声明
★[沖縄 嘉手納]
テロ計画は順調に事が進んでいる──
ただし気がかりなことがある。ここは日本社会はもとより国際社会に秘匿されてきた施設であるということだ。どのような惨劇が起ころうと秘匿のままにされる可能性は少なくないだろう。
それでなくともこれまですべてのテロが報道されてきたわけではない。ニュースにならなかったテロは幾つもある。今回のテロが必ず報道されるという保証はないのだ。統治AI側の報道基準がわからない以上、これは致し方ないことだった。
──応えてほしいものだね、統治AIよ。すでに40名以上の死人が出ている。この犠牲を無駄にしてほしくないものだ。応えろよAI。
人質たちの口元にはガムテープを張っているので体育館のなかは静かなものだ。彼らを背景にして声明発表の動画を撮り、それを動画サイトへ投稿し全世界に拡散という流れ。
さあ、どうなるか。
動画撮影の準備が整い、サブリーダーのマッシュがGOサインを出す。
俺の出番だ。簡易なデスクに腕を乗せて椅子に座っている俺。
スタンドに設置された小さな撮影カメラが俺を捉えている。距離を取った場所でメンバーがモニターを確認している。
俺は声明を述べ始める。
☆
時刻は22時。私はベッドになだれ込む。私は今日のトレーニングですっかりへばっていた。体だけでなくメンタルも。昼過ぎから通常の(つまり常人向けだ)トレーニングルームに赴いて五人とボクシングルールでスパーリングを行ったのだ。
もちろんあくまでテクニカルな領域の訓練であってパワーを用いるのは禁じられている。これがなかなか難しい。難しいがとにかくそうしないと細かな技術は身に付かないので私が常人に合わせるしかない。
ひたすらストレスがたまる時間である。ストレスはメンタルを痛めつけ、さらに体にまで深いダメージを蓄積させる。ああ、記すのを忘れていた。私には背中と足首に重りを付けてでのスパーリングである……これでは体が壊れるよ。
しかし確かに疲労を除けば体自体はピンピンしていた。とにかく心がくたくたでどうにもならない。私はすぐに眠りについた。
それは深夜の2時辺りだった。壁に埋められた室内用のスピーカーが警告音を発し、私は叩き起こされた。つづいてパイロットは食堂に集まるよう放送が流れる。
夜中の2時ですよ? 食堂?
まあ宿舎とは近いし……食堂?
私の普段着兼寝間着はいつもジャージなのでこのままでもよかろう。とにかく急いで行ってみることにした。他のパイロットたちの姿も視界に入り、みな急いでいる。
食堂に着いて見ると先に到着した連中が奥にある、壁に埋め込まれた大型モニターを見上げている。ニュースをやっているようだ。
ブレイキングニュースである。
私は驚きを隠せなかった。
画面下方の帯にはこうあったのだ。
《日本の沖縄で政府機関の施設が武装占拠さる》と。
となりにデリスが来て、アイザックも到着。カミルも琉もやって来る。その時にはパイロット全員が揃っていた。
施設の空撮映像が流れると食堂がざわめいた。広大な滑走路が画面を埋め尽くす。これは──スカイウルブス沖縄支部だ。嘉手納の。
私も事の内実に気づいて小さく声を上げていた。誰かがスピーカーのボリュームを上げ、女のキャスターの声が室内に響く。
『沖縄は日本の南端にある離島で、かつては米軍が駐留していた場所です』
『先ほど国際テロ組織“赤い星”が自分たちが主謀者であると発表。つづいて動画サイトYouTubeにて実行部隊による声明が発表されました。……ではその内容をご覧ください』
私たちは息を呑んで動画に神経を集中させる。こんなことが日本で起きるとは。しかもスカイウルブスの施設が武装占拠とは。個人的にも衝撃である。場所は予想と違えど本当に日本で起こったのだ。警告は現実となった。
動画が始まる。声明は黒い戦闘服姿の若い男によって発表されていた。男の背後には何十人もの人質の姿があり痛々しい。全員が口に黒いガムテを貼られている。その周囲をマシンガンを持ったテロリストたちが囲んでいる。
『我々“赤い星”は日本政府に要求する。沖縄を独立させよ。
……返答は明日の正午まで待つ。返答がなければ一時間にひとりずつ人質を射殺していく。
独立にNOの場合も順繰りに人質を射殺していく。
また、こちらに対し武力による攻撃、抵抗の構えを見せればただちに人質全員を射殺する。以上』
画面がスタジオに切り替わり女キャスターはこの分野の専門家とおぼしき初老の男性に質問した。
『これは本物の“赤い星”と見てよろしいのでしょうか』
『いいと思いますね。非常にスピードの速い行動です。占拠、声明発表──その流れはプロの仕業です』
『要求の中身については?』
『その点はどこまで本気かはわかりません。こうしたテロの場合、表面的なことはあくまで表面で、別の狙いがあることは多いです。特に声明の対象を日本政府に設定していることには疑問がありますね。というのも“赤い星”と日本には接点が見い出せないからです……こういう言い方は誤解を生むかもしれませんが私の個人的な印象では、セキュリティが甘いところを狙ったという印象です』
『ではテロ行為自体に意味があると』
『いまのところはそう見ています』
スピーカーのボリュームが下げられる。視界の隅で琉がモニターに背を向けひとりこの場を去っていく。
私のとなりにいるデリスが言った。
「テロリストの連中は顔隠してないな……」
そして彼のとなりに居るアイザックに言った。
「お前のデータにあのメンバーの情報はあるか?」
「いえ。タナトスとデータリンクすれば何か……、照合結果としては声明を発表した男についてはありました。幹部のひとりです。彼がリーダーなのでしょう」
「おかしいな」とデリス。
「何が?」と私は尋ねた。
「いろいろと。解説者も言ってたように沖縄の独立なんてのは出まかせだ」
「でもそういう主張は昔からある」
「いやいや、ここにいる人間は沖縄経由で来てるんだ。何年かは過ごしてる。本土からの支援なしに経済は立ち行かないよ」
「それはそうだけど」
「でも国際社会では違う受け取り方をするかもしれん。厄介だな」
アイザックがデリスに
「ちょっと……」と小さく声をかけた。
その時デリスのスマートウォッチのバイブが震えた。デリスは画面をちらと見やり、「ん」と答えて大型モニターに背を向ける。彼とアイザックは連れ立って食堂を出て行った。
なんだろう?
しかし何にせよ、私たちは外野ではない。このテロは私たちも巻き込んでる。占拠ということはその過程ですでに何十人も犠牲者が出ているということだ。ここは一時的に運営がストップするだろう。厄介極まりない事態である。
そして私にもわかる。
あの声明を発表したリーダーらしき男──あの男は狂信者ではない。生まれながらのテロリストだ。
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