第27話 コインを立てるために
「ここだね」
「ああ、間違いなさそうだ」
アウトリッジたち二人と分かれた少年たちは、マインハルトから聞いた技術者の事務所というところに来ていた。
周囲と同じような建物の一階にある扉の脇には、小さく技術継承特別研究所と書かれたステッカーが貼られている。大方、技術退化を食い止めるための何かなのだろう。
「失礼します」
ノックしてからそう言って扉を開くと、中は思ったより静かだった。機械音の鳴り響く工場のような物を想像していた少年は少し拍子抜けしながらも、続けて声を張り上げる。
「どなたかいませんかー」
「はいはいー、ちと待ってくれ」
奥の方から声とともに現れたのは、長い黒髪の女性だった。ただ、その恰好は貴重な技術を扱う技術者というよりは、その辺の大工と言われた方が納得いくようなカーキのツナギ。
「見ない顔だね。なんだい」
「お願いがあって来た、白亜って言います」
そう言うと少女は迷いなく左腕の袖をまくり、その手の先端の色も陶器のような白色に変化させると、
「これの修理をお願いしたくて」
「こりゃまた、随分昔の体だね。それとも、まだこれだけのものを作れる奴がいたのか」
これは何だ、と問わない黒髪の女性の返事に、少年は思わず一歩彼女の方に踏み込む。
「お願いできますか?」
「悪いが、今は行政府の方の依頼で負傷者用の義肢だの代替臓器だので手いっぱいなんだ。これが何とかならないと無理だろうね」
「そこをなんとか」
「なんとかならないから断ってんのさ。まあ、けどそうだな、面白そうな体だし、この戦争が何とかなったら最初に診てあげるよ。修理ってどこが壊れてるんだい?」
その言葉に少年の心臓が跳ねるが、喜ぶにはまだ早い、とその気持ちを抑える。そんな少年の心中を知ってか知らずか、少女は顔色一つ変えずに答える。
「出力制限のリミッターと、血液系のエネルギー生成装置」
「また面倒なとこが壊れたね。しかも、血液系とはやっぱり珍しい体だ」
感心したように言う女をよそに、少女は人差し指で自分のこめかみを指さすと、
「それから、ここの記憶補助装置」
「あんた一体どこの誰なんだい。そんなもん、ここでも作れなくなって久しいよ」
心底呆れたように言う女。少年からすれば存在を知っているだけでも驚きなのだが、女にとっては存在自体は不思議ではないらしい。
「どこの誰なんだろうね。とにかく、直せるの?」
「その体の方についてはなんとかなるだろうね。血液系もぎりぎり扱えるってとこだ。ただ、その頭の方については直すのは無理だ」
とにかくのゴールが見えたことに、思わずガッツポーズをしそうなのを抑えて、少年は引っかかったことを尋ねる。
この街が戦時状態を抜け出さない限り、問題は解決しないのだ。喜ぶのはまだ早い。
「直すのは?」
「ああ。ここの倉庫のどこかに、それの読み書きのための機械が埃をかぶってるはずさ。記憶補助装置がいかれてるってなら、有るはずの記憶が無いか、無いはずの記憶があるかのどっちかでしょ。理解可能な形で出てくるのかは分からないけど、とにかく頭の中から情報を引っ張り出すことはできる。まあ、動けばだけど」
今度こそ、少年は小さく手を握り締めてガッツポーズをとる。
とにかく、この街の戦争が終わればなんとかなる、後は待つだけだと、この時の少年はそう思っていた。
***
その夜。少女が再び熱を出した。
今度は突然倒れたわけではなく、ごく普通の風邪のように、少ししんどいと言われて額を触ってみたら熱があったというだけだが、それでも少年を慌てさせるには十分なものだった。
「今度はこの前ほどじゃないよ。ちょっと休めばすぐ直るって」
宿屋の部屋のベッドで横になった少女はそう言ったが、問題はそこではない。
前回熱を出して倒れてからおおよそ一日。少年が少女と会ってから、いや、少女が言うには記憶があるこの何週間か、昨日までは熱を出すことは無かった。
つまりは、蓄積された何かというよりは、何かが少女の体の中で限界を迎えたのだ。何かが何なのかは分からないが、あまり時間はない。
少女の部屋でベッド脇の椅子に座った少年は、膝に肘をついたまま口を開く。
「なあ、実はあんまり大丈夫じゃないんだろ。最近、睡眠時間が増えてるのもそうなんじゃないか」
アリソンとアウトリッジは、白亜がこの部屋まで戻るのに付き添ってくれた後、疲れたということですでに眠ってしまった。
起きているのは少年たちだけで、微かに外から伝わってくるまだ動いている街の音以外には、物音一つない。
「……ここの戦争が終われば何とかしてもらえるって、技術者の人も言ってたでしょ。だからそんなに気にしなくても大丈夫だって」
その返事までの微かな間が、すべてを物語っていた。
「終わるのか、ほんとに。お前も覚えてるだろ。グラディスさんがこっちから攻撃することは無いって言ってたの。この街が当てにしている「援軍」は当分来ない。この街はしばらくは持ちこたえるだろうけど、どれだけ長引くかはわからない」
そう。少年はあの場では気付かなかったが、今この街がやっているのは籠城戦という名の当てのない消耗戦。
このままでも負けることは無いのかもしれないが、勝つこともない。
「それでも、それを待つしかないよ」
だから。
だからこそ。
こんな言葉が、自然と口から出た。
「なら、俺がこの戦争を終わらせる」
大それたことだとは思うし、普段なら思い付いても思うだけに留めるだろうけど、今回くらいは言ってもいいだろう。
「どうやって。拳銃と狙撃銃じゃアンドロイドを倒すのが精一杯だよ」
その先にゴールが、奇跡的に見つかった彼女を救える手だてがあるのだから。
必ず帰れと言った幼馴染に心の中で謝りながら、少年は胸にこぶしを当てて答える。
「忘れたか、俺は飛行機乗りだ」
似合っていないのは分かっている。
幼馴染みたいに特別な戦闘訓練を受けているわけでもない。
ただの拾い屋なのは自分でもわかっている。
それでも、助けると決めた少女の前ならば、これくらいしても神様は許してくれるだろう。
「大戦よりさらにずっと昔、航空機は世界も滅ぼせる戦略兵器だったんだ。これくらいなら何とかなるさ」
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