コブラ


        ☆


今日は誰も出撃予定がなく、模擬空戦訓練のスケジュールも入っていない日のためパイロットのみなが休日となっている。


私とデリス、そして琉派のメンバー11人が管制塔近くの滑走路脇の空きスペースに集合していた。琉が納車したばかりのコブラをデリスに乗せるべくここへ運んでくるのを待っているのだ。


コブラといってもやはりレプリカなのだがそれでも私の年収くらいはするそうで羨ましい。

ブロロロという乾いた音がゆるい坂の下から近づいている。


その青いマシンが姿を見せるとオープンカーなので丸出しとなった琉の姿も視界に入る。

彼はデリスのレビューが聞きたいそうで普段はピリピリしている彼の表情が心なしか朗らかに見える。


琉は停車させるとアイドリングをかけたままクルマを降りた。

風に乗ったガソリン臭が私の鼻をつく。


デリスが声をかける。


「一周でわかるかな」


「中身を掴むまで走ってくれ。調子はバツグンにいいが、振動や音に騙されているのかもしれん」


デリスが乗り込み、青いコブラが滑走路を走り出す。滑走路をつなぐ連絡路を使って周回するのだろう。私は試しに訊いてみる。


「私も乗ってみたいんですが」


琉は私をまっすぐに見つめ静かに告げる。


「女はだめだ。金貯めて自分で買うんだな」


もう、つれない人。


焦げ茶色の山脈を背景に広大な滑走路を小さくなった青い塊が駆けてゆく。

旧車なのでデリスも飛ばすことはせず50km/h巡航のようなペースで流している。


琉によればデリスは機械と対話ができるらしい。その点だけデリスが優り、他のすべては自分が上なのだそうな。実際ふたりの対戦成績は琉が大きく上回る。それはほんとのことなのだろう。


そうは言うけどふたりは仲がよかった。ここには派閥がふたつあってカミルと琉の派閥がある。


デリスはどちらにも属さずどちらにも行き来する人物で、私は派閥としてはカミル派に属しているのだがよくデリスにくっついているためどちらの人間とも付き合いがある。


デリスは先輩であると同時に最初の一年は私の教官でもあった。私はパイロット養成機関を経ずに直接ここネバダ支部へ送られたので一からデリスに教わってきた。


練習機では前席に乗り、教官機である本物F14では後部座席に乗り、多くの時間を過ごしてきた。


空戦とは何か。サバイバルとは。パイロットのあり方とは。捻り込みもデリスの集中的なしごきがあってようやく身に付けた技術である。


と、めずらしくカミルがひとりでふらっと芝生のスペースに現れた。中東系の顔立ちでとびきりの美形である。一本にまとめた太い三つ編みの長髪を揺らし彼は言った。


「おい琉、俺も乗ってみたいんだが」


「断る。自分で買え」


カミルの方を見ることなくつっけんどんにそう言う琉。

こっちはその通りだと思う。三人はスペシャルなので年収四千万近い。現実的な話である。


だが雰囲気からしてカミルはコブラを駆るデリスを見に来たように見える。乗れないことにまったく不満げではなかった。


やがてデリスが走り終えて低速で近づいてくる。私たちの前に停車させエンジンを切ってから彼はやや高揚した様子で言った。


「すげえレベルの高い整備されてるな。生きてる感じだ。モノって感じじゃない」


「そうか」


「前の所有者たちに恵まれてきたんだな。車体もヤレてない」


「そうか。安心した。ネガな面は?」


「タイヤのグリップが低い」


「ああ、そこは金かけてねえもんな。そんなもんだ」


「サスはふつうのだろ。風が強いと影響あるぞ」


「そこは気を付けよう。サンキュ」


後ろから声が響いてきた。


「困りますね。この電気の時代に排気ガスを巻き散らかされては」


「ワッハハ」とデリスが笑った。

「ここの仕事はなんだ? 膨大な化石燃料を消費しまくるのが仕事だろ」


「それは仕事。このクルマは趣味」


「その区分けはフェアじゃない」


「どこが? 業務用と嗜好品では違うでしょうが」


「どっちも必要だよ」


銀色のフルメタルボディの彼はアイザック。機械生命体──高知能人型ロボットである。私たちの監視を主任務とする、ここの施設全体の管理者だ。でもそういう風には見えない。


「もうすぐ正午だ。メシにしようぜ」


カミルがみなにそう言い、デリスが「あー、腹へった」と応え、みながそれに従う様子を見せる。

アイザックもだ。機械生命体である彼がそうするのは一見奇妙に見えるかもしれないが、デリスとつるむことでチームの内部に触れるのは任務からしても理に敵っている。


コブラはそのまま芝生の空きスペースに残り、しかし青い車体は陽光に輝き、それはまるで自分もここのチームの一員だと告げているような佇まいだった。

空は高く、明るい光に溢れてそびえ立っている。


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