狼たちの空
北川エイジ
序
青い空と海の狭間で爆発が起きていた。
火の玉と黒煙が浮かび、F14が粉々になってこの世から消えてゆく。
こちらもF14なので多少の哀しさがある。
敵機のパイロットはどんな人間だったのか。どんな人種で歳は幾つだったのだろう。それはわからない。
脱出装置を備えない単座の機体なのはこちらと同じなのだ。考えても仕方がない。
私は生き延びなくてはならないのだから。
通信スイッチを入れ管制塔に報告。
「こちらブルー、任務完了しました」
「了解、帰投せよ」
空と海の境界線が斜めになり、旋回する私とF14は帰途につく。
オートパイロットに切り替えサイドスティックを握る手をゆるめる。
よほどの悪天候でなければこのままでも安全に着陸までの行程が自動で行える。
空と海、そして遠く視界に入る大地。美しい光景だ。
空に浮かぶ椅子に座って天翔けるこの時間ではまるで自分が世界に祝福されているかのようにも、少しばかり世界の一端を覇権したかのようにも、私は傲慢にもそう思えるのだ。安堵の気持ちすら感じる。
この世界に来てよかったと。
強化人間に改造された際、脳までいじられたのだろうか。
そうは考えたくなかった。私は私であるという確信がある。過去の記憶もある。戦闘機パイロットは天職であり私はそうなるべくしてそうなったのだ。
といっても軍人という立場ではない。
この世界には“世界政府”があり私はその特務機関タナトスの下部組織
“SKY WOLVES”ネバダ支部に所属する空戦パイロット。
特務機関の主任務はテロ対策なのだがそれは表向きの顔であり、当機関が極秘裏に執り行うのは公共事業としての戦闘だ。経済効果を生み出し、産業の維持、雇用維持がための戦闘である。
……もうこういうのは受け入れていた。AIが統治し彼らにリデザインされたこの世界では人類に対する統治の手段のひとつとして消費を目的にした戦闘が公共事業に位置付けられている。
そこに人権などなかった。機体とともに命を消費する私たち戦闘機乗りは事実上の奴隷だ。消費財としての奴隷。
──が、わるくない奴隷よね!
なぜなら自由があるから。パイロット以外の時間は空戦パイロットとしての各種の訓練や肉体整備のための鍛練を除けば特に決められた仕事はない。
私は教官職にはないし、相棒は本物のF14と違って習熟に百何十時間も必要としない。軍人ではないから厳しい規律もない。生活はすべてが手厚く保障されている。
事業に命を捧げることを除けば私は快適な人生を送っている。
──ほんとにそうか?
元の2021年に比べればね。私は失職し家族を事故で失い、恋人には別れを告げられ失意のどん底にあった。そんな状態だったから友人関係も絶ち切った。
この世界に来たから文字通り命を乗せることのできる相棒を得、信頼できる仲間を得ている。ときたま差別を受けることがあるとしても、これ以上の何かを望むのは贅沢にすぎるというものだろう。
──この世界に送り込んでくれた誰かに感謝したい。ありがとう。私に居場所を与えてくれた統治AIアニエス、ありがとう。
ここはパラレルワールドの2032年。かつて米国だった土地で私は生きている。
せっかくこの世に生まれて来たのだ。思う存分、生きてやるさ!
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