番外編・第2話
手に持ったペンダントを奪われないようにしながら、ライラは少女を観察する。
恰好はライラと同じようなどこにでもいる町娘の姿。目立つ装飾品も無ければ、いくら相手が自分と同じような少女だからと言って突進してくるその行動。
ハッキリ言ってこのペンダントの持ち主とは思えない。
「このペンダントがあなたの物だと、どうしてわかるの?」
もしかしたら反乱軍の者かもしれないのだ。そんな人間に手掛かりかもしれないこのペンダントを渡すわけにはいかなかった。
そんなライラの考えをよそに、少女はビシッと音がしそうな勢いでペンダントを指差して言った。
「それの裏には、マッティニアの紋章が入っているわ。その紋章を刻む事が出来るのは一部の者だけ。なんなら国に問い合わせてもらっても結構よ!」
ライラがペンダントを裏返してみると、確かにマッティニア王国の紋章が刻まれていた。
(じゃあ、この子がリズ王女?人の事言えないけど、イメージ違うよねぇ)
王女と聞いて想像する事は、お淑やか、可憐と言ったところだろう。
そしてライラも同じようにお淑やかな女の子を連想していたのだ。
だからこそ王女が居なくなったと知り、きっと怖がっているだろうと慌てて探しに来たのだ。
ところが、この少女にはそう言った様子がなかった。それどころか、ペンダントを奪い取ろうとしたのだ。良く言って勇敢、悪ければじゃじゃ馬と言える。
「さあ、わかったでしょう?返して」
ライラに王女だと信用させたいのなら、一般に連想させるような態度を取れば良い。けれど彼女はそうしなかった。自分自身を偽る必要はないからだ。
彼女がリズ王女だと決まったわけではないが、取り敢えず信用する事にした。
「わかった。じゃあ、これ」
握った掌を開き、ペンダントを差し出したその時。
(あれ?)
ライラはペンダントに何か細工がされている事に気がついた。
それを確かめる為にペンダントを引き戻そうとしたのだが、すごい勢いでリズに取られてしまう。
「これだから身分の無い者は嫌ぁね。すぐ人の物を取ろうとするんだから」
そう言いながら、リズはペンダントの埃を落とすかのような動作をした。
これにはさすがにライラもカチンとくる。
「それ、どういう意味?」
リズは手を止め、ライラへと向き直った。そして胸を張って言う。
「あなたは泥棒だって言ったの。だって私のペンダントを取ろうとしたわ!」
あらぬ言いがかりをつけられ、怒りが込み上げてくるのを押さえながら、ライラは言い返した。ひくりと頬が引き攣るのはご愛敬だ。
「それはあなたのペンダントに気になる事があったから……ほら、その横の所」
ペダントに手を伸ばしたライラは、リズに思いっきり手を叩かれた。バチンと良い音がして驚いたライラが手を引っ込めると、少しだけ赤くなっている。
皇妃になってからはそんな事をされた記憶が無く、ライラはその痛みに本当に驚いた。
「気安くさわらないでっ!あたしはマッティニア王国の第一王女、リズ・マッティニアよ!」
この言葉で、ライラは完全にぶち切れてしまった。
「王女がどうしたって言うの?いきなり人の手を叩くのが王女のする事?」
言葉は静かであるが、すごい迫力だ。
ライラは本当に怒った時、声を荒らげたりしない。感情のままに声を荒らげる施政者は民に不安しか与えないし、怒鳴る事の利点など無いに等しい。精々自分の気持ちがスッキリする位だ。
ライラは自分がスッキリする為に怒鳴るつもり等ないし、怒りが強ければ強い程血の気が引くかのように逆に静かになる方なのだ。だが、その方がもっと怖い。
公爵令嬢の頃から次期皇妃としてカルスと共に人前に出ていたライラは、皇妃となってから日が浅くとも既に貫禄もある。見目の美しさとも相まって、その恐ろしさには磨きが掛かっているのだ。
「と、当然でしょう。高貴なる人物に手を触れようとしたんだから」
「高貴なる人物?あなたが?笑わせないでよ。確かに『不敬罪』って言うのはあるけど、私はそれを拾ってあげたのよ。なのにお礼も言わない。それのどこが高貴なる人物だって言うの?」
完全に気圧されているリズに、ライラは容赦なく言い放つ。
「あたしは王女なのよっ!あなたのような平民とは違うの!ほら、高貴なる人物じゃない」
リズの言い分があまりに幼稚で、ライラは言葉を無くしてしまった。
それを言い負かしたと勘違いしたのか、リズは胸を反らせ馬鹿にしたように笑みを浮かべる。
と、その時。
「いたぞっ!こっちだ」
声と共に現れたのは、武器を持った男四人。
だが兵士とは違う。鎧もつけてはいないし、武器だって農具を改造したような物だ。どう見ても普通の農民だった。
一つおかしな事は、彼らがこのギルア帝国の国民ではないという事。
着ている服が違うし、言葉のアクセントが微妙にギルアのものとは違っていた。
「おい、そこの女。王女を渡してもらおうか」
そう言われて、はいそうですか、と素直に渡せる訳がない。
「あなた達マッティニアの人でしょう?どうして王女を狙うの?」
それを男達は鼻先で笑い飛ばした。
「お前も平民ならわかるだろう?国王の政治の犠牲になる気持ちが!」
「俺達平民は、みんな死にそうな思いで働いているんだ!なのにそれをみんな税金だと言って取っていく」
「だから王女を人質にするんだ!そうすれば国王も言う事を聞くだろう?」
ライラは勿論平民では無い。その税を取る側だ。
ギルアの税率は他国に比べ低い方ではあるが、それでも飢えで苦しんでいる人はいるだろう。
その人々もこういう気持ちなのだろうかと思うと、苦しくて仕方がない。
ライラが俯いていると、リズが口を出してきた。
「国民が王に税を出すのは当然でしょうっ!そんな事で文句を言われる筋合いはないわねっ!」
これは当然の事ながら男達を怒らせた。
「なんだと⁉国王が国王なら、娘も娘だな!」
「なんですって⁉」
リズは怒ったが、ライラも男達と同じ気持ちだった。
そういう考え方だから国民から狙われたりするのだ。
ライラはこの男達を見て、何となく使者の来た理由がわかった。
国王の横暴なやり方に耐えられなくなった国民が、反乱を起こしたか起こそうとしているのだろう。
その気持ちは分かる。だが、ここで王女を取られるわけにはいかなかった。
王女と男達の間に、剣を抜いたライラが立ちふさがる。
「ここはギルア帝国よ。あなた達がここで王女に危害を加えたとなったら、極刑にされてしまう。無駄に命を落とす必要はないでしょう?ここは退きなさい」
けれど、男達はライラの言葉に聞く耳を持たなかった。完全に頭に血が上っていて、抑えが効かなくなっているのだ。
「邪魔をするなら仕方がない。かかれっ!」
一斉に飛びかかってくる男達を見て、リズはぎゅっと目を閉じた。ライラがやられると思ったのだろう。
しかしライラはたった四人の農民にやられる女ではなかった。
リズがそっと瞳を開いた時には既に、男達は地面に伸びている。
「殺したの?」
恐る恐る聞いたリズに、ライラは笑って答えた。
「まっさかぁ、この人達に罪はないもの。あるとすれば、あなたのお父様ね」
リズは少しムッとしたようだが、文句は言わなかった。
少しはその自覚があるのだろう。
だがその話はしたくないのか、違う事を言ってきた。
「あなた、女の子なのに強いのねっ!名前はなんて言うの?」
名前を聞かれて少し迷ったのだが、偽名を使うのは止めた。何だか騙すのは気が進まなかったのだ。
「……ライラよ」
すると、すかさずリズが言ってきた。
「へぇ、皇妃陛下と同じ名前なのね。親が皇妃陛下に憧れて付けたって所かしら。歳は?」
「十六だけど?」
「だったら皇妃陛下じゃないわね」
はっきりと言いきったリズに、若干複雑な気持ちになるライラ。
自分が皇妃だと威張るつもりはないが、隣国の王女に歳さえも知られていないのは、やっぱり寂しいものがある。
「どうして皇妃陛下が十六歳じゃないって思うの?」
自分で皇妃陛下と言うのもおかしな気分ではあるが、ライラは敢えてそう言ってみた。
リズの勘違いの元を知りたかったのだ。
自分はきちんと本名を名乗り、年も偽らずに告げたにも拘らずこの有様。物を知らな過ぎる王女が、一体何をもって此処にやってきたのか。
まずは彼女を知ろうと、そう思った。
で、当のリズはと言うと、さも当然のように力説する。
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