決戦
☆
デリスの駆るF14は普天間の飛行場から離陸すると機首をさらに上げ、高度一万メートルまで上昇し水平飛行に移りスピードダウン。ほどなくして右に機影が見えた。沖縄支部のF14。
SPECIAL同士の戦いが始まろうとしていた。
養成期間中に何度も模擬訓練を重ねたであろう空域で歳を重ねたふたりが対峙する。
琉の搭乗する機体が視界に入るとやはり体の奥から震えが押し寄せてくる。畏怖だ。
琉の駆る機体は水平飛行してるだけなのに周囲の空気を震わせている。殺気のカタマリが殺気を放ちまくっている姿は悪魔にしか見えない。空の悪魔。放射されるものは琉その人が発しているのか?
そこへ琉から通信が入る。
「後ろにいるのは誰だ?」
人間の声だ。わずかに安心させてくれる。
「後ろはゴリラが乗ってる」
「ああ、脅されたか。……軽い分俺の方が有利だな」
「かもな」
その言葉を合図にデリスは左に旋回、琉は右に旋回した。始まりである。
いきなり猛烈なGが私を襲い、座席に押し付けられる。顔の肉が歪む。ふたりとも最初から全開だった。私が味わったことのない鋭い旋回が繰り返される。強Gの連続に感覚がついていけない。
わかるのは互いに機体のエネルギーレベルを下げていってること。これは極限の戦いを意味していた。自由自在に舞えるこのふたりですら身を削りながらでしか戦えないレベルでの交戦だった。
私の初めて知るデリスのフライト、初めて知る空戦のレベル。頭も体もついていかない。短期決戦なのはかろうじてわかる。右に左に上へ下へ。スロットルのコントロールはあまりに細かく、しかしそれは機動のひとつ一つにリンクし機体を空に舞わせる。硬質の旋回であり、それは正確無比なコントロールだった。
琉は完璧にデリスの動きを読みデリスはそれに完璧に対応していた。どちらも優位に立てない──ということはどちらかが無理をするということ。ここで私は不思議な感覚に包まれた。相手の機体の位置や機体の姿勢が私の感覚のなかで捉えられたのだ。
私にはその瞬間が伝わってきた。瞬間、琉機は動きを鈍くした。直後急降下に入る。デリスはそれを待っていたかのように機体をS字降下旋回させその終盤に短くバルカン砲を掃射する。ドッという振動がコクピットに響く。
私には何がどうなったのか皆目わからなかったが、機体がゆるい旋回になりデリスが機体を右に傾けると琉機の姿が私の視界に入る。琉機は左右の垂直尾翼を破壊され不自由なフライトを強いられている。
コンピューター制御の操縦系統を備えるF14はこれですぐに墜落などはしないが勝負はついていた。他にもダメージがあるようだった。高度を下げていくなか機体はフルブレーキをかけて速度を落とそうとしている。が、限界は来る。やがてキャノピーが弾け黒いカタマリが上空に射出された。つづいて空中にパラシュートが開く。琉が無事だといいが。
ゆるい旋回のなかデリスは無言だった。ゼェゼェハァハァと息を整えている。
「……瞬間、ストールしかかったんだろうな」と一言だけ言い、それきり黙り込み、10秒ほど経ってから管制塔に通信を入れた。
「管制塔、デリスだ。終わった。琉の救難頼む」
「了解」
「部隊の状況は?」
「報告はありません」
「了解。交戦中か……」
と、機体が突然左に急旋回する。
「ソニア後ろ! 何か来る!」
ディスプレイに視線を落とすとレーダーに輝点があり、しかし小さな反応だ。
「アンノウン、反応が小さいです」
デリスは国際緊急周波数を使って不明機に通信した。
「所属不明機、所属を言え」
返答なし。相手は速度を落としてきたのでデリスは横につけるよう旋回し、ゆっくりと不明機に近づけていく。目視で確認するしかなかった。
それが何ものかわかった時、私は息を呑んだ。
一見ずんぐりとして、しかし先鋭的な外観。F22だ。つまり世界政府軍に所属する機体である。もちろん実物を見るのは初めて。
兵装はすべて機体内に収納してあるため外観からはわからない。
「F22のパイロット、答えろ」
するとようやく返答があった。
「わるいが答えるのは禁じられてる」
「用件は?」
「勝負をしにきた……と言ったら驚くか?」
「上が許せばの話だが、こっちのゴタゴタが済んだら必ず勝負してやる。今日は引け」
「用件は勝負の申し込みだ」
「世界政府側で戦う場を設ければいいだろ」
「勝負はOKなんだな?」
「許可が下りればな……個人的にはOKだ」
「必ずだな? 約束したぞ」
「どこの誰だか言えよ」
「言えん。大きな問題か?」
「問題だろ、フェアじゃない」
「あんたを空で葬るという任務を与えられてる。これで十分だと思うが」
「なら十分だ」
F22はくるりと腹を見せ右に旋回しデリスの領域から離脱していく。
不機嫌になったデリスが管制塔に通信を入れた。
「管制塔、そこにアイザックがいるだろ。代われ」
「代わります」との返答後、ややあってアイザックが通信に出た。
「何があったんです?」
「F22が突然現れて勝負を申し込んできた。なんで世界政府本体の機体が出てくるんだ?」
「すぐ調べます。ともかく無事でよかった」
「帰投する」
デリスは不機嫌だった。それは当然だろう。あのまま空戦に入ったとしたら敗北は避けられなかったはずだ。もしあの機体が長射程のミサイルを備えていたとしたら、デリスが気づく前に発射できていた。こちらはチャフもフレアも装備していない。デリスなら直撃は避けられるだろうが近接信管による爆発のダメージまで回避できたかは怪しい。あのまま格闘戦に入っても世代が違いすぎて圧倒されたと思われる。
……というか、あれがステルス機本来のやり方なのだ。そっと背後につくというのが。
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