出撃

      ☆[普天間]


決戦の日を迎え、この日はアイザックが朝からずっとデリスのそばにいる。ネバダにいる時と変わらない体制になっていて私もどこかいつもの感覚になりそうだった。しかしそうではないので気を引き締める。


それにそのうち小さな問題が起こるであろうことも私には予測できていた。ゆえに根回しを済ませてある。


午前10時30分。滑走路脇でアイザックと話し込んでいるデリスのところへ私が歩いて行くと、彼は私を目にするや「おい!」と声を荒げた。


私が耐Gスーツをまといヘルメットを持って立っていたからである。これら装備品はフィリピン支部の人たちが用意してくれたものなのだが、前もって私の分もアイザックに頼んでおいたのだ。


デリスは怒っていた。


「何のつもりだ?」


私は言った。

「見ての通り後ろに乗ります」


「だめだ。必要ない」


「向こうも乗ってるかも」


「ないよ。レーダー要撃士は要らん」


「護衛任務ですから広義の護衛ってことで」


「空でどう護衛してくれるんだ?」


「目視で相手を発見」


「俺や琉は相手の位置を把握できるんだよ」


「知ってます」


「要らんと言っとるだろ、アイザック命令を出せ。無駄な損失になりかねん」


「何の規則にも違反していないので命令は出せません」


「そういう問題じゃない。SWの資産を損失の危機にさらすわけにはいかんだろ」


「A級はごろごろいます」


「断る、認めん、邪魔だ。ここまで言ってわからんか?」


「わかりません。護衛は護衛です」


「任務と言い張るか……ならグロックで脚を撃つ。どうだ?」


いまも携帯しているのか。これは予想外だった。しかし。


「どうって……デリスが引き金を引く前に、ローキックのあとワンツー入れてふらふらになったところへ後ろに回ってチョークスリーパーですよ」


「俺を殺す気か!」


「わからず屋!」


「どっちがだ!」


アイザックがおもむろに告げる。


「デリス、最高責任者として命令します。彼女の任務を受け入れなさい」


「ええ? 何でお前が味方するの!」


「丸く収まります」


そこでデリスは気づいた。私とアイザックがグルだということに。気づくと彼はすぐに切り替え私たちに背を向けて自分のことに集中し始め、気を練る作業に入っていく。


一緒に過ごしてきた時間が長いだけに読み通りの流れである。彼は機体との対話モードに切り替えているのだ。搭乗する直前に空気が変わるのを私は何度も目にしてきている。


私はさっさと搭乗することにして彼を通りすぎ、先に後部座席へと搭乗し、そこでコンセントレーションを高める。私が戦うわけではないので私がやることは〈空戦の吸収〉だ。


全身で、脳みその細胞すべてで受け止め、消化しなくてはならない。実弾を用いた戦いはデリスVS琉の対戦では初のはずである。……いや、あまり詳しく話してくれたことはないからあってきたのかもしれない。


SW創世期の2027~2028年は現在とはかなり違ったと聞く。ともあれ両者の実弾勝負など二度と体験できないと思われる。


私にとっては千載一遇の機会なのだ。いろいろと申し訳なく思うところはあっても私の脳は迷いなくそれを求めている。体ごと運命に預けない限り、空戦の門は開かない。

私はそう確信していた。



     ★[沖縄 嘉手納]


俺は離陸の瞬間に立ち会うべく滑走路に赴いていた。自律型ロボット兵の監視に付いているふたりと並び、管制塔のたもとから見上げる空は明るく、雲は少ない。風も弱い。空戦のことはよく知らないが決戦日和なのは間違いなかろう。


兄貴とはずっと会話を交わしていない……どころか顔すら合わせてないがこの瞬間には立ち会い、出撃までの過程を確認しておく必要がある。機会を作ったのが俺というのもあるし、これが今生の別れになるだろうからだ。


もし別の再会の仕方をしていれば、とそんな考えが頭をよぎる。

──別の再会? だからってどうなるってんだ? どのような形であれ俺はテロリストだ。同じようなもんだ。どのようなシチュエーションであれ俺と兄貴の間には深い崖がある。


エンジンが始動しやかましくなってくる。離陸となれば内臓が震えるほどの轟音が鳴り響く。俺は耳を指でふさぐ準備をしていた。音だけで兵器みたいなものだ。まったく。


だんだんと音量が増してくる。高周波の音が混じってくる。もう限界が迫ってきていた。人差し指で耳をふさぐ。機体が前進し滑走路を進むなか音量が増大し爆発でもするかのように轟音を響かせ虚空を震わせる。


意外に短い距離でグレーの機体は浮き上がり、機首はさらに上向いた。空に吸い込まれるようにしてどんどん小さくなっていくF14の機影を俺は見つめつづける。


……さらば兄貴よ。どのような結末であれ、もう二度と会うことはあるまい。


俺がそう思った時だった。ヒィィーという高周波の音が耳に鳴り響き、俺は再び耳をふさいだ。しかし音は脳内に直接響いてくる。横のふたりがうずくまる。これはソニックウエポン──音響兵器!








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