故郷
☆
護衛? デリスの護衛……彼が訓練生だった時代には養成機関にて白兵戦用の訓練もやらされたと言っていた。私はそうした訓練は受けていない。となるとパワーを思う存分使ってもよし、ということか?
私は強化人間用のトレーニングルームでサンドバックを見つめている。これから何があるのか?
するとドアをノックする音がしてカミルが部屋に入ってきた。めずらしい。
「頼みがあるんだが」
「はい」
「アイザックにな、いますぐとは言わんが俺も動けるように進言してほしい。ここに縛り付けるんじゃなくて」
気持ちはわかるけどそれはまずいでしょう。
「うーん……カミルはここのリーダーなんだからここにいないと」
「そうは言うが琉は仲間だ。じっとしてるのはもやもやする」
「それはわかるけど、アイザックが決めるわけじゃないし」
「でもアイザックを通じてアニエスに頼めるだろう」
「カミル自身で言ったら?」
「いやお前が言った方が効果的だ」
根拠がわからないけど。私に何の発言力もありませんよ。
「琉はなんでこんな無茶をするんだろう?」
「琉はここでの任務を終えたら沖縄に帰るつもりでいるんだ。ふつうの日本人より沖縄に対する思いが強い。言ってはなんだが中国の現状から言えば、一般的な日本人の沖縄に対する認識は単に離島のひとつだろう」
「まあ。否定はできませんが」
私はふとカミルのバックグラウンドが気になった。
「……カミルはそういう故郷へのこだわりはないの?」
彼は私がいた元の世界には存在しない、欧州の小国ゴルトレイの出身だ。孤児だった彼は職業適性審査の結果沖縄に送られるという空戦パイロットの典型例である。
「ないよ。俺の十代はバブルの時代でね。それもあってこりごりだ」
「よさげな感じだけど。とりあえず世の中が豊かなんでしょ。バブルで豊かになったわけで」
「そこは違う。物事には光と影がある。光の面が大きければ影の面もそれだけ大きくなる。……ゴルトレイのバブルは金融バブルだったんだ。反社と金融界が提携して人工的に起こしたものだ。つまり反社が莫大な資金を溜め込むほどの経済的豊かさがまず前提にあっての、さらなる儲けを狙ったものだったのさ。
政界も一体だから政界も潤った。で、儲けで何をやったか。その金を言論統制に使ったんだ。言論統制は結果的に表現の自由を失わせる。打撃を与える。だからこの部分が国として痩せ、弱体化し、貧しくなるわけだ。経済面で豊かになろうと精神的には荒廃してしまう」
「うん……もう少し短くまとめて」
「言論統制の影響で表現の自由が萎縮し権威のある文化から弱体化していった。その渦中で十代を過ごしてきたからもうこりごり──でいいか?」
「なるほど」
そういう面もあるのか。
「それはそういうことはあるでしょうねえ」
「しかしいずれはバブルは弾ける。弾けると今度は言論統制の歴史をなかったことにするんだ。封じるんだな。そうすると歴史が歪んでいく。問題なのはこうした歪みに国民も付き合うってことなんだ。負の面として目をつぶる。順応することがすべて、或いは適合することが前提でそれ以外は許さないといったような世の中になる。……バブル期の暗黒面はブラックボックスに入れて〈なかったこと〉にする……事実、いまのゴルトレイはそうなってる。こんなのにはもう関わりたくはないよ」
「ふうん」
「そこを見るとこう考えてしまうんだ。そうであるならAI統治の方が優れてないか?と」
確かに統治AIは人類の言論や芸術面に制限をかけたり潰しをかけている印象はない。ジャーナリズムは統制下に置きつつも、反権力であるとか反体制といった人類のメンタリティに対しては寛容なように思える。
「ああ……、確かに一般人に対しての言論統制はやってないですね」
「そう」
「でも単に興味がないだけかもしれない」
「それでもだ。俺の感覚ではかなりまともに見える」
「なるほどねえ」
「すべてを肯定するわけじゃないが……、人間よりも人間らしいとすら思えるんだ」
「カミルってロマンチストですよね」
「そうかな?」
左腕のスマートウォッチのバイブがうなった。メールが届いていてアイザックからの呼び出しだった。執務室へ来いと。
カミルは私に「頼んだよ」と言い残して部屋を出ていく。
彼の言っていたことの半分以上が私にはよくわからなかったが、なんだか“カミルらしいな”と私は思った。根っこの部分で彼は自由人である。デリスは自由に見えてわりとカタブツである。不思議なバランスだ。
執務室へ行くと出迎えたのはデリスだった。
「呼んだのは俺だ」
「なに?」
「お前は対テロ教育を受けていないから確認しとこうと思って」
「何の確認?」
「作戦行動の基本」
……そのあと私はというか、私と彼は延々と命についてのやり取りをした。私は人質の命を優先するのが当然と主張し、彼はテロリストの排除を優先するのが当然だと主張した。だから延々とつづいたのだ。
むろんわかってる。彼の主張でいくしかないことは。
べつにデリスは私をねじ伏せようとしたわけではない。私を知るためである。そのことは理解しているので最後は私が折れた。今回については口出しはしませんと。
それから私はアイザックにカミルの意志を伝えた。アイザックは私に言われても困ると言い、アニエスに伝えるかどうかは検討するとだけ答えた。
検討するだって。人間みたいな反応だ。私はいろいろと不満を抱えながら執務室を退出した。
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