天使と言うが、その外見は床屋の化身の方が正しいだろう。


 なにせ頭のてっぺんから足先まで、やたらと輝く茶髪ストレートヘアに包まれ、顔どころか手足もその輪郭すらもが隠れて見えない。辛うじて動いている風に見えてようやく生き物だろうと想像できるが、人とは、それも天使とは想像つかない見てくれだった。


 それでも、吐き出された一音から、相当機嫌が悪いとは想像できた。


「終わったことを引きずっていても仕方ないだろう!」


 そこへ場違いな、そして空気の読めてない大声、発したのは座席の真ん中、どかりと座る男からだった。


 名をファルコと言うこの男、赤と金と黒の派手な髪を爆発させ、その顔右半分に火傷の痕と堅気に見えない風貌、だけども眼差しはまっすぐ少年のようで、着ている服装が軍服ということもあってか礼儀正しさが感じられた。


 ただ、座席の前に置かれた大きな石版を加えると途端に胡散臭さが強調される。


「こう言ってはなんだが俺は拷問だけが取り柄の男だ! それ以外はからっきしでな! 期待されても困る!」


 開き直りに近い言葉、続くのは晴天のようなからりとした笑い声、ただし吐き出される息は白く色付いた。


 それだけ低い室温、下げているのはファルコから見て右、店の奥の方の座席に座り盾を付けた腕を前で組む、赤髪の三つ編みだった。


 名をアビーと言うれっきとした少女なのだが、その見た目、鍛えられた肉体に黒毛皮のマント、そして整っているにも関わらず愛嬌をそぎ落とし不機嫌だけを刻み込んだ表情、お世辞にも女性としての魅力は薄かった。


「私は怒っている。練習とはいえ失敗は失敗、なのに反省どころか開き直りなおって、そうして全部のツケを自然におっかぶせてきたのよ。恥を知りなさい恥を。そこ、聞いてるの!」


 キ、とアビーが睨む先、レジより向こう、辛うじて鏡の端が入る位置、順番を待つための控えのスペース、陣取るのは六人の男たちだった。


 名をカーク、六人で一人らしい男らは、そっくりな外見、褐色の肌に短く刈りそろえた黒髪、同じく黒のサングラスにコートに手袋、全部が同じに見えた。


 それが大きな鍋を囲い、同じ動きで本のページをめくる姿は現実離れしすぎて何かの芸術かとも思えた。


 ただ、読む本は漫画、眉毛繋がりの派出所勤務のお巡りさんのお話、ロボット警官が出てきたあたりを六巻分、並んで読みふけっていた。


 耳は聞こえるはずながら六人誰もが反応しない様に一層室温が下がる中、六人へのアビーの視線を遮ったのは大柄すぎてその背を大きく丸めている男だった。


 名をボクと言い、本来は一番の異形の姿、まるで枯れ木が人の形を取って動いているような不気味な存在だった。


 それだけならば怪物、だけども今行なっているのは掃除、床屋の隅に置かれてあった幅は広いが毛は短い箒で隅から隅へとゴミを掻き集めていた。


 誰に支持されたわけでもない自主的な奉仕活動、そのボランティア精神に僅かながら空気が改善される。


 それを台無しにするような笑い声、発するは一番奥、シャンプー台にだらしなく足を広げて座るピンク色だった。


 名をケンヤ、だけども本人はピンクと呼ばれるのを好む変態は、その全身をピンク色のぴっちりスーツで包んでいた。その余りにも薄い布地から体の凹凸が逆に強調され、マッチョな肉体美をイヤらしく見せつけていた。


「そんなそんなカリカリしないで。ほらほらスマイルスマイル♡」


 完全におちょくりの声色、挑発にアビーは素直に乗ってピンクを睨みつける。


「大丈夫ダイジョーブ、むしろ練習で失敗できたんだから儲けもんでしょ? 次に活かせばいいんだからさ」


「何を偉そうに、私は」「それにさ!」


 ポン、と手を叩き、アビーの言葉をピンクは遮る。


「ゲームってのはバランスが大事だから、強い駒と弱い駒はセットにしないと」


「誰が、弱い駒だって?」


「僕以外、残り全員、はっきり言いってみんなお荷物でしょ?」


 悪びれない言葉に反応したのはアビーだけではなかった。


 一触即発、この上なく悪い空気、打ち崩したのはカツリと床を突いた硬い音だった。


「なんじゃ!」


 ガバリ、周囲の注目を集めながら声を上げ、起きたのは最後の一人、店レジ側の座席に座る白髪の男だった。


 名をジョセフ、元の世界では支配者だったらしい男は、きっちりとしたスーツ姿ながら寝ていてのヨダレ、呆けた眼差し、ただ老いた老人にしか見えなかった。


 されどその傍に立てかけてある銀一色の剣と合わせることでその真価は現れ、人としての格が遥かに上だと、頭ではなく精神で、魂で理解することができた。


 そんなジョセフ、その一挙手一動作に注目が集まる中、絡んだタンを喉で泡立たせ、飲み込むと、フラリと立ち上がった。


 そして周囲をひと睨み、黙らせるとげほりと咳してから、お言葉を発した。


「漏れる!」


 そう宣言するや剣を引きずり店の奥へ、トイレへと向かっていった。


「け!」


 その背中にまた、メッサハエールが吐き捨てる。


 これが『ラスト‐マン‐プレミアム』だった。


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