対カミル

        ☆


ブリーフィングルームで訓練内容の打ち合わせを行い互いに規定を確認し合う。アイザックが傍らで私たちを眺めていて、でも特に言うことはないようだ。


ブリーフィングを終えると私たちは装備室へ行き、耐Gスーツをまといヘルメットを手にして滑走路に赴く。

屋外に出ると晴れ渡る空が私を待ち受けていて、いつも見る光景とは違って見える。


私はこの時間が好きだった。胸躍る時間である。体の奥から何かが込み上げてきて体が軽くなったような、或いは秘めたる躍動感が全身に広がるような感覚だ。


滑走路に足を踏み入れたところで横にいるカミルへ私は尋ねてみた。


「どうして私を指名したんですか」


「……デリスから言われててね。最近ソニアが変わってきたと。気が向いたら相手をしてやってくれってな。それは俺も感じてたからどんなもんか試してみるかということ」


「そうですか」


「俺の知ってる強化人間の例とお前は違う。お前は面白いよ」


そうですか。詳しくは知らないがここでは過去、優先的に強化人間のパイロットが送られてきていたという。が、私が来た時にはいなかったし、以降も私しかいない。

──そんなことをうだうだ考えている暇はないだろう、私。


私たちは進路を分かれて自分の機体に向かう。奥にカミル機、手前に私の乗るF14。

私の乗るF14は従順そうに見え、一方のF14は獰猛な生き物に見える。同じ機体、同じスペックであるはずなのに違って見える。


空では……これはありのままに云うと、SPECIALの駆るF14は震えがくるくらいに怖い物体に変貌する。悪魔の力がみなぎる、悪魔の使徒となるのだ。


左手にスロットルレバー。右手にサイドスティック──これは前後左右に2.5ミリの範囲でしか動かない設計になっておりわずかな入力で済む──を構え、離陸。

上昇して行き高度一万メートルで水平飛行に移りしばらくは並んで飛び、左右に別れると訓練開始だ。同位空戦ともいう。


しかしすぐに自分が頭に思い描いていた予想とはまるで違うことに私は気づく。右へ左へ下へ上へ、いまある全能力を振り絞りどのような機動をしてもカミル機は私の死角に位置し、何もできない時間がただ過ぎ──たぶん二分くらいだろう──いつの間にか背後に付けられロックオン。機内に警報音が鳴り響く。


つづいてカミルからの通信が入る。


「もう一本いくぞ」


「……了解!」


次は何とか食らいつけていけた。縦横無尽に動き回るカミル機の姿を私は追い、或いは追い込まれるのを避け、キャノピーの片隅にカミル機を捉えつつ、私は懸命の機動をとった。何も余裕はなく、考えることなく、それでも強烈なGにこらえながら──


もうわかってる。カミルはこちらの動きのレベルに合わせて、自分のレベルを落として付き合ってくれている。私は狩られる側だ。

獰猛な肉食獣が、知性をきらめかせて、しかし狩りそのものには入らない。


私は機体を反転させ急降下する。この動きはやや鈍い機動になり不利にはなるのだが私にはそうやって機体のエネルギーレベルを回復するしか他に方法がなかった。


「終わりだ」とカミルの通信が入る。


失望させたのがわかる。だがこれが私のいまの実力だった。私は全力でやった。何も得るものがなかったのはただひたすら私の実力不足ゆえだ。


意気消沈しているとカミルの声が耳に響いてきた。


「一本目のやつはホログラムチェックした方がいいかもしれん。帰投してからチェックな」


「……了解!」


私はそう返答するのが精一杯だった。


ホログラムチェックとはフライトデータから3D映像にフライトを再現するもので、あまり正確な再現ではないとはいえ、確認する作業にはそれなりの意義があるとされている。これは初めてのことだった。SPECIAL相手で初の。


私としてはどうなるのか不安で仕方なかった。ミスを指摘されるのか、叱られるのか、冷徹にディスられるのか──ああ神さま、


コンピュータールームのドアは開いていて、奥にはデリスと琉の姿がある。ということはカミルがふたりを呼んだのか。

入り口前の通路にはめずらしがって他のパイロットも七、八人来ている。しかしやって来たカミルが追い払い、私を室内に入れるとドアを閉める。


自動でカーテンが閉まっていき、暗くなった部屋のなかでホログラムが立ち上がり、再現が始まった。

手のひらに乗るような小さなふたつの機体が宙空を縦横無尽に身をくねらせながら飛び回る。


私の頭のなかに残っているイメージと大まかには符合している機動だった。こうやって俯瞰というか神の視点で見るとなかなかの迫力である。ふたつの機影はまるでダンスをするように高機動の模擬格闘戦を行っている。

そして1分53秒の模擬訓練が終わるとカミルが一拍置いてふたりに問うた。


「どうよ?」


デリスが言った。


「対応できてないようで対応できてるな」


琉が言った。


「全体的におそまつだが、とりあえず対応してるな」


カミルがふたりに言った。


「そうなんだ」


私には理解不能だった。


「やっぱこいつは動物型なんだろう」とデリス。


琉がわずかにニヤリとしてカミルを見ながら言う。


「カミルがよく死角を維持しつづけたって印象だな」


「けなしが入ってるぞ」


「けなしなもんか。たまたまとはいえ、人外なものを引き出せるからA級の称号が与えられるわけでな……というかそれを与えたのはお前だろ」


「そうなんだが」


「お前の感じた畏怖は、嘘ではなかったってことだろ。お前が育てたわけでお前が混乱するのはおかしい」


「ここ全体が育てたもんだ。……それに混乱はしてない」


デリスが言った。


「これからどうやって定着させるかだな。本人が」


小さくうなづくカミル。


「結論はそれだ。ふたりとも来てくれてありがとう。飯でもおごろう」


三人は連れ立って部屋を出ていく。

私は放っておかれたままになっていた。


──?


──なに?


──何なの? 何で放っておかれるの?



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