狼たちの空

        ☆


午前11時、私とカミルは墓地入り口前の芝生の上に立っていた。ここは未整備だった土地を造成し植林した場所なのだという。


墓地自体は芝生の敷き詰められた小さな公園のような造りになっていて見通しがよく、奥の風に揺れる林の姿まで全景に見える。林の前の開けた空間に灰色のプレートの列がある。墓石はあくまで名を刻まれたプレートだ。


晴れた空はいつものようにそびえ立ち、薄い雲がゆっくりと流れている。カミルが言った。


「エドワードのことはナラティブだけ?」


「はい」


「あれはあれでわるい読み物じゃないんだが、当たり前だけど肝心な部分が無くてな」


「アイザックには何度もフィクションだと言われました」


「俺が主人公の部分がないんだ、あれではね」


「それが足りない部分?」


カミルは墓地の開けた空間を見つめながら言った。


「エドワードを琉が撃墜した時、あいつとは険悪になってな。琉がわるいわけじゃないのに」


「肉親以上の存在だったのならそれがふつうですよ」


「デリスはそんな俺に対して怒りを持っていたようだ。デリスは俺とも琉とも距離をとった」


「ああ……、デリスらしい」


「で、ダリアというのがいてそいつも弟子だったんだが、荒れ狂ってな。でも怒りをどこにもぶつけようがないだろ? ぶつけようがないけどブリーフィングルームで俺たち弟子だけになった時に、そいつは耐え切れず琉に掴みかかったんだ。琉はされるがままだった」


「デリスが振りほどいてダリアに一発平手打ちを食らわせた。そこで一瞬は治まったんだが、そのあと泣き喚いてな。いろいろ周りのものを壊しながら。壁にも穴開けて」


「デリスが怒鳴ったんだ。ここにいる全員が泣きたい、と。いい加減にしろとな。ダリアも何か怒鳴り返して部屋を出ていった。結局そいつはそれきりになった」


「辞めたの?」


「わからん。噂レベルだと他の支部の引き抜きにあったとかそういう話はあるが……抜けたやつのその後なんてのは当時から確たる情報はない」


「いま思えばだ。俺がわるいんだ。俺が受け入れていればあんな空気にはなってないんだ。琉を称えていればよかった」


「でも……」


「そりゃあどうなったか何てわかるわけもないが、感情の起伏の激しいダリアはともかく、俺たち三人が険悪になる必要なんてこれっぽっちもなかったんだよ」


「俺があの時、一ミリでも琉に寄り添ってさえいればあんなことにはならなかった」


遠く、林のなかをこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。花束を手に持っている。

あれは琉だ。

私たちはいつもの飛行服だが彼は黒のスーツを着ていた。ネクタイも靴も黒。

カミルが「よー」と声をかける。


私たちのそばに来ると琉が言った。


「デリスは?」


「忙しくて後から来る」


「そうか」


三人で先に墓参りすることになり、私は彼らの後ろについてゆく。並んで歩くふたりをこれまで見た記憶がない。いつも緊張感が漂うのがこのふたりであって、私は落ち着かない気持ちでいた。


ふたりの歩みがひとつのプレートの前で止まり、琉が腰を屈めてプレートの手前に献花した。


私はふたりに近寄れなかった。並び立つふたりの背中は重く。

ふたりの関係があまりに濃密で、私は近寄れなかった。


ふたりが揃う時の大半はそこにデリスがいた。

私ははっとした。そのデリスとアイザックの姿を入り口の方に認めたからだ。デリスも花束を持ってこちらへ向かってくる。


そばに来るとアイザックは私のとなりに位置をとり、無言で三人を見つめている。


「わるい。遅れて」とデリス。


それからプレートの前に花束を置き、頭を上げると彼は琉を向いた。まるで空でやるターンのように滑らかかつ鋭い動きだった。


「よく来てくれた」


琉が言った。


「最後だからな」


「うん。しかしそれでは困るんだ、琉」


「決めたんだ」


デリスは熱を込めた強い口調で言った。


「戻ってこい」


そこからは涼しげに言う。


「俺はイギリス支部へ行く。俺がいない間、ここを守ってくれ。俺が帰るまででもいい」


琉はすぐには真意に気づかなかったようだが、しばしの間をあけてそれに気づくと、彼は目を見開いて言った。


「やつがいるのか?」


「確実な情報を得た」


「倒しに行くのか?」


「いや」


デリスは涙を滲ませていた。


「取り返しにだ」


そう告げると彼の目から涙がこぼれる。


「あいつもエドワードの子だ。本来ならここにいるべき人間だ」


この言葉は空気を震わせた。


琉は顔を歪ませ堪えていた。懸命に堪えていたが限界だった。琉も涙をひと筋流した。ひと筋流れると堰を切ったようにそれは溢れ返った。デリスを正面に捉えた不動の体勢のまま、彼はぼろぼろに泣き、それが尽きた時、彼は顔をぬぐうことなく言った。


「わかった。戻ろう」


それは、私の知る琉の姿、琉の顔で、でも私はもう前が見えてなかった。涙で前が見えず、横のカミルの様子もわからずただ嗚咽をこぼすだけだった。







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