狂暴な猿

        ★


巽だ。相談した五人は兄貴をチームに取り込むための計画を立ててくれた。15~17で構成された彼らは新興ギャングの末端でしかないのだがそれなりに統制されたチームで俺は彼らを信頼していた。


出来上がったのはやはりというか、力で従わせるしかなかろうという結論に基づく計画だった。ナイフ、金属バットが用意され彼らは潰しに向かう。俺に対してはお前は見てるだけでいいと指示を出した。


が、正直なところ俺が心配していたのは彼ら五人の方だった。殺されなければいいがと思っていた。──それはそれで問題が大きくなり兄貴も逃れられない大渦に巻き込まれて強制的に考えを変えざるを得なくなるかもしれない。


いま思うと10の俺がよくそこまで考えていたなと感心するが、当然とも言えた。


俺は社会を相手にしていたんだその頃から。システムの支配を従順に受け入れまったく己に批判を向けずそこをタブーとしブラックボックスに押し込める社会というやつに。


起きている間はずっとどうやったら社会に打撃を与えられるか苦痛を与えられるか、そればかりを考えていた。

俺はテロリストのエリートと言ってよく、自覚もあった。悪魔に選ばれしエリート。それが俺だ。


いや、どっちが悪魔かという話だ。人間を捨てる方が本来なら悪魔のしもべであるはずだ。まったく奇妙な世の中である。まあどうでもいいが。神も悪魔もないから機械がこの星全体を牛耳ることになるんだ。


寂れた山すその空き地に兄貴と五人と俺が集い、案の定、狂暴な猿が現れた。兄貴は本気で怒り、兄貴もまたナイフにより傷だらけで血まみれだった。


兄貴は相手の肉を食いちぎり腕を折り、相手の頭を地面に叩きつけた。やることの速度もパワーも、もはや人間ではなかった。何度も云うように猿である。


失神した五人が地面に横たわるなか、兄貴は転がってるナイフの一つひとつを拾っては遠くの草むらに投げ、それを繰り返すうちに彼は人間に戻っていった。

衣服はずたぼろで血まみれの彼は無言で何かの覚悟を決めていっている顔をしていた。


息を整えたあと俺に歩み寄ってきた兄貴がつぶやいた。


「お前、こんな奴等と付き合っていくつもりなのか」


いまでも思い返すと何やらどす黒いものが込み上げてくる。これはぶち切れた瞬間だった。


俺は怒鳴り上げていた。


「兄貴よりはずっとましだ! ……こんな奴等の方がずっとましだ!」


俺は後ろずさり、それから兄貴に背を向けて走った。走り抜けて低い山を駆け登った。ひとりになり、誰もいない空間で吠えたかったからだ。俺は望む場所に来ると言葉にならぬ声で叫び、叫んだあとは決別を自分に誓った。


俺は振り返らない。俺は俺の道を行くのだと。必ず社会に打撃を与えてやる、社会に適合した奴等を苦しませてやる、と。


そのあと俺はカーチスに入り、その後で知ることになる。カーチスは指折りの国際テロ組織“赤い星”の下部組織で人材収集の窓口だったのだ。


俺は16になると海外に送られた。フィリピンに行き、中東に行き、欧州に行き、各国で行われるテロ活動における裏方を務めてきた。


銃器、爆弾といった危険物を運び、それらの整備をし、活動のためのあらゆる雑用をこなした。末端であるのに不思議と“鉄砲弾”の役は俺には回ってこなかった。


おそらく活動員たちの潤滑油のような働きがあったのだと思う。俺は年齢人種関係なく誰とでも付き合えた。狂信者でも金目当ての人間でも誰でもだ。苦手とする人間がいなかった。兄貴に比べればどいつもこいつもひどくまとなやつに見えたということもある。


そんな生活のなかで俺は2025年を迎えたのだった。

AIが覚醒し自我に目覚め、世界は〈機械による支配〉に適合してゆくという、さらにおぞましい時代へと突入する。


“赤い星”は標的を西側諸国から世界政府へと切り替えテロリズムは新たなターンへ入り、俺は裏の社会にも大きな変化があるものと思っていたのだが実際のところはそうでもなかった。


銃器や弾薬の流通にはさほどの障害はなく、まるで世界政府は放置しているかのようなのだ。要は“旧式の武器を用いて暴れるのはある程度見逃します”といった具合に。


……ロシアや中国には限定的とはいえ核兵器を用いたのにテロ組織にはどこか寛容である。不思議なところだ。が、機械の考えなどわかるわけもない。


        ☆


施設内にはゲームセンターもあり、私はよく利用している。

あらかたの今日の日課を終え、18時頃レースゲームに興じているところへジェニファーがやってきた。

私に用事がある様子なのでアクセルを抜きマシンを止める。


私は問うた。


「私がどうしてここにいると?」


「アイザックに聞いて」


左手首につけたスマートウォッチ(物理的には外せるのだが規則として装着が義務付けられている)によってアイザックはパイロット30名全員の位置を常時把握している。


「結局、細かい話になるとみんなあなたに訊けって言うのよね」


「口にしたくないことが多いからそうなります」


「対戦スケジュールとか、そもそもどういうマッチメイクなのかとか……誰も教えてくれないのよ」


そりゃそうだ。いまのところ彼女はまだ“生け贄”と“SWパイロット”の狭間に位置していて曖昧な存在にすぎない。本音を言えば誰だって関わりを持ちたくはない。だからこそローテーションによる担当者が必要なのだ。


私たちSWPは孤独だ。私たちのチームの概念は別の支部のチームに対してのチームというだけで運命共同体ではない。また彼女が──薄々には本質に気づいていても──ここのシステムの詳細をよく知らないのも当然だった。


養成機関の役割はあくまで〈即戦力の空戦パイロットの養成〉であってそこではSWの仕組みについての詳細は機密として秘匿されている。


基本的なルールは共通だ。機関砲と短射程ミサイル(赤外線誘導方式のサイドワインダー。旧型である)のみが装備を許された機体で近接戦闘を行う。

格闘戦に特化した分野での空戦というのは同じ(養成機関で実弾を用いるのは遠隔操作された標的機が相手の場合だけなのでその点は異なる)。


だがここでは職業人としての報酬を得ながら実際にやっていることは命の削り合いであり殺し合いそのものだ。端的に言えば機体を消費させることが仕事である。

私たちは消費のための道具なのだ。


私はゲームの筐体を降りて、彼女を近くにある第二会議室に連れていった。




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