対戦の仕組み

がらんとした白を基調とした部屋に長いテーブルと椅子の列が並ぶ。

何人の新人がこの部屋でシステムの真実を聞かされてきたのだろう。それを思うと少し胸が締め付けられる。


しかしそこはコントロールし、私はかいつまんで、しかし丁寧に説明を行っていった。


対戦の発表は唐突にやってくる。タナトス統括本部というよりは統治AIから本部に指令が下りそこから通知がくる形である。人員の誰々に対して

〈本日○時に出撃し○支部の敵機と交戦せよ〉と。


ここを例にするとカリフォルニア支部とアリゾナ支部の対戦が殆どになる。

前者なら海上で後者なら中間空域での交戦となる。

組み合わせは建前上、ランダムに組まれていることになってはいるが、私たちからすればそうとは思えない。


SPECIAL、A級、NORMALと三つにクラス分けされてあるわけだが、ランダムなので別クラスによる対戦になることはよくある。


この場合A級とNORMALの対戦であれば必ずしもA級が勝つわけでもなく、NORMALが勝ったり時間切れ引き分けというのはふつうにある。対戦の相性や支部によって階級の基準が異なるからだ。SP対A級でもこれは同様だ。……ま、うちの三人は別格で違う話になるのだがそこは省く。


問題はSP対NORMALも組まれるということ。これはNORMALの死を意味していた。SP側の機体に故障が発生しない限りは揺るがない現実である。しかし組まれるのだ。すなわち生け贄である。

この事業は“計算できる死”を必要としていた。


正確なところはわかるわけもないが、SW用F14の生産スケジュールに基づいた機体の消費がこのシステムには欠かせない部分で、

需要と供給のバランスに基づいたマッチメイクがなされているのだと思われる。


言い方はわるいが統治AIは私たちにとっては神に近いようで悪魔そのものである。死神?

最後に私もよくは知らないことについて予備知識として述べた。


「昔は空戦コンテストと称して海外の支部から精鋭パイロットを集めて交戦させたことがあったそうですが、いまはそうしたことは行っていません。……以上です。質問があれば」


ジェニファーが問うた。


「いま世界に支部は幾つあるの? 10支部前後ってざっくりとしか聞かされてないのよ」


「そこはここでもそうです。わかっているのはGBの三つ。それ以外では国名が支部名になっていて欧州のイギリス、ドイツ、フランスの三つ。アジアにはフィリピンとベトナムの二つ」


そのあとは長い沈黙の時間が流れた。


ジェニファーがぽつりと言った。


「私には教官はつかないの?」


「それはある程度生き延びないと。生き延びたらSW本部からSPECIALの誰かに指令が下ります。そういう個別指導のスケジュールも統治AIが全体を見て指揮します」


「ほんとに消耗品だわ」


「いまさらって話になります」


冷たいようだが冷たくはない。私なりの思いやりから私はそう言った。彼女は昨日に比べると疲れきっている印象だった。


例えば病気を理由にやめるのもありだが、その先どうなるかは不明だ。この世界の統治システムは処分を簡単に行う。捨て犬捨て猫の方がまだ良心的な扱いを受ける(人の判断に委ねられているので)。

ふつうに考えれば戦うしかないのだ。敵機と運命の両方と。


それから私たちは一緒に食堂で食事をし、カフェ〈SKY TRIP〉でコーヒーを飲んだ。

いつ死に別れるかもしれない(お互いにである)私たちはそれでも何とか通じ合おうとしていたように思う。でもわかってる。これは仕事だ。スムーズに仕事が運ぶための仕事。


        ☆


明くる日、今日はアレアの昇級試験が14時より行われる予定だった。

NORMALからA級に上がるための試験。担当するのはカミルである。


ブリーフィングルームから出てきたアレアが私の元に駆け寄ってくる。


「緊張するわ、全然自信ないし」


青ざめた顔をして彼女はそう言う。ボブショートにした小顔が小動物みたい。私は言った。


「当たって砕けろよ」


「そうね……、だめ元だもんね」


試験の際、たまにSPECIALは本物F14を使うこともあるが今回は同一の機体、SW用F14での模擬空戦訓練が予定されている。


そのあと担当SPECIALの意見とフライトシミュレーターの成績を鑑みて最終的にアイザックが昇級の是非を決めることになっている。

アレアはしかし突然に覇気をみなぎらせた。


「いや! だめだそんなんじゃ! やるからには潰すつもりでかからないと!」


私の時もカミルが相手だった。昇級は収入のUPに直結するため重要である。NORMALが600~700万Z(ズィー 国際共通通貨。ざっくりと円に近い)、A級で1000~1200万Zとなっていてこの差は大きい。


「チャンスなんだから正面切ってカミルの前に立ちふさがらないと!」


その意気よ。私は励ました。


「そう。いまあなたは舞台のセンターに立ってるのよ。ぶちかます時なのよ」


ブリーフィングルームからアイザックとカミルが一緒に出てくる。彼はこちらに視線をやることなくフライトの準備に向かっていった。


「やってやるわ」


彼女はそう言い、力強く私の元を去ってゆく。


ファイト、アレア。


単純に背後をとってレーダーを当てれば昇級は決まるのだが、背後というのは滅多になく、評価は〈どこまで追い込めたか〉で決まると言ってよい。私は斜め上からレーダーを当てる寸前までいった。カミルが格下相手の訓練モードであったことを踏まえても全体的に快心のフライトだった。


たまたまが重要な日に出てくれた。宝くじに当たったようなもので私はコクピットで無言のままガッツポーズをとったくらいだった。


だがカミルはそのあと不機嫌で、デリスと何か話すまでは誰も近寄れない感じだったから、私としては嬉しくも申し訳ない思いでいっぱいだった。その日のことは強烈に覚えている。


不思議とA級の称号を得るとそこから人は嘘のように進歩する。みながそうである。

アレアはどうなるか。といって傍観するしかないのでやきもきする。特別仲がよいわけでもないのに。いや、いいんですけどね、十分に。


轟音を鳴り響かせてふたりが飛び立つと、私は滑走路まで行って帰ってくるアレアを出迎えることにした。

本気の訓練なので対戦時間は十分くらいだろう。


アレアの昨日までの実力は私も知っている。昇級の可能性、その確率は20パーセントはあると見てる。これは高い数値だ。空戦の神様がいるとしたら充分な数値。いないとなるとわかりませんけど。





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