第28話
「あなたが今までコウガを見ていなかったから。龍と巫女は、お互いの心を確認しあい、初めて覚醒する」
ザッとライラが一歩踏み出した。反対にトパレイズは一歩下がる。
ゆっくりと上げられたライラの左手に、少しずつ光が集まっていく。
「……っ」
ライラは恐怖と憎しみの入り混じった瞳を向けてくるトパレイズに、ふ、と視線を柔らかくして告げた。
「私にはあなたをどうこうする権利はないわ。元は私達の責任だし、もう私はギルアの皇妃ではない。それに私だって───」
痛い程にトパレイズの気持ちがわかる。愛する人が消えてしまう恐怖は、嫌と言う程知っている。
振り返りはしないけれど、背中に感じるその人の視線。自嘲気味に歪められた唇が、それでも言葉を紡ぎ出す。
「カルスが誰かに殺されれば、私はそいつを絶対に許さない。この世界を消し去ってしまってでも、一番酷い方法で殺してやるわ」
その瞳に宿った狂気をトパレイズは見逃さなかった。あまりの凄まじさに息が詰まる。
偽りなど微塵もなかった。それがライラの真実だ。
そう、恐らくはトパレイズと同じ狂気を、彼女も心に宿している。
ごくりと唾を飲み込んだトパレイズの周りを、紫の光が包んでいく。
「きゃあっ⁉」
慌てて藻掻いてみるが、その光の中からは抜け出せなかった。
「何するのよっ!私はあんたなんかの言いなりにはならないわよっ!」
その光を逆に弾き飛ばしてやろうと渾身の魔力を光に当ててやる。けれど、光は一瞬揺らいだだけで、後は何事もなかったようにトパレイズの体を包み込んだ。
「なっ⁉」
足下にあった筈の光は、次第に腹、胸元へと上がっていき、しまいにはトプンと頭の先まで埋もれてしまった。
まるで宙に浮いているかのような不思議な感覚。しかしパチンと音が聞こえた瞬間、トパレイズはしっかりと地面を踏みしめて立っていた。
「準備完了」
にっこりと笑って言うライラに気付き、トパレイズは顔を上げる。
「っ⁉」
言葉を失い、慌てたように振り返ると、そこには同じようにこちらを見るコウガがいた。
トパレイズは何も言わずくるりと向きを変えると、ドンッ!と目の前の透明な壁を叩いて怒鳴った。
「何なのよこれはっ!こんな物で私達を幽閉しようとでも言うつもりっ⁉」
「違うわよ」
呆れ顔で否定するライラ。つん、とそれを指でつついて言う。
「言ったでしょう?私にはあなた達をどうこうする権利はないと。ただ、私はある人と約束をした。そこに行く準備よ」
ライラが少しつついただけで、それはゆらゆらと揺れる。透明な球状のそれは、まるでシャボン玉のようだ。けれど中に入っているトパレイズやコウガにも出る事が出来ない、頑丈な物である。
「何処に行くって言うのよっ!」
キーキー喚くトパレイズに、ちらりと一瞥だけして呟く。
「
「え?」
思っていた事と違う事を言われた為か、トパレイズの動きが一瞬止まる。きょとんと見返してくる彼女に苦笑で返し、コウガを見る。
「あなたの名の意味よね、
死した者の魂が訪れる場所、それが黄泉。天国か地獄に行く迄の間、死者は黄泉の国で暮らす。
黄龍族は黄泉の番人とも言われ、死者の世界と生者の世界両方を行き来できる者達なのだ。
「完全に覚醒していなかったあなた達は、そんな事すら思い出せなかった。自分達の力の源が何処にあるのか、あなた達は知らなかったのよ」
だから、とライラは続ける。
「私達が連れて行ってあげる」
「どこ、に……」
口ではそう言いながら、トパレイズの心臓は何故か素早く脈を打っていた。頭の中ではまとまらない考えが、心では既に理解している。言いようのない、何処にも保証のない期待が、それでも体を駆け巡る。
「───っ!」
バンッ!と透明な壁に両手を突いて、トパレイズはライラに言った。
「連れて行ってっ!」
震える指先。潤む瞳。願うものが何なのか、ライラは知っているから。
安心したように息を付いて、満面の笑顔で頷いた。
「オーケイ!」
ふぅっと深呼吸して、ライラは瞳を閉じる。胸の前で重ねた手が緩やかに弧を描き、宙に文字を刻んでいく。同時に紡がれる呪文も、彼女の高く澄んだ声が風に溶け、呪文と言うよりは詩に近い。
その様子は吸い込まれそうな程美しく神秘的で、まるで天使の舞いを見ているようだった。
「……っライラ!」
どれだけ呼んでも、ライラは振り返らない。ただ舞い、詠い続ける。
「ライラっ!」
それがけじめだから。
たった一度でも皇妃と名乗った、彼女の。
わかっている。
わかっているけれど。
「俺は、ギルア皇帝だ!お前が総て抱え込む事はない!」
けれど。
「……俺には何も出来ないと知っているから。お前が同じ龍の巫女としてトパレイズを救えると言うのなら、俺はお前を止めない」
救えるのは俺ではないから。
けれど忘れないで欲しい。
「お前の帰りを待っている者達が大勢いる。ギルアには誰も、お前を本気で憎める者なんていやしないんだよ」
どれだけ憎んでも、辿り着くのはやはり愛しているという事実。それは誰も変わらない。
ヒルトーゼも、キュアリスも、そしてカルスも。
みんなライラを愛している。
「だから、必ず還ってこい」
舞いが終わり、詩が止んで、それでもライラは振り返らない。珠を中心に膨れ上がる光の中で、彼女は何を想うのか。
カッ!と爆発的に弾けた光が、トパレイズと黄架、そしてライラの姿を隠してしまう。
それが消えた時にはもう、三人の姿も消えていた。
「……ライラ」
彼女が消えたその場所を見つめ、カルスは呟く。
「お前が何も言わなかったのは、無事に還ってくるからと思っても、いいよな……?」
還ってくるまで取っておこうか。
『愛してる』は───
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