決着
世界が青い闇から明るくなろうとしている。空が刻々と変化するなか、走って屋上まで駆け上がってきた私の前にはすでに黒いボディの高知脳ロボット、カルバンさんがいて、
「あんたか」と私に声をかけてきた。
おはようございます、と私。
視界には滑走路の右て、23(ツースリー)の黒い機影がすでに地下空間からの上昇を済ませている。速い。あとはデリスの到着を待つばかりだ。
遠くインラインフォアの咆哮が響いてきて、それは近づいてくる。一点のくもりもない気持ちのよいエキゾーストノートだ。23のコクピットにいるエンジニアがエンジンを始動させる。ヒュイイという甲高い音が鳴り、アイドル状態に。
デリスの駆るBIG1が走ってきて滑走路に止まると、そこで朝陽が昇った。太陽がその光の一端をのぞかせる。黎明の空のもとデリスはひとりのエンジニアの協力を得ながら耐Gスーツを素早く身に付ける。
ヘルメットを受け取りそれをかぶるとコクピットにかかるラダーを駆け上がる。
デリスがコクピットに収まりキャノピーが降りて閉まると、もうこの状態になるといつもの感じが漂ってくる。すべてが整い、機体が何か違うものに、まるで生命を得たように獰猛なオーラを発散し始める。
胴体に密着させる形で装備されたサイドワインダーの白い先端部分が見えた。その殺伐感は洗練された23の容貌からは際立って見える。
エンジン音が高まり、機体が前進し、そこからは轟音を鳴り響かせあっという間に離陸までいった。二次元推力偏向パドルの威力である。ここ沖縄支部で改良を受けた部分だ。
大きなV字の後翼を見せながら暁の空に23の機影が小さくなってゆく。あとは祈ることしかできない。
カルバンさんがしみじみと言った。
「あのデリスがここまで伸びるとはなあ」
「成績よくなかったんですか?」
「訓練機に乗る前までは普通だった。カミルと琉は最初から優秀だった。シミュレーションでもな」
「三人の関係はどうだったんでしょう」
昔はわるかったと聞いている。
「よくなかったさ。バチバチのライバルだよ。ネバダに行ってからだろ、エドワードさんがまとめたって聞いてる」
「エドワードさんの話は向こうではご法度なんです」
「それは仕方ない。光が大きければそれだけ影も大きい。そういう人物っているだろう?」
「まあ」
「アイザックが頃合いを見て話すんじゃないか? あんたは中核のひとりなんだから」
「なぜデリスが23のテストパイロットを担当することになったんですか?」
「アニエスが目を付けたからだ。いまはそうでもないが初期のSWに対する関心の深さというのは尋常じゃなくてね。直接会う機会を設けたくらいだから何かあるんだろう。私は知る立場にないから何も知らんがね」
私は屋上をあとにしてアイザックのいる管制室へと向かった。そこがいちばん早く結果を知ることができるから。
☆
焦燥感のようなものを味わうのを覚悟していたのだが、アイザックの後ろで壁に寄りかかっている私は、わりと平常心でいられた。
何が起ころうと受け入れる準備ができている──、そう思っていて10分は経ってなかったはずだ。
デリスから通信が入った。
「管制塔、こちらデリス。終わった。相手のパイロットの救難よろしく」
「了解。帰投して下さい」
おお……!と管制室で感嘆と喜びの声が上がった。施設で働く人々にとってもこんな対戦など誰も経験したことはなかったのだ。
アイザックが呼び出されるわけでもなく、淡々と帰投してくるデリス機の様子がありありと私の脳裏に浮かぶ。
私とアイザックは滑走路に向かった。私たちにできることは彼を出迎えることだった。
☆
流れるように滑らかな着地をした23がゆっくりと減速しながら滑走路を進む。エレベーター領域のそばで迎える私たちに近づいてくる。やがて艶消しブラックのボディが駐機し、エンジン音が止まると誘導員やエンジニアたちに笑顔が浮かぶ。
これは“我らの勝利”“沖縄支部の勝利”である。彼らにはそうする権利がある。ラダーから降りたデリスを彼らは囲んでわいわいと喜んでいる。
私は空気取り入れ口の奥で回転しているファンを見に行っていて、輪のなかには入らなかった。
23も喜んでいた。エンジンオフとなっていても機体は躍動していた。知らないけど初の実戦だったはずである。高揚はA級パイロットの私には隠せない。
私は私なりに、彼に「おめでとう」と祝福した。
そんな私にアイザックが歩み寄ってきたので訊いてみた。
「これでデリスの仕事は終わったのかな」
「……任務は終わりました。ただ彼にとっての仕事はまだかもしれません」
何だろう? 私にはわからなかったがアイザックは言いにくそうな空気を醸し出していたので追求はしなかった。あとでわかることなのだろう。
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