第3話

 そんな二人の姿は街の人々の目を釘付けにする。

 二人ともかなりの美形だ。『絶世の』と付いても誰も文句を言えない程の。目立たない筈がない。例え髪も瞳も、この国では最もポピュラーな茶色をしていても、だ。

 兄妹か、恋人か。街の人々は熱心に二人の様子を探る。すると突然、少女がこちらを向いた。切羽詰まった様子で叫んでくる。


「危ないっ!」


 同時にライラは走り出していた。

 そのただならぬ様子に、街の人々も息を詰めて振り返る。

 少し幅の広い道だが、そこは馬車も入って来ない安全な道の筈だった。だから子供が遊んでいても気にしない。


 ───筈だったのだ。


 一人の女性が、喉が張り裂けんばかりの叫びを上げた。

 見つめる先には楽し気に一人ボールで遊ぶ子供。そしてそちらに猛スピードで走ってくる男の集団。手には抜き身の剣を掲げている。


「そこをどけえぇぇぇっ‼」


 先頭を走っていた男が子供達目掛けて剣を振り下ろす。子供はただ、訳も分からずきょとんと立ち尽くすだけ。

 男の目の前から子供が消え去ったのは、まさにその瞬間だった。横から飛び出したライラが、子供とぶつかるようにして男の視界の外に飛び出したのである。

 勢いのまま少しの距離を横滑りしたが、もちろん子供は無傷だった。ライラの腕の中でしっかりと守られている。


「大丈夫?」


 素早く起き上がってそう聞くと、あまりの事に硬直していた子供は火が付いたように泣き出した。ライラはほっと胸を撫で下ろす。


「良かった。もう大丈夫よ。ほら、お母さんの所に」


 ぎゃあぎゃあ泣き喚きながらも、母親の所に一目散に掛けていく。


「おい」


 優し気な瞳でそれを見送っていたライラだったが、一瞬の内にその瞳から色が抜け落ちた。

 振り返らずともわかる。背後数センチ程度の場所に、鈍く光る刃。


「俺達は気が立ってるんだ。余計な真似は命を落とすぞ」

「あら、奇遇ねぇ。私も気が立ってるのよ」


 ザッと一気に立ち上がりながら、男の剣を弾き飛ばす。


「なにっ⁉」


 ライラの右手には剣。しかもそれは男の首にピタリと押し当てられていた。


「け、剣なんてどこから……」


 知らずに浮いた冷や汗が、冷たい剣を伝って地面に落ちる。


「さあね。どこだっていいでしょ、別に。ところであなた、もしかして盗賊?」


 首筋に触れる剣が僅かに食い込む。微妙な力加減だが、男には嫌という程わかってしまうのだ。


「追いかけられてるんでしょう?来たわよ、逃げないの?」


 逃げる事など出来やしない。

 盗賊の男だってそれなりに剣には自信があった。だから感じてしまうのである。相手の強さを。


「……気が立ってるってのはまんざら冗談でもなさそうだな。盗賊いじめて憂さ晴らし、か?」


 勝てない相手に喧嘩を売る程馬鹿ではないという感じで、男は軽口を叩く。


「まさか。憂さなんか晴れるわけないでしょう。あんたが子供達に剣を向けなかったら、私は係わるつもりなんかなかったわ」


 少し考えて男は言った。


「自業自得って事か」

「まぁね。ホントは盗賊やってる時点で、だけど」


 苦笑で締め括ってから、さてとと振り返る。


紫杏しあん!」


 長い茶色の髪を後ろで緩く束ねた青年は、すぐに振り返ってきた。

 何でもない、ただその姿を見ただけで自然と口許が綻ぶ。イライラとした気持ちまで吹き飛んでしまう。紫杏がいるだけで、ライラには救いになっているのだ。


「盗賊は全部捕まえた。後はそちらに任せるだけだ」


 顎でくいっとライラの背後を示す。どうやら盗賊を追いかけて来た兵士達のようだ。呆然と立ち尽くしている。

 そんな彼らの代わりに、今までずっと様子を見守っていた街の人々が大きな歓声と共に駆け寄って来た。我先にと話し掛けてくるが、あまりにも大勢の声が混ざっているので何を言われているのかのか理解出来ない。


「え、ちょっ、紫杏⁉」


 凄まじ過ぎる迫力に思わず固まっていた紫杏は、少々の責めが潜む声で我に返った。

 もみくちゃにされそうになっているライラに助け舟を出そうと口を開きかけたその時。


「静まれ」


 決して大きくはないが、聞き逃す事の出来ない威厳に満ちた声。

 あれだけ騒がしかった街の人々が一斉に口を閉ざし、声の主を振り返る。


「こっ、こっ、こっ!」


 鶏か壊れたロボットか。住人の一人が真っ青になって「こ」を連発する。

 それが住人達に気付かせた。見事なハモリで叫ぶ。


『国王陛下っ‼』


 そこに立っていたのは紛れもなくこの国の王、その人だった。


 突然の国王の登場に、住民達は一斉に跪いた。立っているのはライラと紫杏の二人だけ。慌てもせず、悠然と。腕組みさえしてみせる。


「無礼者!下がれ!膝をつかぬか!国王陛下であらせられるぞっ‼」


 側近らしき人物がヒステリックに声を上げるが、完全無視。逆に国王を睨み付ける。

 服の裾をくいくい引っ張って「こら、王様だぞ。頭を下げないか」と注意してくる住人もいるが、ライラはこれも不機嫌に聞き流していた。

 そんな二人を面白そうに眺めながら、国王はライラに声を掛ける。


「どうして膝をつかない。皆跪いているぞ?」


 国王に全く敬意を示さない二人を、住人は心配そうに見つめている。


「生憎と、私達はこの国の住人ではないの。跪く理由は無いわ。それに私達はそちらの兵士が捕まえられずに、危うく子供達を殺す所だった盗賊達を捕まえてあげたのよ?感謝されこそすれ、いきなり跪けなんてこの国の品格を疑うわ」

「なんだと⁉」


 言われた国王ではなく、側近が怒りも露わに掴みかかった。


「触らないでちょうだい」


 イライラする。

 何故こんなにイライラするのか、自分でもわからない。


「触らないでって」


 大きく息を吸って、


「言ってるでしょうっ⁉」


 渾身の力で蹴り飛ばす。

 その後は当然の事ながら乱闘だ。紫杏と二人で国王専属の護衛兵相手に暴れまくる。

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