第22話
「だから、これは権利だ」
義務ではない、それはカルスの意思。聞くも聞かないも、それはカルスの自由なのである。
ふ、と笑ってカルスは言った。
「情けない所ばかり見せたけど、俺はやっぱり皇帝なんだ。トパレイズがやろうとしてる事も、本当なら俺に向けられるべき事だし、俺が何とかしなくてはいけないんだ」
それに何より。
「ライラが俺の死を望まないように、俺だってライラの無事を願うし、これからもずっと一緒に生きていきたい」
離れる事なんて出来ない程、愛している。たとえ憎んでも、殺してやりたいと思う程怨んだとしても、辿り着くのは。
「愛しているから」
どんな結末になろうと、それだけは変わらない。これまで一緒にいた時間を否定する事など出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「『目覚めよ、龍族の王・
小さな体から溢れ出る、人にあらざる力。本来なら目覚める筈の無かったその力は、たった七歳のライラに耐えられるものではなかった。
現実から離れた場所を見ていた紫の瞳が、ゆっくりとカルスに向けられる。しかし視線が交わった瞬間、ライラはぷつりと糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
「ライラッ!」
それまで凍り付いたように成り行きを見つめていたカルスは、ハッと我に返り慌ててライラを抱き起こした。
ぐったりと力無く腕を垂らしてはいるが、脈も呼吸も正常だ。どこにも異常はない。
ほ~っと心底から安堵の溜め息をもらしてから、カルスはぎょっと目を見開いた。腕にライラの体を抱えて座り込んだまま、ざかざかと後ずさる。
土の壁に勢い良く背中を打ち付けたが、そんな事を気にしている余裕は無かった。
「なっ⁉なっ⁉」
それ以上の言葉が出てこない。まるで金魚のように口をパクパクさせるだけ。
いつの間にか昼のように明るくなっているその場所には、光を生み出す物など何もない。目の前に突然現れた、大きな龍の石像以外には。
最初からそこにあった物が明るくなった事でその姿を現したのか、それとも本当に突然出現したのかはわからないが、この空間を照らしているのがその石像だという事だけは理解できた。
それは多分、龍と深い関係を持つギルアの皇子だからこそ。理由など無いが、わかってしまうのだ。
そこにある石像が、本物の龍だと。
《我は龍族の王・紫杏》
向こう側が透けて見える、輪郭のおぼろげな人間が石像の上に座っている。
《お前はザイトの子孫だな?だが……》
すぅっとカルスの目の前に飛んできてライラの手から生命石を抜き取ると、優しく首に掛けてやりながら言った。
《これはまだお前の物ではないだろう?このブラッディ・ジュエルは私の命の源だ。悪戯は良くないな》
叱りつけるよりも、ずっとずっと優しい声音。強張っていた体から、徐々に余計な力が抜けていく。
《ギルアの皇子、名は何という?》
咄嗟に「カルス」と名乗ってから、慌てて言い直した。
「カルス・ミラ・ギルアと申します、龍の君」
ライラを抱えたままなのできちんとした挨拶は出来なかったが、それでも精一杯の心を込めて言うと、紫杏は満足そうに微笑んだ。そして思う。
見上げてくる真摯な瞳が懐かしい。まるで何百年も昔の、人間の中で唯一親友と呼べるザイトを見ているようだ。
《カルス皇子、本当なら私はこの石の体と共に心も眠っている筈だった》
永い永い眠りの中から目覚めたのは、呼び覚ます者がいたから。けれどその者を目覚めさせたのは、紛れもなく紫杏自身。
お互いがお互いを呼んでしまった。その存在を感じて、心が逸るのを止められなかった。
紫杏はちらりとカルスの方を見る。いや、カルスではない。彼の腕の中のライラを。
「龍の君……?」
瞳に宿るのは深い愛情。皇族でもなく、しかも初めて会った筈のライラに何故そんなにも慈愛に満ちた瞳を向けるのか、カルスにはわからなかった。
もちろん龍はギルア帝国の民総てを愛してくれている。それはギルア帝国の人間総てがわかっている事だ。
けれど、ライラに向けられる『愛』は違う。
《この場所に来る条件を知っているか?》
不思議そうなカルスには何も答えず、紫杏は問い掛けた。視線はライラに据えたままだ。
『この場所に来る条件』。それは皇家に代々伝えられた言葉の事。その真偽を確かめたくて仕方がなかったあの言葉。
「『龍の掴む宝玉に光映る時、道は開かれる。ザイトの血を濃く受け継ぐ者、ザイトの魂を強く受け継ぐ者、この道を通れる者なり』」
皇宮の中心部の部屋の、床に描かれた龍。その龍の持つ宝玉に光が当たる瞬間、皇家の紋章を持ってサークルの中に入っていれば良い。
ザイトの血を、魂を受け継ぐ者。それはギルア皇家に生まれた自分の事。そう思っていた。実際今この場にいる事がその証だとも言えるだろう。
《半分、正解だな》
ぽつりと紫杏が呟く。
《方法は正しい。けれど、『資格を持つ者』はお前だけではない。と言うより、生命石を手放し眠りについた私の元へ、ザイトの血を引く者だけで来る事は出来ないのだ》
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