第15話
龍と対になって生まれる者。それが『龍の巫女だ』。同じ星の元に生まれ、同じ運命と力を分かち合う者なのである。
龍は同じ人間でも、巫女にだけは力を与える事が出来たのだ。それは意識して与えられるものではなかったけれど、だからこそ巫女達は自分の意志で魔法を使う事が出来る。このトパレイズのように。
「私は
片手で前髪を掻き上げたトパレイズの額には、小指の爪先程度の大きさの宝石・
「巫女の体には、必ずどこかに宝石が埋まっている。私は額だけど、腕や、足に埋まっている人もいる」
黄色い宝石、黄玉ならば『黄の巫女』。青い宝石、
「本当なら誰も知らない事。魔法を求め、争いを繰り返す人間達から、龍は記憶を消し去り、そして眠りについたのだから」
魔法が存在しなければ、人は争わなかった。龍という存在がいたとしても、それがただの生物としてなら、人は心穏やかに過ごしてくれると信じて。龍は人々の記憶と共に眠りについたのだ。
そしてその中には、巫女達の記憶もすべて入っている。
「なのに私がこうして真実を知っているのはどうしてなのかしらねぇ、ライラ?」
「わかってるわよ!」
つい怒鳴ってしまい、ライラは唇を噛む。
「あらら、黙っちゃうの?面白くないわねぇ」
反応を見て楽しむのだ。怒っても泣いてもいい。ただ笑ってさえいなければ。
「あなたは私を満足させればいいのよ。簡単でしょぉ?」
人差し指でライラの顎を上げさせ、言った。
「ここにいるみんなの前で言いなさい。あなたの真実を」
真実。誰もが知りたかったライラの心。
でも。
誰も巻き込みたくない。これはライラとトパレイズ、そしてカルスの問題だ。
「……どうして、ここに来るのよ」
ベッドに突っ伏し、ライラは声を絞り出す。それが自分達に向けられているのだと知り、ヴァイネル達は拳を握りしめた。
良かれと思ってした事が、逆に彼女の立場を危うくしている。
深く首を突っ込む事ではなかったのに。
「それは私がみんなに聞いてほしい言葉ではないわ。カルスを殺されてもいいの?」
「やめてっ!」
シーツを握りしめ、ライラは叫ぶ。
「そうよっ!私は誰よりもカルスを愛しているわっ!あの人のいない世界なんて考えられない程にっ!」
本当はいつだって側にいたい。離れたくなどなかった。
けれどそれ以上に大切な事があったのだ。側にいる事よりも、愛し合う事よりも強い願いが。
「たとえ憎まれても、殺してやりたいと思う程怨まれても!」
生きていてほしいのよっっ‼
心の底からの叫び。
生きていてくれればそれでいい。同じ空の下で生きていてくれるなら、他は何も望まない。その為なら、たとえ憎まれようと構わないのだ。
「なんでトパレイズがカルス陛下を殺さなければならないの?何故、こんなにもライラを苦しめなければならないのよ」
ライラの哀しい叫びがキュアリスの心を突き刺す。
どうして忘れていたのだろう。彼女がどれ程カルスを愛しているのか知っていたのに。
「何故、と言ったの?」
トパレイズの瞳に殺気が宿る。
「復讐に決まっているじゃない。でも……そうよねぇ。あんた達みたいなお偉い人達には、私の事など記憶にも残らないわよねぇ」
「ベーヴィス」
皮肉気に言ったトパレイズの言葉に重ねるように、ヒルトーゼは口を開いた。途端にトパレイズがそちらを向く。
口許は何とか笑みの形を保ってはいるが、いつ崩れてもおかしくない程震えていた。
「ふぅ、ん……あんたは知ってるんだぁ」
ヒルトーゼは答えない。真っ直ぐに彼女を見返すだけである。
「ベーヴィスってまさか!」
思い当たる事は一つだけ。忘れたくても忘れられない事。ギルアの者なら誰もが知っている。
しかしそうではないヴァイネルは、一人取り残されたような気分だった。『ベーヴィス』の意味する物が、彼にだけはわからない。だからと言って問い掛けられるような状況ではないし。
所在なげにそう思っていると、ライラと目が合った。涙に濡れるその瞳を見るのは辛かったのだけれど、逸らす事は出来なかった。
もうぼろぼろの筈なのに、それでも消えない輝き。強さ故の。
(大丈夫)
ライラが小さく微笑んだような気がした。一瞬にも満たない時間だったけれど、確かに。
「ベーヴィスというのは、ギルアの最西端の都市の名」
涙声で説明を始めるライラ。ヴァイネルは見間違いだったのかと目を擦るが、何の変わりもない。
「そこで、虐殺事件が起こったのよ」
盗賊が出るという民衆の訴えを、その時多忙だったらしいベーヴィスの領主は後回しにした。首都・ギリアに報告すらせず。
大した事はないと思っていたのだろう。多少の金を奪われるだけだと。それに、すぐに報告するつもりだったのだ。この忙しさももう少しの間だけだからと。
しかしその少しの間に悲劇は起こってしまった。運悪く盗賊に出会った男女がいたのである。
金目の物は統べて奪われ、そして女性さえも連れ去ろうとした。恐らく討伐隊が出てこない事に気が大きくなっていたのだろう。
盗賊に体当たりで向かっていった男性は、懸命に彼女を逃がした。武道を嗜んでいた訳でもなく、武器も持たない普通の男性が、ただ愛する人の為に。
泣きながら助けを呼びに行き、帰ってきた彼女が見たものは。
バラバラにされた彼の体だった。
「その時の女性が、トパレイズなのよ」
生きているからといって、何が幸せなのだろう。愛する人を最悪の方法で失い、さよならさえ言えなかった彼女。
心に刻まれた恐怖と哀しみは、一生消えるものではない。
「彼女が私やカルスを憎むのは当然だわ。だって、気付いてあげられなかったんだから。助けて、あげられなかったんだから」
「違うわ!」
キュアリスは叫んだ。
「あれはベーヴィスのロードがギリアに報告しなかったから!報告されていれば、あなたも陛下もすぐに兵を送っていた!」
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