第6話
「まぁ!国王陛下がお気に召された方だけあって、本当にお美しいわ。礼儀作法も非の打ち所がございませんし」
つつつ、と一人の女性がライラに近寄ってきた。
「お誉め頂き光栄です」
長年培ってきたお姫様仕様の声は、どんな事があっても絶対にぼろが出ないという自負がある。
たった十三歳という若さで皇妃となり、大陸一大きな国であるギルア帝国を皇帝と共に治めてきた彼女だ。それぐらいは簡単である。
それに、彼女は貴族の姫として生まれた。
正当な血筋と、類い希なる美しい存在。
常に誰かに見られているという意識はあった。他のどんな姫君よりも。
まるで鏡のように。
まるで影法師のように。
自分であって自分でない、お姫様なライラ。けれどそれも自分自身。
大好きだし、何も偽ってはいない。自分にとっては自然な姿。
ぼろなんか出る筈がなかった。
隣でヴァイネルが心配そうにしているが、そんな必要はまったく無かったのである。
「それにしましても、こんなに素晴らしい姫君がいらっしゃるなんて、わたくしちぃっとも知りませんでしたわぁ。国王陛下もお人が悪いのですから」
来たな。とライラは思う。
姫の口調に嫌味が混じりだした。
もともと本当に言葉通りの事を相手が思っているなんて考えてはいない。ここにいる全員が自分を良く思っていないのなんか百も承知である。
「シスト様、とおっしゃったかしら?」
いつの間にか周りは人だかりだ。二人の会話に耳を側てている。
「わたくし世間知らずなもので」
ふぅ、とわざとらしく溜め息をついてから続けた。
「一体どちらの貴族の姫君ですの?ムーディー様?サッキス様?あぁ、もしかすると他国の王女様なのでしょうか?」
と言ってころころと笑い出す。周りの人々も一緒になって笑い出した。
『シスト』が身分のないただの町娘だと知っているのだ。つまりはいじめである。
これでライラが泣いて王宮を去るとでも思ったのだろう。
が。ライラはそう甘くない。
「生憎と私はこの国の生まれではありませんし、他国の王女というわけでもありません。ムーディー様やサッキス様と言えば、この国でも一位二位を争う大貴族のお家柄。私もそちらの生まれならばどんなに……と思いますけれど、いくら生まれが良いと言って、必ずしも王の妃になれるとは限りませんし」
きらっとライラの瞳が輝く。にっこり笑って言った。
「ね、そうお思いになられませんか?トゥーラ・ムーディー姫」
「んなっ⁉」
ライラ、圧勝。
トゥーラ姫は言い返す言葉も見付からず、ただただ立ち尽くしていた。
くすくすと笑う声が聞こえてきたのは、そのすぐ後である。
一部始終を目撃していたらしい姫君の集団が、堪えきれないとでも言う風に笑い合っていたのだ。
こちらの視線に気付くと、まだおかしそうにしながら、それでも歩み寄ってきた。明らかに他とは違う雰囲気を持つ十六人の姫である。
「あなたの負けよ、トゥーラ姫。彼女はあなた達の勝てる相手ではないわ。わかったのなら大人しく身を退きなさい。それ以上国王陛下の前で恥を掻きたくないのならば」
「シュ、シュスレイア様っ!」
トゥーラ姫は顔を真っ赤にして逃げるように立ち去っていった。周りを取り囲んでいた人々もこそこそと離れていく。
「シュスレイア?」
その名前は確か。
《ヴァイネル陛下の第一側室だ》
直接頭の中に聞こえてきた
今日の彼女のエスコート役はヴァイネルである。紫杏とは囁きを交わせる距離ではない。それでも、紫杏は彼女の声をちゃんと聞いている。何気ない呟きにも答えを返してくれる。
不安にならないように。
《ここにいるから》
紫杏はライラが今、彼女自身が思っている以上に精神が不安定な状態にある事を知っていた。
普段はわからないからこそ、紫杏は気遣う。
強くあろうとしている彼女の心は、本当はとても、弱いものなのだから。
静かに見守る紫杏の視線の先では、ちょうどシュスレイアが口を開いたところだった。
「申し遅れました。わたくしはシュスレイア・サッキス・ハリシュア。第一側室です。シスト様」
ヴァイネルの妃は全員で十六名。皆側室だが、その中で一番正妃になる可能性が高いと言われているのが、このシュスレイア・サッキス・ハリシュアである。
先程のトゥーラ姫の生家、ムーディー家と並ぶ大貴族、サッキス家の長女だ。しっかりした後見と、どこに出しても恥ずかしくない程度の美貌。王妃に相応しい人物である。
「助かったよ、シュア。あのままだったらどうなっていたか」
苦笑を浮かべるヴァイネルに、シュスレイアは「とんでもない」と否定する。
「わたくしなどが口を出さずとも、シスト様なら難なく切り抜けられていました」
ねぇ、シスト様?
彼女だけでなく他の側室達もくすくす笑っているが、トゥーラ姫から感じたような嫌味な所は一つもなかった。本当に好意的に笑っているのだとわかる。
自然とライラの顔にも笑みが浮かんだ。
「シスト、と呼んで下さい。シュスレイア様」
こちらも微笑む。
「ではわたくしもシュアと呼んで下さいませ。王妃陛下」
おうひ、へいか。
つい最近まで呼ばれていたのと同じ響き。
大きく瞳を見開いたライラを、シュスレイア達は驚きと取ったらしい。優しく告げた。
「わたくし達はいつでも王の決定に従います。誰を側室にしようと、正妃にしようと、それが王の決めた事なら、わたくし達に異存はございません。王がわたくし達を真実愛して下さっている事を知っていますから」
愛し、愛される。それだけで何の問題もなかった。形なんか、どうでも良い。
そう言うシュスレイアの瞳が、ライラを優しく包み込む。
───愛しているならば。
ドクンッ!と心臓が大きく脈を打った。
その言葉はライラの心を深く抉る。
「シスト?」
ドレスの胸元を握りしめて立ち尽くすライラを、ヴァイネルは心配そうに覗き込んだ。
「どうした?」
瞬きすらせず、ライラはただ立ち尽くす。ヴァイネルの声などまるで聞こえていないようだった。
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