番外編・第3話


「だって、考えてもみなさいよ。遠くの国まで治安が良いと知られているのよ、この国は。そんな国を、たかだか十六の子供が治められると思って?私は十七だけど、絶対無理ね」

「えっ⁉十七歳⁉」


 リズの持論よりも、その歳の方に気を取られたライラ。彼女はリズが自分より年下だと思っていたのだ。

 ふわふわウェーブの髪に、クリッとした瞳。顔立ちが何となく幼いのだ。それに加えてあの言動。だだっ子にしか見えなかった。

 自分も幼く見えるとは言われるが、それはあくまで外見上の事。

 けれどリズは中身まで幼く感じるので、今まで年下だと信じ切っていたのだ。


「そーよ。あなたより一つ年上。敬いなさい」


 リズはまたまた胸を張って言った。どうやらこの動作は、彼女の癖のようである。

 だんだんと彼女の事がわかってきて、ライラも遠慮は無しでいく事にした。


「年上でも、尊敬に値しない人には敬う事なんてしないわよ。わ・た・しはっ!」


 バチバチと火花でも散っていそうな二人の争いに幕を下ろしたのは、意外にもリズであった。


「まぁいいわ。今はあたしが引いてあげる。それより、さっきも言いたかったんだけど、ライラ、あなたあたし付きの護衛にならない?お給料ははずむわよ」


 元々ライラはリズを皇宮に連れて帰る為にここまで来たのだ。お給料なんか貰う必要はなかった。その分を他の兵士達にでも渡せば喜ぶのにと考えてから、ある疑問が浮かぶ。


「あなた王女でしょう?護衛なんかいくらでもいるじゃない。それにここまでだって護衛はいたんでしょう?どうしたの?」


 そうなのだ。今、リズは一人。話では護衛も一緒にいた筈だった。

 しかし護衛達の姿はどこにもない。只でさえ連れと逸れているのだ。これ以上分断するような事は普通しないだろう。ましてや王女を一人にするなどあり得ない。付き従って護っているはずなのだ。


「さあ?気がついたらいなかったのよ。だからライラに頼んでるの!一人じゃ皇宮までなんて行けそうにないし」

(いなかった?)


 ライラはリズが嘘を言っているとは思えなかった。多分、本当にいなくなってしまったのだろう。

 だけどそれはおかしい。

 何者かに連れ去られたのなら、物音ぐらいはするはずだ。リズを護っていたのなら、すぐ近くにいる筈のリズが気付かない訳がない。

 それほど凄腕の集団に攫われたのか、もしくは───

 瞬間的に様々な可能性を探していたライラだが、今はまだ何とも言えなかった。

 取り敢えずなる様にしかならない。


「いいわ、護衛をしてあげる。ただし皇宮までね。それとお給料はいらないわ。あなたの護衛はついでだから」


 ウインクしながら言うライラに、リズは少しがっかりしたようだが、なんとか皇宮までという条件で了承した。

 考え方は自分勝手な王女様だが、根は素直な子なのかもしれない。ライラはリズにそんな印象を持った。

 何より行動力がすごいのだ。考え方を変えたら立派な女王になれるかもしれない。ライラと同じように。


「じゃあ、行こうか───リズ?」


 名前の呼び捨てに怒るかと思ったが、特段怒る様子は無い。

 先程の農民達との出来事が、彼女に何か影響を与えたのだろう。

 変化と呼べる変化ではないかもしれない。けれど素直だからこそ周りに影響される。民に怨まれる国王の姿では無く、憤る自国民の姿を、平和に暮らすギルア帝国の民の姿を。

 この国にいる間に見て、感じて、己の糧にして欲しい。

 

「ところで、皇宮迄どうやって行くの?」

「ん?どうって、馬に乗っていくのよ」

 

 ライラはリズを連れ、少し離れた所で待たせていたフィンのもとへと歩いて行った。

 やっと帰ってきた主に、フィンは嬉しそうに尻尾を揺らしている。


「フィン、これから皇宮に行くけど、この子も一緒に乗せてくれる?」


 頭のいいフィンは、ライラの言っていることを理解している。『この子』と言うのが、探していたマッティニアの王女であるという事も。

 だが、彼にもプライドがあった。ライラとカルス以外は乗せないというプライドが。


「ねぇ、ライラ。どうして馬なんかにそういう事聞くの?馬は人を乗せるのが仕事でしょう。聞く必要なんかないじゃない」

「きゃあぁぁぁぁっっ!」


 叫んだ時にはもう遅かった。フィンは大きく鼻を鳴らし、その場にへたり込んでしまったのである。乗せてやるものかという反抗の証だ。

 フィンにしてみれば、この国の皇妃である己の主に馴れ馴れしくし、その上馬なんかと馬鹿にする彼女を乗せたいと思う筈が無い。

 その証拠に、フィンは凄い目付きでリズを睨んでいた。

 そして、一歩たりとも動く気配は感じられなかった。


「リズっ!ほら、謝って!フィンは頭がいいから、悪口言われたってわかるのよ」

「い・や・よっ!人にだって滅多に謝らないのに、どうして馬なんかにっ!」


 ライラは険悪ムードのフィンとリズに挟まれて、だんだんと疲れてきていた。


「……フィン、お願い。リズを乗せてやって。このとーり」


 手を合わせて拝むライラを、フィンは上目遣いで見ていた。

 主がこれほど願っているのだから、彼としては答えてやりたい。

 だがリズの方へと視線を移すと、バチバチと火花が飛び散る。こいつだけは乗せたくないという気持ちが沸いてくるのだ。

 もう一度ライラの方を向くと、片目を開けたライラと視線がぶつかった。

 するとライラはまた、きつく瞳を閉じて拝む。

 フィンはとうとう諦めたように立ち上がって、ライラの顔にすりついた。

 瞳を開けたライラは、嬉しそうにフィンを抱きしめて言う。


「ありがとうっ、フィン!大好きよ!」


 主が喜ぶ姿は純粋に嬉しい。

 パタリと一度尻尾を揺らしたフィンは、頭だけ動かしてリズと視線をぶつけ合う。

 その瞳は、まるで「主の為だ、勘違いするんじゃないぞ」とでも言っているようだ。

 リズも雰囲気でそれがわかったか、べ~っ、と舌を出して応戦する。

 思わず尻尾で顔を打ってやろうかと思ったが、未だ首元に抱き着くライラを見て諦めた。

 何の生き物でもそうだが、愛情を示してもらえるのは嬉しい。フィンもその愛情を受けて、大事に育てられたのだ。だからライラの喜ぶ事をしたい。その為には、今回のように少しぐらいは自分のプライドを曲げる良い子になるのだ。


「そうだ、リズ。ここできちんと言っておくけど、動物だからって馬鹿にしちゃダメよ。動物にも気持ちはあるんだから。それに、動物がいなかったら生きていけないわ。重い荷物を運んでくれたり、食料として私達を助けてくれてるんだから。感謝しなくちゃ」


 そう言った途端、リズは急に大人しくなってしまった。

 少し言い過ぎたかと思っていると、俯いたままリズが言ってくる。


「どうしてそう言う風に考えられるの?ギルアの人はみんなそうなの?マッティの王家にはそんな人いない」

 

 そんなリズに、ライラは優しく言ってやった。


「だったら、リズが最初の一人になればいい。それで、みんなに広げていくの。大変だろうけど、頑張れば出来る。リズにだって」


 沈んでいたリズの顔が、ぱぁっ、と明るくなった。


(私より一つ年上なのよねぇ)


 そう言いたくなるような、マッティニアの王女であった。


「さぁ、乗って」


 手を貸してやりながらリズをフィンに乗せたライラは、ちょっと待っててねと言って鞍に取り付けた袋をごそごそと探り出す。そう間も置かず出てきたのは紙とペンだった。


「何するの?」


 馬上から首を傾げつつ尋ねるが、ライラはちょっとねぇと言うだけで何も教えてはくれない。

 慣れたようにスラスラとペンを走らせ何かを書き終えたライラは、指を口に当て、高い音の指笛を吹いた。

 すると直ぐに、一羽の白い鳩が飛んでくる。


「良い子ね」

 

 ライラは今書いた紙をくるくると細く丸めると、鳩の足に付いた筒に入れ、大空へと解き放った。


「伝書鳩?」

「そう、クルタって言うの」

「どこに送ったの?」

「ふふ、内緒」


 それからいくら尋ねられても、ライラは楽しそうに微笑むだけ。やがていじけたリズが癇癪を起して叫び出すと、ライラは弾けた様笑い声をあげるのだった。

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