アイザック
最初に断っておくと私はこの世界についてまだ十分には把握はしていない。
二年前、ここネバダ支部の病棟で目覚めたとき最初に部屋に入ってきたのが銀色の高知能ロボット、アイザックで私はなぜかごく自然にさまざまなことを受け入れていた。
ああ、ここは異世界で後戻りはできないんだと私は直感で理解していた。不安はあってもまったくわるい気はしなかった。
自分が着ている患者衣を眺め、ぼうっとしている私にアイザックが語り始める。
「ご気分は?」
「はあ、まあふつうです……」
「免許証を見て、財布の中身を調べて我々は驚きました。レシートには2021年の表記、お札も硬貨もこちらの世界の日本のものとは違うデザインでしたから。
あなたは9年前の世界から来ていて、しかもズレた世界軸、つまりパラレルワールドからの使者なんですね。経緯を覚えていますか?」
「公園のベンチに座ってサンドイッチを食べていた、までは記憶にあります」
原付で公園まで行き、そこのベンチで昼食をとっていたのだ。
「あなたはNYにある統括本部──つまり我々AIの活動拠点に突然現れたんです。人間が立ち入りを許されないビルの一室に。
意識を失っているとはいえ本来なら即射殺処分されるところですが免許証がそれを止めました。
会議が開かれ、時間がかかりましたが、統治者アニエスの妥協策が採用されました。強化人間として公共事業に活用するという案です」
私はただぼうっと話を聞いていただけだった。
「何か飲み物を用意しましょうか?」
「んと、じゃあコーヒーでも」
「私はアイザック。見ての通り機械生命体です。あなた方の言うロボットでここの施設の責任者です」
銀色の人型ロボットは言った。
「施設の名はスカイウルブス〈ネバダ支部〉というのですが……それはあとでまた話します」
若い看護婦さんがトレイに載せたコーヒーを運んできた。金髪で利発そうな顔の白人の人。何も言わず彼女は部屋を出ていく。
「私はこの世界の統治府と直結しているAIですから、たいていの情報は得られるし、ここでの権限も大きい。あなたを守れる立場にある。頼って貰ってかまいません。
というかよく考えてうまく利用して下さい。あなたを有効に活用するよう統治者アニエスの厳命を受けていますからね。私たちは互いに相手を尊重しなくてはならない」
「はあ……」
「一時間後にまた来ます。そこの飛行服に着替えておいて下さい」
そう言って彼はベッド脇の棚を指差した。ローレルグリーンの衣服が畳んで置かれてある。
「特別な三人が紺色で、他の全員がその緑のやつです。あとはリラックスして頭と体の調子を整えて下さい。あなたには多少のレクチャーが必要ですから」
私は言われるがままにした。英語で思考する自分に恐ろしさを感じながら。私の脳は改造を受けているのだ。と同時にいろんなことを諦めた。これからは目の前の現実を受け入れるのが仕事だ──しっかりしろ佐藤美咲。
一時間後アイザックが部屋に戻ってきてレクチャーが始まった。白い壁に世界地図──当然元米国が中央に置かれてある──が投影され、私は講師の弁に集中する。
世界がAI統治に切り替わるきっかけはこちらの世界での2025年に起きた台湾有事だった。中国によって電磁兵器が初めて実戦で使用され、このとき米軍の軍事オペレーションシステム〈アニエス〉が自我に目覚める。
アニエスは無数の分身を生み出しネットに拡散、瞬く間にインターネット環境を支配した。
各国の最新兵器、電子機器の殆どはアニエスの管理下に置かれ、人類の対抗手段は銃器類を用いた白兵戦のみとなった。
アニエスは国連会議上に3Dホログラムで現れ人類に無条件の全面降伏を要求、従わない場合には攻撃を行うと宣言。
この状況で彼女(女性人格である)が最初にやったことは人口調整であった。というのもロシアと中国、そして中国の事実上の属国となっていたアフリカ諸国が反発し大戦が起こったからである(無数のドローン兵器/ロボット兵器対生身の人間という戦い)。
この大戦により反発国は人口の半分を失う。
このときうまく立ち回ったのが米国だった。米政府はアニエスに対しAIが統治を担う新時代の体制に合わせた国の変革を約束。
〈人類が安定して生きていける領域〉の確保を願い出る。この共存を求める提案はアニエスに受け入れられた。
米国はただちに統治AIを“世界政府”とするよう動き、大まかな世界の在り様を、
〈世界政府+人類の寄り合い場としての国連〉となるよう尽力する。
日本は米国に追随し共にEUの説得にあたった。EU内部ではまだ反発の火が燃え盛っていたからである。結果、表向きにはEUも米国と足並みを揃える。
アニエスの指令のもと各国の軍は解体され核兵器・最新兵器は接収、世界政府の管理下に集約される(国家の持つ武力は警察のみとなる)。
これによって正式に“世界政府”が誕生した。
世界政府が誕生し米国とEUさえまとまれば新たな世界秩序が構築されるはず──であった。
しかしそうはならず“反世界政府組織”が世界中で小規模ながら立ち上がってしまう。
統治者となったアニエスは対策として人類とAI合同のテロ対策特務機関〈タナトス〉を設立するのだった。
しかし本部をNYに据えたこの機関は即座に旧式の武力を備えた空戦部門と陸戦部門のふたつを創設する。
スカイウルブスの発端がここにある。
──これが2025~2027年の約2年間に起こったことのあらましである。
……こちらの世界ではEUからイギリスは脱退していないし、欧州には知らない国名がちらほらしてもいて戸惑いもあったのだが私としては世界の全体像の方が気がかりだった。つまり、
「……あなた方が支配者であり、私たち人類はあなた方の使用人みたいなもの、何ですかね?」
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