番外編・第8話
謁見の間。
静寂に包まれたその部屋で、皇帝、カルス・ミラ・ギルアは豪奢な椅子に腰掛けていた。
そこから数段下に、使者として最初にここに来たトイ。そして、先程着いたマッティニアの兵達がいる。
彼らは直接床に跪いていたが、その彼らの前には、一段高い位置に椅子が一脚おいてあった。カルスが腰掛けている物よりは劣るが、こちらも十分上等な椅子である。ただし、誰も座っていない。
座っていないと言えば、カルスの隣の椅子にも、誰も座っていなかった。
どうやら、彼らはそこに座る二人を待っているようである。
「皇妃陛下、リズ王女殿下のご入室です」
カルス達がしびれを切らす寸前、マルグスがそう告げた。
「早く通せ」
ぶっきらぼうに言うカルス。待ちくたびれたのだろう。
マルグスが扉を開けると、ライラとリズが入ってきた。
ライラは玉座のカルスの隣に、もう一つの椅子にはリズが、それぞれ腰掛ける。
「何やってたんだ。遅いじゃないか」
「うるさいわねぇ、色々あって汚れてたから時間がかかったのよ」
「それにしてもかかりすぎだ」
「女の子なんだからしょうがないでしょう?」
「お前が女の子?」
「なんだって言うのよ」
「べつにぃ」
「むかつくわね」
「カルス様、ライラ様のご無事を確認して安心されたのは分かりますが、じゃれるのはあとにして下さい」
ライラとカルスの他愛ない口喧嘩を止めたのは、呆れ顔のヒルトーゼである。
「別にじゃれてない!」
「ライラ様も、素直に謝れないからと憎まれ口を叩くのはおやめ下さい」
「なっ!───悪かったわね」
反論しようとしたライラだったが、ヒルトーゼ相手に通用しないのは十分すぎる程分かっている。図星である事は間違い無いので、無駄な抵抗は諦めた。
今はそんな事をしている場合ではないのだ。
「はぁ、説教はまた後で。無事で良かったよ、安心した」
「説教は結構よ。でも、心配かけてほんとにごめんなさい」
二人はそう言うと、リズや兵士達に向き直った。
まずはカルスが口火を切る。
「見苦しいところを見せて申し訳ない。だが見苦しいついでに、これからはまどろっこしい言い回しは無しにする。リズ王女も宜しいですね」
リズと兵士達、そしてトイというマッティニア側の者達が頷く。
「そちらの申し出に対して対応を決める前に、まずリズ王女が何者かに狙われた件で話をしたいのですが、ある程度は把握していらっしゃいますよね?」
ライラはそう言って、マッティニアの者達を見つめた。
トイや兵士達は緊張しているようだが、リズはそうでもない。おそらく先程のカルスとライラのやり取りのおかげだろう。
「はい。こちらで合流してすぐ、トイにもあった事は全て話しました」
短い時間で成長した彼女に、ライラはほんの少しの笑顔を向けた。それはまるで応援しているかのように、リズに力を与える。
リズも期待に応える様にピンと背筋を伸ばし、堂々とした姿を見せていた。
「では、それをふまえて進めていく」
一呼吸おいて、カルスはそう話を始めた。
自分の思っていたこと、ライラの持って来た情報、二つを掛け合わせて出てきたマッティニアの反乱の真実を。
「まず、リズ王女が襲われた理由だが、これは最初から命を奪う事が目的ではなかった。それならこの帝国に入ってから実行する必要は無い。道中いくらでも機会はあったであろうし、自国内で済ませた方が問題は少ない。ならば暗殺では無く、他に理由があった」
一旦言葉を切ったカルスは、下段の一人をひたりと見据えて告げる。
「そうだな、トイ?」
問い掛ける形ではあるが、そうでは無いと誰もがわかる。反乱の関係者だと告げているのだ。マッティニアの使者、トイその人を。
「そんなわけないわ!」
叫んだのはリズだった。
「トイはただの文官よ⁉兵士達を従わせる事なんて出来るはず無いわ!それに彼はお父様の事をとても慕っているもの!あたしにも幼い頃からずっと優しくしてくれた!こんな……こんな我がままでダメな王女のあたしにも!そんな彼があたしを襲うように仕向けるなんて、出来っこないわ!」
リズがトイを庇って声を上げるが、老兵士達は何も言わない。心なしか苦い顔をしているが、興奮しているリズは気付いていないようだ。
「お、恐れながら皇帝陛下……どうして私にそのような事を尋ねられるのでしょうか?王女も仰るように、私はしがない一文官でございます。いったい私に何が出来るというのでしょうか」
心外と言った風にトイは言う。
「では言わせて頂くが、貴国の王は何の変哲もない一文官に国の命運を託すのか?」
「っ⁉」
一瞬言葉に詰まった問いに、ライラが畳み掛ける。
「何の力も無い文官、ねぇ。言動はともかく、リズは王女らしい王女よ。箱入り娘で外の世界を殆ど知らない。自国の事ですら。そんなリズが熱く語って庇える程良く知る一文官って、どんな立ち位置なのかしら?」
「……え?」
リズが呆然とトイに視線を向ける。
確かに言われてみれば不自然だ。
王宮の奥深くで大切に育てられている王女。それがリズであり、彼女自身それは自覚していた。王宮の外へ出る事等数えるほどしかした事が無い。だからこそ今回はお忍び旅行だと楽しみにしていたのだから。
そんなリズがどうしてただの文官と仲良くなる機会があると言うのか。
「下手に高位にいるより、よっぽど動きやすいでしょうね。普段は王女の影護衛で、国王の懐刀って所かしら。でなければいくらなんでも内乱中の国を抜ける王女の護衛には薄すぎる」
「それが前提にあれば、貴殿は何を置いても王女の側を離れるはずが無い。追手の有無と安全な道の確認の為離れた?あり得ないだろう」
「で、でもそんなのわからないじゃない!トイはあたしの護衛じゃないからこそ、あたしを兵士達に任せて確認に行ってくれたのよ!」
認めたく無いのだろう。引き攣った表情でリズは必死に言い募る。
「それはそれで可笑しな話よね?」
「え?」
恐らくリズも頭では分かっている。だからこそライラは冷静に問い掛けた。
「武官でもないただの文官が、どう安全を確認するというの?そしてその結果を兵士達は納得出来ると思う?追手?もし遭遇したらどうするの?人質に取られたらそれこそ目も当てられないわよね」
「そ、それは……」
答える事など出来なかった。
「どちらにせよ矛盾する。ならばトイが内乱の関係者───いや、首謀者だと考える方が自然だな」
「恐らくリズのペンダントに情報がって言うのも、王女が内乱軍に襲われたという形を整える為の嘘よね。国王の本当の目的は、次代の女王となるリズを保護してもらう事。戻る事を考えなくて良いなら、人数を抑えて、その分スピードを重視する。だからこそ少数精鋭で国を抜けさせた」
「貴殿はそれを逆手に取り、王女を人質にする計画を立てた。国王が亡き王妃に似た王女を溺愛している事は周知の事実だ。内乱軍の有利に事は進むだろうな」
まるで打合せしていたかのようにライラとカルスは交互に言葉を紡いでいく。
リズは既に言葉を発する事も出来ずに俯くだけだ。
一瞬、シン、と静まり返ったその場に、ポツリと声が響く。
「……敵いませんね」
トイは静かにそう言って顔を上げた。
「本当にトイが内乱の首謀者なの?どうして⁉あんなにお父様を慕っていたのに!」
俯いていたリズが、思わずと言ったように声を上げる。瞳に浮かんだ涙を堪えて、半ば睨み付ける様にトイを見つめた。
泣いてはいけない。事の真相を確かめるまでは泣けない。リズはその思いで自分の涙をくい止めた。
そんなリズに、冷たい視線を投げかけるトイ。
「慕っていたからこそですよ」
誰も先を促さない。トイが話し出すのをじっと待っていた。
彼には彼の思いがあり、その思いと戦うのも彼自身なのだから。
「慕っていたからこそ、人々を苦しめていると知った時、許せなくなった」
トイの声は、憎しみとも悲しみとも似た、不思議な響きだった。
彼は国王に裏切られたような気持ちなのだろう。
慕っていたからこそ、大好きだからこそ恨みは募る。
誰かが言っていた、愛と憎しみは紙一重と言うのは真実なのかも知れない。
愛しすぎて、その反動で憎しみは大きくなる。何を間違えたのでもない。愛と憎しみは同じ所にあるのだ。
憎しみを愛と勘違いするかも知れない。愛を憎しみと勘違いするかも知れない。だがそれは、どちらもその人を思うからこそ。大事に思うからこそなのだ。
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