意見陳述


「いえ、例え人類が滅ぼうとそうした消費はただそれだけで価値があり、必要があります。なぜならそれが我々の文化だからです。失ってはなりません。共存ですよ、古いものと新しいものとの」


議長は顔をしかめ、強い口調で言った。


「滅ぼうと、ですか? 滅びの道と認めているではないか!」


「何を優先するかの話をしています。人間の尊厳が優先されるべきで、あとは対処の問題です。負の面のケアの問題です。滅びの道なら一方で構築をやり、荒廃の道なら一方で救済をやらなければなりません。こうしたことを我々はシステムにしなければならない」


ここでデリスはひと息入れた。


「──そこを怠ってきた人間が偉そうなことを言うべきではない。富裕層をさらに富裕にさせることに邁進してきた人間が倫理を口にすべきではない。言ってしまえばSWのシステムは戦争の代わりです。我々は戦争を必要とする種族ですよ。そこは認めましょう」


口の動きから察するに議長は“私は認めない”と言ったが、マイクの電源はオフになっていた。


何が起きたのかを理解し、彼は地声で大きく吠え立てた。


「私は認めない!」


議長は怒りをあらわにして壇上を降りていく。階段を降りる途中でも彼はデリスに人差し指を突き出し「恥を知れ!」と罵った。


罵ると怒りのままに画面左に彼の姿が消えてゆく。カメラが追うこともない。


議場がざわめくなか、カメラはデリスに固定していた。周囲をちらと眺めたあと、デリスは静かに立ち上がり、壇上へ向かった。


私は彼を知っているので内心(ああ、悪魔がとうとうあの場所に立つのか)と微かな戦慄を覚えながらモニターを見ている。


デリスは壇上で正面を向くと語り始めた。


「国連から依頼がありましたので、テロというものについて当事者としての意見陳述をしておきます」


「かつて戦争は外交手段のひとつでした。しかし今日の世界ではかつてのような戦争は起こり得ません。あるのはテロリズムとの戦いです。そして誤解を恐れずに述べれば、断固戦うとは言ってもすべてを否定するのは間違いだということです」


「現状への反抗は人間の特質であり人間を人間足らしめるひとつの要素であるからです。今回の件について言えばテロリストの動機に独立というものがありました。これもまた然りです。そこにある心情に私たちは意識を向けなければなりません。なぜなら犠牲を正当化するにあたっては、潰されゆく少数意見を拾い上げるという過程が、私たちの文化には必要だからです」


「社会にとっての脅威、危機を叩き、排除するという結論はなにも変わりません。結果は同じです。しかしみなさん。どうか過程に目を向けていただきたい。なぜそうなったのかを少しでも考えていただきたい。我々は機械ではない。考えること、例えそれが無駄なことであったとしても……、それが我々人類を人類足らしめる力であり血の通った生命体であることを証明するものなのです」


「……という綺麗事を述べて、私の意見陳述は終えたいと思います。ここ国連の役割は綺麗事の実践にある、とそう信じているからです。――以上です。ありがとうございました」


彼は壇上を降りると壇に向かって一礼し、しかし席には戻らず中央の通路を進路にとり、ゆるい階段となったその道を昇ってゆく。


そこから画面は別のテレビカメラに切り替わってずっと彼の背中を映していた。それを見上げる各国の要人たち。デリスに視線をやることなく顔を正面に固定したままの要人たち。露骨に睨みつけている人もいる。そのなかを彼は歩んでいく。長く感じる時間だった。

彼は人類対人類の戦いだと言った。戦闘機というものの価値を理解する者と理解しない者との戦いだと。だがそうなのだろうか?


画面を通して見る彼の姿は私には人の形をした悪魔に思える。

いや本人は決してそうではないのだろう。本人が背負っているものが私にそう思わせるのだ。


デリスの昇る足取りが終わり、奥の扉を開いて外に出ていく。その脇にカミルの姿があり彼もつづいて出ていく。

そこで見てたのか。そこでデリスが暴論をのたまう姿をその目に焼き付けたのか。


……あれ? そのまま帰っちゃうの? もしかして!


アイザックと私は控え室を出た。エレベーターを降り、通路を急ぎ足で通り、階段を降りてロビーを抜ける。


ビルの入り口に行くと車寄せのスペースにデリスとカミルの姿がある。ふたりは新車のようにピカピカした白のハマーの前で私たちを待っていた。


        ☆


車内に乗り込んだところで、アイザックに諮問があるとか言ってたけど、と私が尋ねると何も進展はないとのこと。あんなやつと関わるのはもううんざりということかもしれない。


四人それぞれに車内に腰を落ち着けるとデリスが私に言った。


「ふだん食えんものを食べに行こ。何がいい? ワギュウ?」


「じゃあ鍋もの……かな」


「味が薄いやつか。他には」


「カツ丼かな」


「それカミルの好物じゃん」


「何年も食ってないな」とカミル。


「テンドンってなかった?」


「ある。天ぷらがのってる」


「アイザック、純和風の店探してよ」


三秒ほどで返答があった。


「タナトス本部の近くにありますね」


「決まり」


「デリスはどうするの?」


「メニュー見てから。ナベがあったらナベも頼んでいい」


アイザックが言った。


「タナトス本部に呼ばれてますけど、べつに急ぎの用事ではないようなのでゆっくりしましょう」


ああ、仕事が終わったわけではないのか。アイザックの親戚みたいな責任者ロボが出てきてデリスはなにか言われるのかな。あれは言い過ぎだとか、いい加減にしろとか、話をややこしくするなとか。その可能性はなくはないだろう。というか高知能ロボットはグチを言ったり皮肉を言ったりもするから、どんな反応をするのか楽しみにしてよう。



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