運命の時
◆
ある日の昼のこと。食堂で、また琉と軍属の小競り合いが起こる。琉の態度のわるさにリベイラという気性の荒い人物がキレたのだ。
元々ネバダ支部には琉の過去を過剰に色付けした醜聞が流されていた。少年期の悪事、地元ギャングとの関係など醜聞のベースとなるものは事欠かず、その点は本人よりもカミル、デリスの方が腹を立てていた。フェアではないからだ。
「お前のようなみなしごが俺たちのようなエリートに楯突くなんざ百年早いんだよ!」
リベイラはそう罵った。これは明け透けに言えば大半の軍属の本音でもあった。琉が物理的報復に動こうとした時だ。
それより速くデリスの鉄拳がリベイラの顔面に飛ぶ。鼻血が飛び散り、彼は仰向けに倒れ込んだ。
デリスは怒鳴り上げる。
「俺もカミルもみなしごだ! だけどよ、それがパイロットに何の関係がある? 言ってみろ!」
が、リベイラは失神したままだった。
デリスは食堂を見渡して叫んだ。
「言ってみろ!!」
デリスの怒りは当の琉すら驚かせていた。まだこの三人は仲がよかったわけではない。新人としてひと括りにされていた立場である。
「人の中傷を広めるやり方がお前らのやり方か?」
もはや殺気のカタマリとなっていてそばにいるカミルも動けない。
「それがパイロットのやることか! 答えろ!!」
「文句があるやつは俺の正面に出てこい!!」
デリスは二歩、前進し、そのままのびているリベイラの顔面に右膝を落とした。鈍い音が響く、本気で殺す気の、角度のきつい膝落としである。
そこでようやく琉がデリスを止めた。
「もういい、デリス。……やり過ぎだ」
「ふん」と言ってデリスは席に戻りスパゲッティを食し始める。
カミルが席から立ち上がってフライトジャケットを脱ぎ、リベイラの上にかけた。それから先達たちに向かって言った。
「誰か救護呼んだら? 俺らは何もしないぜ」と。
この一件はいろいろなところに広く伝播し、様々な形で影響が波及していく。
まずはネバダ支部の最高責任者アイザックとエドワードによる話し合いが行われ、軍属はエドワードを除く全員がカリフォルニア支部とアリゾナ支部へと分散させられる。
SWが純粋培養で育成したパイロットを中軸にするためである。アイザックはここで方針を切り替えた。軍属は邪魔だと判断し実行したのだ。2028年初頭のことだった。
以降本格的に現在の規定による対戦が行われるようになり、2028年終盤には分散された軍属の全員がネバダ支部の新人三人によって空で命を散らすことになる。
どう甘く見積もってもこれは計算ずくの行為であった。変革を主導したのがアイザックであったかエドワードであったかはいまとなってはわからない──》
私は読むのを中断して考え込んだ。というのも2028~2029年は私の得ている情報では強化人間が何人かいたはずなのだ。にもかかわらずそれに関することは一切出てこない……。まあ省いているのかも。三人が中心の話なので。
《ネバダ支部に続々と養成機関から新人が送られて来るなか、エドワードは三人専任の教官として集中的に模擬空戦訓練を行う。しごきと言っていい連日のフライトだったという。
操縦技術は相変わらずエドワードが上であり、三人はねじ伏せられながらも食い下がっていく。三人とも根を上げることはなかった。エドワードのこんな言葉が残っている。
“お前たちは三人で競いながら生きていくしかない。生き延びる方法がそれしかないのだから”と。
つまり強くなるしかないのだ。強くなるには研鑽できる相手が要る。三人の関係こそが不可欠で、そこに全身全霊を賭けるしか道はないのだと。SWとはそういう場所なのだ。師匠と弟子の関係ならばこその言葉である。
そしてネバダ支部は運命の時を迎える。2029年初頭に統治AI側より、ある企画が立ち上がる。空戦コンテストと称して世界中の支部から優秀者を招いて対戦させるという企画だ。
機体を旧F14としSW規定での交戦が決まり、ネバダに七名が召集されネバダ代表はエドワードである。しかしトーナメントによる一回戦が終わったあとアクシデントが起こる。
勝ち進んだ一名が機体から降りたのちに卒倒しそのまま病院に搬送される。代理に指名されたのは琉だった。この指名はアイザックによるものと推察できる。
それはネバダ支部において当時カミルと琉が双璧を成しており、出すなら琉という判断が出るのは妥当であるからだ。カミルは新人たちからの信頼が厚く人望があり組織として欠くわけにはいかない人物であった。
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