番外編・第4話

 皇宮の窓に、一羽の真っ白な鳩がとまった。


「こら、どこから入った。ここはダメだぞ、よそへ行きな」


 皇宮の警備兵は、この鳩を見つけるなり追い立てる。

 たとえ鳩であろうと、皇宮内に不審な物を入れることは出来ない。警備兵はそういう見張りも兼ねているのだ。

 ところが、鳩は慣れた様に皇宮内に入ってしまった。兵の追い立ての隙をついて廊下を飛んでいく。


「うわっ、そっちに行くなっ!戻ってこい」


 兵は慌てた。鳩の飛んでいった方向は、皇帝や皇妃の部屋がある方なのだから。

 とその時、近くの扉が開いた。

 中から出てきたのは、皇妃の側近と女官長を兼任するキュアリスである。


「騒がしいわね。どうしたの?」


 兵はキュアリスの出現に、動揺した。

 彼女は女官と言っても身分はとても高い。五大公爵家の令嬢であり、皇太子妃候補としてあがっていたくらいの人物なのだ。

 そんな人物がどうして女官としてここにいるのか。それはもちろん、皇妃の事が大好きだからである。

 勿論まだ会ったことのなかった頃は、ライバル意識でいっぱいだった。何としてでも蹴落として皇太子妃の座を手に入れなければと、幼いながらに思っていたものだ。周囲の空気も彼女にそう思わせていたのだろう。

 ところが実際に会って話をしている内に、いつの間にやら親友になっていたのである。

 そしてライラが皇太子妃に決まり、キュアリスは他の所に嫁ぐこととなった。けれどキュアリスは言ったのだ。「カルス殿下に勝る人はいない。そしてライラ姫にも。わたしはライラ姫を認めました。次期皇妃としても、親友としても。ですから、わたしはライラ姫の側近として、一生を送っていきます」と。

 ライラが皇妃となってからは、人前で気軽に話すことは出来ない。けれど、キュアリスは幸せだった。

 キュアリスは今まで、公爵令嬢だからと上辺の友達しかいなかったのだ。それがライラと出会って、初めて親友と呼べる友達が出来た。本気で競い合える、喧嘩もすればくだらない事で笑い合える、そんな対等な立場の友人が。キュアリスは涙が出るくらい嬉しかったのだ。


「クルル」


 可愛く鳴いて、鳩はキュアリスの肩にとまった。

 追いかけっこで疲れた羽を、嘴でせっせと手入れしている。一生懸命なところがとても可愛らしい。

 キュアリスはその姿を見て、無意識のうちに微笑んでいた。

 それとは反対に、慌てたのは兵である。


「申し訳ございませんっっ!すぐに追い払います!」


 そう言って鳩に掴み掛った男を、キュアリスは手で制した。

 勢いづいていた男は、蹈鞴を踏んで立ち止まる。そして、戸惑いの瞳でキュアリスを見た。

 それを横目に、キュアリスは鳩に向かって問い掛ける。


「クルタでしょう?」


 その鳩の名前を知っていることに驚いたのか、男はクルタとキュアリスを交互に見比べた。

 驚いた事に、鳩は翼を震わせてクルルと返事をしたのである。


「失礼致しました、キュアリス様の鳩で御座いましたか?」


 キュアリスはクルタを腕に移らせてから、男の問いに答えてやった。


「いえ、クルタは皇妃さまの飼っていらっしゃる伝書鳩よ」


 クルタを追い出す事に懸命だった男は、一瞬真っ青になってしまった。それも仕方のない事だろう。皇妃の鳩をそうとは知らずといえ、追い掛け回した上に追い出そうと掴み掛ったのだから。

 言い訳をしても良いものなのだろうかとおろおろと慌てる兵を見て、キュアリスはつい笑ってしまった。


「大丈夫よ、皇妃陛下は怒ったりしないわ。あなたは仕事をしていたのだから。きちんとしている者を怒るような方じゃないわよ。それはあなたも良く知っているでしょう?」


 一瞬きょとんとした兵だったが、すぐに微笑みを浮かべて「はいっ!」と、嬉しそうに返事を返す。それを聞いて、キュアリスも微笑み返した。

 兵士としての礼を返した男はそのまま持ち場へと戻って行き、キュアリスはクルタを連れて、カルスの部屋へと歩き出す。





『黙って出かけてごめんなさい。もう分かってると思うけど、リズ王女は見つけたわ。何も起こらなかったら、一時間程度で帰れると思う。

 追伸・使者の話は、反乱を鎮めてほしいとかって内容じゃない?もしそうなら、私が帰るまで受けないで待ってて。

 愛するカルスへ、ライラより』


 クルタの持って来た手紙には、そう書かれてあった。

 カルスはそれを、自分の信頼する部下数人とキュアリスに読んで聞かせた。愛するカルスへの部分を除いて。


「まったく……何をやってるんだ、あいつは」


 とりあえず無事なことがわかって、カルスはホッとした。

 いつもの事だ、と口では言っているが、実は思いっきり心配しているのだ。

 そんなカルスの気持ちを読んで、キュアリスは言った。


「良かったですね、陛下」


 見透かされた恥ずかしさからか、カルスは小さな声でボソッと答えた。


「まーな」


 居心地悪そうに頭をぽりぽりと掻いている。信頼する者達の前では、カルスもまだまだ幼い素の姿を見せてくれる。それが側近達にはこの上ない喜びだと、彼も知っている。だから感情を隠したりしないのだ。


「しかし、受けるなとはどういう事でしょうか?」


 マルグスは不思議そうに首を傾げた。


「皇妃さまは使者の話を聞いていらっしゃらないのに、既に反乱だとわかっているみたいですし……」

「リズ王女に聞いたんじゃないの?」

 

 それを否定したのは、カルスのもう一人の側近、ヒルトーゼである。

 マルグスが身の回りの世話係と言うのなら、ヒルトーゼは政務の世話係。つまり、カルスが仕事をする時の補佐役である。いずれは父の跡を継ぎ宰相となる予定だ。


「それはないですね。リズ王女は何も知らされていません」


 きっぱりと言い切ったヒルトーゼは付け加えた。使者の話を聞いていないキュアリスにもわかるように。


「リズ王女は、ここに観光で来たと思っているらしいのです。ソージャ国王は娘に知られたくなかったのでしょう」


 キュアリスはなるほどというように頷いて見せた。

 だがそれなら、マルグスの言うとおりどうして皇妃は知っていたのだろう、と振り出しに戻ってしまった。

 と思われたのだが、カルスが解決の糸口を見つけた。


「……ライラがここを出てからどのくらい経つ?」

「二時間ほどです」


 ヒルトーゼはすぐに答えてきた。

 その彼に向かって、カルスは聞いた。


「なぁ、ヒル。ちょっとおかしいと思わないか?」

「何がです?」

「ライラが出ていって約二時間。そして、一時間位で帰れると手紙にはある。片道一時間という事は、リズ王女と出会って一時間程しか経っていないという事になるぞ」


 帰りはリズ王女を連れているから多めに時間を見積もっているとしても、クルタがここまで帰ってくる時間も考慮すれば、確かにリズとの接触時間ははそれくらいだろう。

 ここまで言うと、さすがにみんなもわかったようである。


「皇妃さまは自分の身分を明かさないだろうから、きっとリズ王女に信用してもらうまで時間がかかるわよね。おおよその場所しか聞いていない皇妃さまが、王女を見付けるまでに掛けられた時間はそうない筈。という事は、使者の話には少し無理がある……」

「そういう事」


 カルスは満足そうである。一から十まで説明しなくても、ここにいる者達はちゃんとわかってくれるのだ。


「だんだん読めてきましたね」


 マルグスの言葉に、カルスらは頷いた。

 あとは皇妃の帰りを待つばかりである。

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