二人への詰問

        ☆


琉派のパイロット事務所に赴いて、預かっていた封筒をキリンクスに代理で返却すべく差し出すと、

彼は「どういうこと?」と訊いてきた。


「旅費はデリスとネバダ支部が折半することになったから、デリスが返してこいと」と説明する私。


「そうなの?」


「だからデリスが払う分はそんなにはしないみたい」


「なんでここが払うんだ?」


「戻ったから。琉は帰還した」


後ろの連中が椅子から飛び上がって私の元に駆けてきて口々に叫ぶ。


「戻ったって? いまどこ!」


「どこって、いま飛行服に着替えてる」


男共が一斉に部屋を駆け出していく。キリンクスだけが茫然と立ち尽くしていた。


「なんで……?」


「そりゃあここに来てここの空気を吸えば回復するってこと」


デリスにそう言えと指示されたのだった。キリンクスは封筒を放ったらかしにして駆け出していった。


私は封筒を胸のポケットへ納め足取り重く通路を歩む。琉の帰還は嬉しい一方で、私としてはショックが大きすぎた。デリスのイギリス支部行きの宣言は。これでは入れ替わりみたいではないか。


アニエスが言っていた報奨の件──デリスの要望というのはもうひとりの弟子であるダリアの行き先の情報だった。そのことは秘匿されていたのだ。


そして行き先を知るとデリスはダリアをここへ戻すよう求める。が、これは却下された。


ダリアは組織の要となっている人物で外すわけにはいかないのだと。無理を通すのなら本人と向こうの支部の最高責任者の承諾を得なければ認められないと。


そこでデリスはアニエスにイギリス支部行きを申し出る。教官職として着任させてほしいと。取り戻す機会を与えてほしい。トライだけでもやらせてくれと。アニエスは長考したあとデリスの要望を承認するのだった。


私がむかむかするのは彼が居なくなることだけではない。名前でわかる通り、その弟子は女なのだ。


──墓参りのあとデリスと琉は話があるそうで私たち三人とは別れて近くのカフェに向かった。

移動車両の車内に乗り込むと運転は私なのですぐには発進させず、私はアイザックに以上のことを問い詰めて聞き出したのだった。


つづいてカミルを標的にした。曖昧にごまかそうとするカミルに食い下がって私は吐かせた。

色恋がそこにはないのか? そいつが強化人間ではないのか?と。


アイザックに助けを求めるカミルだったが、アイザックは応えることなくとうとうカミルはそのことを私にしぶしぶ認めるのだった。強化人間だと。しかし色恋ではないのだと言う。


彼は観念したようでそれを認めると流れるように説明してくれた。


「その時点ではダリアの成績がトップだったんだ。模擬訓練もシミュレーターも。あいつは成長のスピードが速くてな。俺と琉が伸びたのはそこから何ヵ月か先だ。俺と琉が挫折を初めて味わう相手でもあった。それくらいの差がその時点ではあったんだ」


「だから俺も琉も心のどこかでリベンジを求めてる」


「最初は欧州のどこかの支部に引き抜かれたんだろうと思ってたから、いつかはやれると踏んでた」


「しかしここのシステムはそういう風にはできてないわけだ。GB組と欧州組で分けてそれぞれの内側をバランスさせるやり方が効率としてはいい」


「つまり引き抜きではなくてシステム全体の利益に基づいた人事異動だったんだ。そのことに気づくと俺と琉は諦めるしかなかったのさ」


「が、デリスはそうじゃなかったわけだ。何らかの形でケリをつけたいんだろう」


「アニエスが認めざるを得ないのもわかる。ケリをつけたいというのはSWの芯の部分だからな」


「ケリって?」


「AIにしてみれば本来、国連は不要だ。べつに機械生命体の王国にしてしまえばいいわけで。が、そうはなってない。SWがAIと人類の協力で成り立ってるから。協力してやっていけることを証明してるから。これが維持されてる間は、たぶん共存も維持できると思う。

──でも、本心では諦めもあるだろう。つまり理解できない人類がいるわけだから。迷いつつも本心ではとっととケリをつけてしまいたいんじゃないかな。世界を本来あるべき姿にしてしまいたい。機械生命体と、肉体労働の担い手として強化された人類の世界に」


私は黙っていた。


「言いにくいが……お前だってここが、いち側面としてかつては強化人間の実験場だったということに気づいているはずだ」


私はまだ黙っていた。


「そしてお前自身はわかっていないことだが“最初から成功例”というのは少なくとも俺たちが見てきた範囲ではお前が初めてなんだ。ふつうはメンタルに問題を抱えていて、人格形成に時間がかかるのが強化人間というやつでね。

ふつうはそれを踏まえて付き合っていかなきゃならない。そこへいくとお前は最初からまるきりノーマルなんだよな。不思議だ。基準そのものが違うようにすら思える」


私は答えようがなかった。ここへ来て初めて何もかもぶちまけたい気持ちになった。私は違うのだと。でもそんな勇気はなかった。いま私が手に入れているものを崩してしまいそうだから。


たぶん意外にみな受け入れてくれそうではある。アイザックが特に禁じているわけでもない。黙っていることを勧められているだけ。


だけどそれは怖かった。自分が、全員ではなくとも何人かに大事にされてきたから。ここで構築してきた人間関係がほんの小さなことで壊れてしまうかもしれない。

それを私は恐れていた。


「話してくれてありがとう」


私はそう言って車を発進させた。


私は2021年から来ていた。そして別の世界軸から来ていた。そういったことのすべてを忘れようとした時期もあった。


でも忘れる、なんてのは土台無理なのだ。ならすべて受け入れて生きていくしかない。

こんなシンプルな答えに行き着くのに途方もない時間を費やすのが人間である。私が不器用なだけか?


ともあれ私のむかむかが完全に治まったわけではない。その一方で、アイザックが終始気まずそうにしていたのを、いまは申し訳なく思う。



      ☆ ☆ ☆




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