日常

        ☆


食事を済ませると、私たちは特務機関タナトスのNY統括本部に呼ばれているので直行する。私が元の世界から送られた場所。つまり記憶にはないが二回目の訪問となる。


本部ビルに入ると人の姿はなかった。通路や室内を人型や円筒形や立方体型といった各種ロボットが行き来している(ちなみに人型以外のロボであれアームが内部に格納されているので近い位置では注意が必要だ。


彼らの判断で何らかの理由に基づき延びてくることがある。実際普天間ではグロックを常時携帯していたので私は時たまアームを構えられていた。警告の意味合いだ。識別の情報を共有していたとしてもこれである)。


アイザックがまったく目立たない環境を初めて目にする。彼はこのビルの内部を熟知しているので人間族はただついてゆくだけでよい。用事ってなんだろう。アイザックも細かなことは知らされていないらしい。


エレベーターで上階に行き、私たちが連れて行かれたのはかなりの広さの部屋だった。すっきりとした白壁に囲まれた近代的な会議室、と言えばいいか。Uの字を描く大きなテーブル席と最奥にある大型スクリーン。他には何もない空間だ。


ドアが閉まるとカーテンが自動で閉まってゆく。……この流れはもしかして、、


私の予感通り、ホログラムの輝きのなかに統治者アニエスの姿が浮かび上がった。青の生地に金色の紋様の入ったジャケットを羽織り、青のスラックス姿。ウェーブのかかった明るい茶髪と“完璧に美しい像”は以前と変わりない。


「ご苦労さまでしたデリス」


「いえ、与えられた仕事をしたまでです。用事というのは?」


「今回の件についてはさすがに報奨が必要だろうという意見が多いのでね。お礼と共に要望を聞いておこうと」


「……ともかく琉が帰れるようにできないかと」


「その件は保留しています。半年ほどは様子を見ることにしています。いま彼はメンタルを押し潰されているので。やめると言われてもすぐ認めるわけにもいきませんし」


「そうですか……そうですよね。要望については後日連絡します。アイザックを通じて」


「わかりました」


「俺の意見陳述はあれでよかったのでしょうか?」


「あなたが表舞台に立つことができたわけですから、それだけで私としては成功ですよ。……ではデリス、これからもよろしく」


「こちらこそよろしく」


アニエスの像がゆっくりと透けていき、ほどなくして跡形もなく消える。

カーテンが自動で仕舞われ窓から明るい陽光が差してくる。デリスのスーツの背に光が差す。それは冷酷な光でもあった。


「それが狙いだったか。やられたな」とカミル。


「さて、仕事は終わりました。帰りましょう」


そうアイザックは意気揚々とした声で言った。

私はどこかもやもやした気分でいた。顔から察すればカミルもデリスも同じような気分でいるようだ。

あまりよくない言葉だとは思うのだが私の頭のなかには広告塔という文字か浮かんでいて、それは消そうとしても脳裏にこびりついて剥がれない。


帰りのCX6の機内でも私の気分はすぐれなかった。言葉にすれば合理性ということになるのだろう。彼らの思考では自然に優先されるものだ。だが、それはあまりに容赦がない。私は本音の部分ではついていけないと思った。

そんなことはおかまいなしにCX6は私をネバダ支部へと運んでいく。


        ☆


NYから帰ってきて二週間が過ぎた。一週間前にSWシステムは通常の運営に戻り、私たちにとっての日常は元の姿になった。当たり前のようにパイロットのひとりが空で散っていき、当たり前のように私たちもその存在を忘れていく。


私たちは常に明日のことを考えて生きている。国連からの動きはなく、まるで何事もなかったかのようだ。


何事かが起こったのはネットの世界である。SWに対する賛否両論、看板となったデリスに対する賛否両論は一時期爆裂していた。私は見ないようにしていたのだがケイトやアレアはネットに浸かっているので聞きたくなくても情報は入ってくる。


ネガなもの、マイナスなものが溢れ返るなかでプラス方面の動きもあるようで(そうなると操作の匂いがプンプンするが)、デリスの国連映像に曲を乗せた動画が拡散されたりとさまざまなネットネタとなって遊ばれているらしい。


アレアは気に入ったやつを自分のインスタに乗せてもいる。それは私も見た。デリスが議場のゆるい階段を昇ってゆくあのシーンである。私は死神のシーンと言ったのだがアレアは何言ってんのよと怒るのだった。


いや悪魔よりはまだ死神の方がイメージはいいだろう。


日常が戻った、とはいえネバダ支部に大きく開いた穴は変わりなく大きく開いたままである。琉の不在。それを感じない日はなかった。


私にとっても彼は大きな存在だ。

琉のことは打ち解けるまでは冷たい人だと決め込んでいた。違うのだ。入りたての私を何かと気遣うデリスの振るまいに彼は不満を感じていたのだ。つまり些細な嫉妬である。そのことに気づくのに時間がかかった。


もちろん彼とは訓練での対戦もある。模擬空戦訓練後のブリーフィングルームで、彼に認められた時の感覚は忘れられない。


「潜在力はここに来た新人のなかでは一番だ」


そう最初にはっきりと誉めてくれたのは彼だったのだ。そのあとの伸び悩んだ時期にも「焦るな」などと短いながらも励ましの声をかけてくれたのも彼だ。カミルやデリスはアドバイスはしてくれても専門的なことばかり言う。

私には琉派の連中の気持ちがよくわかる。


──と、食堂でサンドイッチをパクつきながらあれこれ考え事をしているところにカミルがやって来た。ひとりである。食堂には遠くに何人かいるだけで、カミルは私のとなりに座った。







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