ボーイとびんご 4

 ごぶぇ!


 口と鼻から血を吐き出し倒れてるファルコに、ボーイは満足感を感じていた。


 客観的に見れば、感情的に殴りつけた右手はエレクトロカーペットの裏でぐちゃぐちゃで、左腕を動かせなくしている鉄棒を引き抜く余力さえ残っていない。左目は痛いままだし、出血も酷い。


 そして対戦相手をぶちのめしたとは言え、まだどの列にも空欄、ビンゴ出来てはいない。


 ……これから最低でも一体、番号で言う『77』を破壊しなければこのくそったれな競技をクリアできない。


 それだけの手間と暇、その間の痛みを考えれば冷えていた頭もまた熱くなる。


 だが今はこいつだ。


 まだ冷静さの残る右目で倒れているファルコを見下ろす。


 呪いは、詳しくないが、術者が死ねば強まるものだとは聞いている。


 ならばここは殺さず、こいつがやろうとしてたみたいに動きを封じて、それからビンゴに必要な『77』見つけて、いつでも壊せるようにして、嬲り殺すのはその後だ。


 冷静で冷酷な計算、そのために動かしたのは動かない左手、その甲を光らせ潰れたままだった空飛ぶ絨毯を起き上がらせる。


 ちょうどいい。押しつぶすのに使われた鈍器を包んで持ち上げ、そのままフワフワと目の前に、ファルコのすぐ前まで運んでくる。


 こいつで足を潰す。


 比喩ではなく本当に、ござ魔法で操れるまで完膚なきまでにペシャンコに、まっ平らに叩き潰して伸ばしてやる。


 それで力尽きて、競技をクリアできなくなったとしても、こいつもできなくなればそれで引き分け、最悪よりは大分ましだ。


 ともかくも、目の前の一勝よりも目の前のすっきり、自分本位で邪悪な計画、それが表情から伝わったのかファルコが唾を飲む。


 だけど狂ったのか、ボコボコにノックされた顔にまた、あのからりとした笑顔が戻り始めていた。


「やめてくれ! 俺は困ってる!」


 何を言い出すかと笑い、だけどボーイは少し思案する。


 動けなくても呪いは生きてる。


 この場合は、アイサツだろうか、ここまで勝っておきながら逆転の目を残しておくのは愚かなことだ。


 それで、相手をぶちのめす前のアイサツなどしたこともされたこともなかったボーイが、それでも考えて導き出したアイサツを口に知る。


「チクッとしますよー。痛かったら手を上げて教えてくださーい」


 相手を冒涜するアイサツを口にしながらボーイ、鈍器を包んだ魔法の絨毯を高々と持ち上げる。


 と、滑る。


 中の鈍器、とっかかりがない上に肌触りのより絨毯生地、どちらも摩擦が薄く、かつダメージから握力落ちたござ魔法では握ったままをキープするのが難しい。


 ずるずると滑り、落ちてきた中の鈍器は灰色の石、その表面には初めて見た文字のはずなのに意味が解る文章が彫られていた。


 見えている一番上が『汝、数字を尋ねられたなら正直に答えるべし』でその次が『汝、挨拶は元気よくするべし』とあった。


 答え合わせ、わざわざこんな重たい石をメモに使うわけもなく、ここに書き刻むことが呪いの発動条件の一部、予想通り推察通り書かれていてボーイは満足を感じる。


 そしてその流れで最後の一文を見て、ボーイは元より多くを失っていた血の気が引いていった。


『汝、困っている人を見かけたならば親切に接するべし』


 この状況、まんまの状況、こんなので呪うならば初めから姿を現さずに自滅を狙えよ糞拷問野郎が。


 続く言葉にできない罵詈雑言が走馬燈として走るボーイの耳にカタリと音が聞こえた。


 ある意味で、素早く反応できたのが不運だった。


 目の前に浮かんだ灰色の石、鈍器を包んだ魔法の絨毯、これまでにない機敏な動きで、音のした方へと吹っ飛んでいく。


 ガシャン! グシャリ! バリンバリン!


 重なる破壊音に紛れて潰れた音、いつもだったら心が躍る素敵な音、だけども今は別、残る右目を見開いて、音のした方、鈍器が突っ込んだ方を見れば、そこはカウンターの裏、壁際に並べられていた酒瓶を巻き込み、鈍器と壁との間に挟まって潰れた、緑色のドレスの残骸があった。


 いつもなら会心の一撃と自慢できる一撃、ばっくりと割れた胸の谷間の左半分、それから左肩と左と顔、絨毯の一撃でぐっちゃりと潰れていた。


 所詮は機械なので流血は無いが、その代わりに滴る白い粘液とバチリと弾ける火花、覗いている断面図は金属のきらめきとごちゃごちゃした基盤とコード、そこに割れた酒瓶から滴る液体がかかる。


 そしてずるりと、まだ無事だったほうが滑り落ち、離れて倒れる寸前、右の肩の付け根、鎖骨の内側凹んでいる部分に、小さいがはっきりと、数字の『34』が見えた。


 本物の不運、信じられない状況、確認するようにボロボロのファルコがその手で右の袖をめくり、入れ墨を確認する。


「あるがとう。どうやらビンゴだ」


 からりとした、だけどもこれまでとは違った、まるで死期を悟って後を継ぐ者に遺言を残しているかのような厳かなアイサツ、お礼を口にされ、冷え切っていたボーイの全ては沸騰した。


 激痛も今後も敗北も無視して全力の魔法、潰してしまった魔法の絨毯を引き戻し、今度こそファルコの真上に、だがしかし、最後の力を籠める前にあの間隔、ここに呼び出された時と同じ召喚の間隔に襲われ、気が付けば控えの空間に戻っていた。


 ……その絨毯に鈍器の石は残っておらず、両手の傷も見えなかった左目も回復している。


 だけど、残された敗北の記憶が、これまでの人生でも最上の激痛となって、ボーイの喉より絶叫となって吐き出された。


 ◇


 びんご:ボーイvsファルコ


 勝者、ファルコ。

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