生中継

        ☆


特殊部隊との合流はいちばん広い第一会議室が用意された。屈強な男たちが30人揃うと壮観である。横幅の広さと体の厚みが半端ない。細身の方も纏う空気が違い圧が強い。私は彼らの外観に圧倒されていた。


私たち三人は席についた彼らの前に歩み出ていく。

デリスが言った。


「みなさんはじめましてデリスです。俺はみなさんのように強くはないのでよろしくお願いします。こっちのやつはソニアと言ってみなさんと同じくらい強いですから気をつけて下さい」と私にかるく触れる。


手前にいた隊長とおぼしき黒人の方が応えた。30代半ばだろうか。


「聞いてる。強化人間だろ。素手で熊とやり合えるらしいな」


隊員たちの大半が黒人さんだった。白人もいる。


「俺たちはあんたのことはよく知ってるんで紹介はいい」


「そうなの?」


「自分が有名なの知らないだろ。現代の空戦パイロット、デリス、カミル、琉の話はみんな知ってる。タナトスの人員だからな。俺は隊長のウィリアムだ」


「そうですか。向こうの銀色ボディはここの最高責任者でアイザックと言います。……では早速始めよう」


デリスは大型スクリーンに沖縄支部の体育館の見取り図を表示させた。

するとウィリアム隊長が流れを止めた。


「待った。交渉しないのか?」


デリスがいつものデリスに戻って答える。


「交渉はするけど意味はないよ。あのテロリストたちは金目的じゃない。説得の材料がないんだ。無意味だね。敵は射殺。仮に人質の犠牲があっても射殺が基本だ。臨機応変に対応はするがそれが基本だ。──今回の件は自爆テロと同じ」


デリスは不思議そうな顔をして言った。


「なんかいま楽しげな空気にならなかったか?」


確かにいま、瞬間ふわっとした空気が流れた。なんだろう。


「いやあまりにイメージ通りなんで」と隊長。


「交渉のポイントは“相手がコミュニケーションを取れる相手かどうか”だけだよ。取れるのなら被害を小さくはできるかもしれない。俺の役割はそこのところ。でも戦闘に参加する可能性もあるからその時はよろしく」


「そこはこちらも準備してる」


私は思わず声を出していた。


「ちょっ、ちょっと待って! 犠牲があってもって何?」


「ゼロは不可能」


「にしても配慮ってもんはいるでしょ」


「何もしなけりゃ全員が死ぬ。なら半分でも生き残れば御の字だろ」


「う」


「そういう話はすべてが終わってから聞く。いいな?」


「はい……」


デリスは自分の話に戻った。

「で、天井近くの窓から行く場合とこの側面から行く場合と……」


私は心底、自分が場違いなところにいると感じていた。


顔合わせと基本的な対処方針のすり合わせは30分で早々に切り上げ、私たちはCX8輸送機で出発した。行き先は普天間の飛行場。警備ロボットが監理する世界政府の敷地だ。


私はどうなるのか不安でいっぱいだった。先のことを予想するのは到底無理に思える。

何が起ころうと戸惑ってはならない、怯んではならないと私は自分に言い聞かせた。これもサバイバルの一環なのだ。気を引き締めろ。



    ★[沖縄 嘉手納]


昨日の日本政府の公式発表から一日が過ぎ、状況は膠着状態にある。占拠して三日目の16時。俺は沖縄の空を見上げていた。夕暮れに向かう空はまだ明るく、ゆっくりとした雲の動きを俺は見つめている。


ボールは向こうにある。こちらとしては相手の出方を待つだけだ。何をやってくるか。俺は体育館の外でしばし休憩の時間をとっていた。しかしなんと充実した時間だろうか。この充実感は言葉にならない。


と、後ろから部下が俺に呼び掛けてきた。


「巽さん、来てください、テレビでこちらに応答を求めてるやつがいるんですが」


「テレビで?」


「NHKです」


なんだって? どういうことだ?


急いで拠点に戻った俺が目にしたのはモニターに映るひとりの男だった。戦闘服をまとっている。

手にしたタブレットに視線を落とし暇そうだ。


男の向かって画面左のテロップには《沖縄支部を占拠中の武装グループに告ぐ。応答せよ》とある。

画面下の帯に連絡先の番号が出ていた。拠点の室内に中心メンバーの4人も集まってくる。どいつもこいつも興奮ぎみだ。


「どうする?」とマッシュ。


どうもこうもないだろう。


「応えてやろう。こいつはたぶん、、」


俺はスマホを取り出して番号を打ち込み、画面のやつを見る。回線がつながった。


「もしもし」


俺の声がスピーカーから響いてくる。おお、ライブでやろうってことか!


「赤い星のメンバーか?」と画面の男。


「そうだ。タツミ・アラガキ。この部隊のリーダーを務めてる」


「巽くん、俺はSWネバダ支部のデリス。統治AIから交渉人を命じられてそちらに連絡をとった。ふだんは空戦パイロットをやってる人間だ」


正直驚いた。これはこれは。こんなことがあるとは──デリスを寄越すか、統治AIよ! しかもこんな形で!


「あんたがそうか……、名前は知ってる。どこから通信してるんだ?」


「すぐそこの普天間から。NHKに頼んでこの機会を作って貰ったんだ。確実に届くから」


近いな。ということはタナトスの特殊部隊も一緒か。


俺は言った。


「で、何を交渉するんだろう。こちらの要求ははね除けられた。何も話すことはない」


「人質解放の交渉だ。犠牲を出したくない」


「部隊を突入させろよ。こちらはそのつもりだ。関係のない人間を巻き込んでの死なら本望だ」


「交渉の余地はないと」


「あるとすれは過程の部分だ。……そもそもなぜ世界政府本体が出てこない? いままでそうだったじゃないか」


「知らん。たぶんお前が大義名分として使った独立という文言に幾らかの正当性があるからだろ。意外に国際社会では影響出てるぞ」


「そんな情報はない」


「少数民族や多民族国家で生きるマイノリティには響く、切実な問題だ。……世界政府の軍が出てくるのは人間の間で解決不能となった段階でだ。俺たちはある意味試されてる」


「そうなのか?」


「推測だ」


「ほんとうなら面白い」


「こちらが求めるのは時間の猶予だ。結論に至る前のな。お前の言う過程とは何だ?」


「長引けば長引くほど面白い。持久戦にも耐えうる準備をしてきた」


「人質は負担だろ、解放しろ」


「負担になってきたら処分するさ」


「抵抗そのものに価値を見いだしてると?」


「いや生きる意味、生きてきた意味だ。このために生きてきたというね」


「わかるよ」


それは俺の体の芯をズン、と貫く言葉だった。当たり前のことのように彼は言った。



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