エピローグ
☆
時刻は13時45分。上空に雲はなかった。視界を空と焦げ茶色の山脈が埋め尽くしている。
耐Gスーツを着込んで滑走路に立つと気持ちが高揚してくる。体の奥から湧き上がるものがある。その湧き上がるものを頭のてっぺんから爪先まで、指先まで行き渡らせる。脳髄にまで届くともはや人間のそれではなくパイロット脳に切り替わる。
「これが最後というわけではないから」
そうデリスはブリーフィングルームで言った。いつもと同じ感じで。空に生きる彼は地上にいる時が非日常。その意味で地上のデリスは人間というわけではない。人間ではない何か。
アイザックがこっそり教えてくれた。イギリス支部には強化人間パイロットが四人いるそうだ。どうやらそいつらを中心として運営されているのが当支部らしい。
それだけでデリスが味わうであろう苦境が想像できようと言うものだ。腕力では太刀打ちできないでしょうからね。
今日の空はいつもより澄み渡り、光線が明るく見える。模擬空戦訓練の結果はやる前からわかっているが、私は私で以前より一ミリの前進は感じている。
両機の甲高いアイドルの音が滑走路に響き渡り、上空に吸い込まれてゆく。空が私たちを待ち受けている。デリスと私、そしてふたつの機体を。
ヘルメットを被ってSW用F14を見上げる。今日はデリスも同じ機体だ。奥で佇む機体はじっとデリスが乗り込むのを待ち受けている。パイロット脳から見ると機体とその下にいるデリスの気持ちが通じ合っているのがわかる。
こんなことが私にもよくわかるようになってきた。信じがたい光景だけども。あの機体が今日の空でどんな機動をするのか、それを考えると恐ろしさと楽しみが入り交じった気分になってくる。
デリスがコクピットに乗り込んでいく。それを確認して私も引き込み式のラダーを登っていく。
上から見ると電源がオンとなっているコクピットは機体の内臓のようだ。乗り込むと私は幻聴を耳にした。というか脳に直接響いてくる声。
《さあ、戦おう》と。
《早く飛んでくれ、空を飛ぶために俺は生まれて来たのだ》と。
それは私も同じだ。だからそう応えた。《私だってそうよ!》と。
デリス機が先に発進する。甲高い音がさらに増し、轟音へと変わっていく。
──これが最後というわけではないから──
それはそうだろう。だって私にはデリスと本気で殺り合う未来が見える。いつかは真のライバルに、私はなるはずなのだ。それでいいと思う。互いに苦しい時期があることも見える。乗り越えられないようなことを互いに何とか乗り越えた先に、私たちは空で相まみえる。そんな未来が待ち受けていることを私は体感している。ここの空がそう教えてくれるのだ。
お前にはそういう運命があると。ということはデリスという存在は私にとって運命そのものなのだ。
その背中を遠くに捉え、私はスロットルレバーを静かに前へ押し出した。
[つづく]
狼たちの空 北川エイジ @kitagawa333
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