天職
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俺はタツミ・アラガキ。何度も繰り返すがナチュラルボーンのテロリストだ。
兄貴との訣別の日から15年が過ぎた。
俺はゆっくりと、しかし着実に組織のなかで昇進していきいまでは幹部のひとりだ。金も手にしあらかたの快楽も十分に味わってきた。ここいらが潮時かもしれない。
昨夜俺には指令が降りてきた。上層部からの指令、それは世界政府の特務機関直轄の──沖縄にある施設の武力占拠である。
実のところこの施設の存在について知ったのは最近の話だ。ジャーナリズムが世界政府の統制下にあるいまの世の中では仕方がない。“赤い星”の情報収集力では掴めなかった。
しかし拠点を置いているここゴルトレイのとある政治家経由で情報提供があり、組織の上層に知られることとなってこの計画が進められた。
そのシステムの名はスカイウルブス。俺たちの標的はスカイウルブスの養成機関〈SW沖縄支部〉である。
そこでは航空機の格納庫や弾薬庫といった重要部分にだけ警備ロボットとロボット兵による厳重な警備態勢が敷かれてあり、それ以外の領域は人間による通常の警備となっている。
我々の目的は施設従業員を人質として捕獲することにあるので機体や弾薬類に用はない。我々の装備で攻略は十分に可能と見た。
ロボットどもの存在は注意事項ではあってもそいつらが持ち場を離れるとは考えにくい。
しかし疑問だ。空戦パイロットの養成機関ということだが、いったい何のためなのか? 世界政府は最強かつ最新のAI空軍を保持しているではないか。
まあどうでもいいが。知ったことではない。テロリストの仕事とは何ら関係ない。
この計画の国際社会に向けた大義名分は何でもよく、目的は人質を伴う武力占拠ただそれだけ。
ジャーナリズムが報道せざるを得ないレベルのテロであれば──“赤い星”の威が世界に轟き、国際社会に脅威を与えることができればそれでよい。それだけで俺たちのスポンサーや支援勢力は資金を提供してくれる。
リーダーの俺に与えられたのは“赤い星”メンバー18名。SW沖縄支部にはすでにスパイが入り込んでおり下準備は済んでいる。活動拠点では傘下の組織と協力者によって突入と占拠に必要な装備類や車両を揃えてくれている。
全体的な警備は人間が主体となった警備であり突け入ることのできる隙は多い。
この世に生まれて過ごしてきた25年は悔いのないいい人生だった。最期に一発、でかい花火を打ち上げようじゃないか。
現状を受け入れ従順に従う者たちを道連れにな。そう、どれだけ道連れにできるかが俺の死後の名声にかかっている。
場合によっては歴史に刻まれるかもしれない偉業に中心人物として関われるのかもしれないな。ずっと夢見てきたことが実現するってわけだ。
テロリスト、それは俺の天職だ。誰にも譲れない俺のプライドと尊厳がそこにはある。
死を、苦痛を。待っていろ世界。統治AIよ。これが人間だ。人間ってやつをお前らに教えてやる。
決行は一週間後。俺たちは分散し観光客としてまず日本の福岡に飛び、その地より沖縄へ飛び、拠点にて銃器類、手榴弾、各種機材、突入用の車両などを受け取りその後施設の敷地内へ侵入する計画になっている。
俺たちは迅速に人質捕獲までの行程を執り行わなくてはならない。そこからが計画の本番である。
いかに外の世界を巻き込むか、いかに統治AIを困らせられるか──可能性は低いが、終盤で統治AI直轄の世界政府軍まで巻き込めば完璧だ。
“世界政府のロボット兵”が空から大量に降ってくればやつらが本気になったということ。かつて中国大陸の人口を五分の一(表の歴史では半分とされているが実際は違う)に減じさせたのは通説となっている核兵器やドローン兵器だけではない。
自律稼動のロボット兵が大きな役割を果たした。その殺戮マシン部隊がやって来れば。
しかし情報ではどうやら統治AIは少なくともすぐには動かないらしい。なぜかは不明だ……というか、この計画自体、俺も知らない力学が働いているようなのだ。
引っかかるところはある。俺から見ても準備が整いすぎている。本来のテロ活動はもっと泥臭く、わけのわからない人間が関わっているものでこんなスマートなテロなど通常ならあり得ない。
おそらくターゲットの事情なのだろう、SW養成機関は──いや、スカイウルブスというシステム自体が持つ特殊な事情によるものか。それは施設の破壊をできるだけ小さくするような計画内容から窺える。
奇妙なことに施設従事者たちの人命は考慮されていない一方で施設自体には配慮がある。俺の気のせいか? 何にせよ指令は指令である。実行あるのみだ。
欧州の小国ゴルトレイの拠点に身を置いて三年がすぎた。仮定として日本の都市部で活動を行うことは頭の隅で想定していても、再び沖縄の地に足を踏み入れるなど考えもしなかった。
沖縄に始まり沖縄で終えるか──皮肉と捉えるよりは運命と捉えた方がポジティブだろう。テロリストとしての人生をまっとうするんだ。
俺は外の空気を吸いに庭まで出て、夜空を見上げる。住居に囲まれた中庭となっているここからは夜空しか見えなかった。星の瞬かない曇り空だ。
──ところで兄貴、兄貴はいまどうしてる? 俺はあれから充実した日々を送り、いまこの瞬間も充実してる。何の因果かもう帰ることはないと思っていた故郷に、俺たちの生まれ故郷にもうすぐ俺は行くことになった。
生きてるか?
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