第25話 陸路


 翌朝。まだ天井の照明も僅かな薄暗い時間帯に、少年たちは軍の車庫にいた。

 夜明け前の外とは対照的にLEDの白い光で満たされた車庫の中には、普通の車のほかにも、履帯のついた箱のような装軌装甲輸送車、それに増加装甲と車体の上の砲塔が加わった歩兵戦闘車、そして、それらに混ざって一回り大きな車体と砲塔に子供の頭ほどの太さのある砲身を備えた戦車が鎮座している。

「で、俺たちが乗っていくのはこれか?」

 少年たちの前にあるのは、八つの車輪がついた汚れた箱のような車両。車体のデザイン自体には周りにある装軌装甲輸送車と通ずるものがあるようにも思えるが、見た目の汚さがその機能美とでも言うべきものをきれいに打ち消している。

「流石に軍所属の車両はまずいんですよ。これは軍以外でも使われてる汎用の装輪装甲車です。ここにあるのは元は軍の車両ですが、既に払い下げして民間の倉庫で眠っていた車両ですので、汚いのには目をつぶってください」

 車の反対側から回り込んできたブロンド髪に迷彩服の少女が言う。

 少年は後ろのハッチから車の中を覗き込みながら、

「アリソンが運転手なのか?」

「いいや、そいつは護衛だよ。運転手は俺だ」

 足元から聞こえてきた野太い声に思わず飛びのいた。

 ぬっ、と車の下から顔を出したアウトリッジは固まる少年にかまわず続ける。

「街の外を走るなら、スカウトが適任なのさ。逆に、護衛ならなんちゃって軍人のスカウトより、正規の兵士に任せるのが筋ってもんだ」

「正規の兵士?」

 きょとん、と首をかしげる白亜。

「忘れてるかもしれませんが、私はここの正規兵なんですよ。最初に、アリソン・ヘンソン上等兵と名乗りましたよ」

「そいつは都市代理人直属の独立部隊の所属だ。まあ、簡単に言えばグラディスの護衛部隊ってとこだな」

 ずずずっと這い出てきたアウトリッジはそう言うと、ポケットから透明な袋に入った白い封筒を取り出す。

「これが、グラディスの言っていた文書だ。今朝からまた仕事が忙しいらしいから、俺が預かっていた。内容については明かせないが、穏便な内容だ、とだけ言っておこう」

「わかりました」

 少年はそれを受け取ると、カバンのポケットに丁寧にしまう。

「あと、これも返しておきますね」

 アリソンはそう言うと、近くにあった布袋の中から二丁の銃を取り出し、

「スナイパーライフルに、拳銃。それと予備弾薬です。最初に預かってから特にいじったりはしてないので安心してくださいね」

「ねえ、この拳銃のマガジンってここにはないの?」

 アリソンから拳銃を受け取った白亜が尋ねる。

「ないですよ。その拳銃自体ここにある度の拳銃とも違いますし、その小さいライフル弾みたいな弾もここにはないです」

「はあー」

 あからさまな溜息をついて少年の方を見る少女に、少年は気づかないふりをしつつ、

「いつ出るんですか」

「君たちの準備が整ってるなら今すぐにでも出れるぞ」

「大丈夫です」

「じゃあ乗れ。のんびりしている理由もないだろ」

 そう言うと、左足を包帯で巻いたアウトリッジは車体の上にあるハッチから操縦席に潜り込む。

「大丈夫なんですか、その足」

「てっきり折れたかと思ってたんだが、ヒビ程度で済んだらしい。それに、右足が動けばアクセルとブレーキは踏めるさ」

 ばたん、と大きな音を立ててハッチが閉まり、装甲車の電源がついたことでメーターやモニター、ランプが一斉に点灯する。

「ほら、早く乗ってください。あなた達がいないことには始まらないんですから」

 先に後部ハッチから乗り込んでいたアリソンは、両手で大きなマシンガンを抱えている。

「武装するとまずいって話じゃ」

「だからって、その拳銃とスナイパーライフルだけで道中数十キロは乗り切れませんよ。それに、いざとなればあなた達の物ってことにすればいいんです。そもそも、私たちはタロスに近づいたらそこで別れますから」

 がちゃがちゃと体格と不釣り合いにも見えるマシンガンをいじりながら、迷彩服の少女は言う。

 そのマシンガンをじーっと見つめていた白亜がその言葉にはっと顔を上げ、

「え、送ってくれるんじゃないの?」

「言ったじゃないですか。あなた達だから使者になれるんです。軍人の私たちが近づいたら最悪の事態を招きかねません」

「俺、車の運転とか知らないんだけど」

「大丈夫ですよ。履帯じゃない装輪車ですから、それほど難しくはないはずです。きっと飛行機よりは簡単ですよ。それに、装甲車ですから多少ぶつけても問題はありません。轢くような人もいませんし、何とかなりますよ」

「なんとかなるってな……」

 そこはかとない不安を感じつつ、金属製の箱の中のような空間で硬い椅子に腰かける少年。

 アリソンが後部ハッチを閉めると、光源は両脇に2つづつある小さな窓と前方の操縦手席から差し込む光だけになり、一気に薄暗くなる。

「さて、じゃあタロス派遣独立分隊、出発するぞ」

「なんですか、それ」

 思わず律義にツッコんでから、放っておくべきだったかなと思う少年。

「今思いついた名前だ。ちょうど人数も分隊規模だし、それっぽくていいだろ」

 冗談めかしてそう言ったアウトリッジがアクセルを踏み込み、薄汚れた装輪装甲車はゆっくりと加速する。

「それ、分隊長は誰になるんですか」

「そりゃ、階級的には上等兵のお前だろう。スカウトは一等兵と変わらないからな」

「年長者のアウトリッジさんがやってくださいよ。言い出しっぺなんですし」

 窓から差し込む光の変化が、車が地上に出たことを告げる。

 緊張感の欠片も無い面子だな、と思いながら、窓の外に目を向けると、ちょうど遠くの山から太陽が顔を出したところだった。



 出立から少年の体感で一時間ほどだろうか。基本的に悪路な上に迂回を繰り返しているせいか、未だに目的の街につく様子はない。

 時たま車体を叩くような銃弾の音がし、そのたびに天井にあるハッチから頭を出したアリソンがマシンガンを乱射する以外は何事もなく、白亜は座ってるだけで体が痛くなりそうな硬い座席の上で気持ちよさそうに熟睡していた。

 途中からは昨晩夜遅くまで話をしていたせいで着かれていたのか、それまでマシンガンを抱えて外をじっと見ていたアリソンも「何かあったら起こしてください」と言って、寝てしまった。

 少年も退屈だったので寝ようとしたのだが、数百年整備されていない道ゆえの不規則な揺れと十分おきほどで響く車体を銃弾が叩く音で寝ることは早々に諦めた。

「あとどれくらいなんですか」

「2,30分ってとこだな。五分くらいのとこまで近づいたら俺たちは降りる」

 操縦席からかえってくるアウトリッジの声に眠気のような物が感じられなかったことで少しほっとする少年。

「二人は寝てるのか」

「ぐっすり寝てます。不思議なくらいです」

 そうか、と呟くと、アウトリッジは操縦席で前を向いたまま続ける。

「気を悪くさせたら悪いんだけどな、昔は君みたいな若者だった男から、一つアドバイスだ」

 そう言ってスリット状の覗き窓から前を見つめる、どこか遠い所を見るようなその目を見るのは、空に無数に舞う大戦の遺産たるドローンだけ。

「守りたい誰か、救いたい誰かがいるときに、実際に救いに行ける、何かしら行動を起こせるってのは幸いなことだ。誰かを救いたくっても、自分がその人を救うためにできる事はなにもない、なんてことは珍しい話じゃない。むしろ、そっちの方が多いだろうな」

 男のその声には、ただ一般論を語っているだけではない、ずっしりとした質量があった。少年にはその言葉の間に割り込むだけの言葉が思いつかなかった。

「だから、後悔したくなければできる限りの事をしろ。不格好でも何でもいいから最後まであがけ。投げたコインが淵で立つような確率だったとしても、それに縋れ。その可能性が潰えてから後悔しても遅いからな」

「……あなたは、」

「ああ。未だに夢に見るよ。そんな資格もないのにな」

「もしかして、グラディスさんも関係ある話ですか」

 聞いてもいいものか少し迷ってから、少年は操縦席の方に尋ねる。

「察しがいいな。グラディスが何か言ってたか?」

「いえ、けど俺たちと会ったときの反応が似ていたので」

「なるほどな、まあ、無理もない。君たちを見てるとどうも昔の事を思い出すからな。それに、」

 続けてアウトリッジは何かを言おうとしたが、それは途中で爆音と激しい車体の揺れによって遮られた。

 装甲車の片輪が浮き、数秒間の片輪走行の後激しい衝撃と共に再び接地する。

「あいっだーっ、ちょっと、なんですか」

 跳び起きて立ち上がった勢いで天井にしたたかに頭を打ったアリソンが呟き、頭を両手で押さえる。

 そして、対するアウトリッジの答えは、緩み切っていたその場の空気を一気に引き締めるだけのものだった。

「わからん。……いや、違うっ。前方にリーパー、数は7、歩兵型6に軽戦闘車型1。さっきのは多分グレネードだ」

「ここらの無人兵器はグレネードまで持ってるのかよっ」

 驚く少年をよそに、少女は両手を広げたほどの長さがあるマシンガンを抱えて、天井のハッチを開ける。

「ちょ、数が数だぞ。出ないほうがっ」

「ここには防弾版が一応あるんですよ。それに、これが仕事ですからね」

 迷彩服の少女は天井からぶら下がる籠のように一段高くなった場所に上ると、一段装甲板の隙間から銃身を出す。

 丁度計ったかのようなタイミングで軍用アンドロイドたちの構えた多種多様な銃が火を噴き、装甲車の車体から、そして車体の上に建てられた装甲板から火花が散る。

「道の真ん中に立ったら危ないですよっ」

 呼応するようにアリソンも引き金を引き、薬莢とベルトリンクがぱらぱらと足元に溜まる。

 どかどかどかっ、と放たれた大量の弾丸はまっすぐ進行方向正面に飛んで行き、第一射で4機がガラクタと化す。が、

「あと2機っと。あ、いやっ!?まずっ」

 もう一度引き金を引こうとした少女が、慌てて屈んで頭の上のハッチを閉める。ワンテンポ遅れて、ハッチと連動した機構で支えられていた装甲板が重力にひかれて倒れる音が社内に響く。

「まずいって何が!?」

「軽戦闘車型の砲塔がこっちを向いたんです。あれの20ミリの機関砲の前では上にある装甲板なんて段ボールと変わらないんですよっ」

 つぎの瞬間。車体を叩く弾丸の音が一回りか二回り大きくなり、8つあるタイヤのどれかに被弾したのか、車体が大きく揺れる。

「残りの歩兵型は2機です。軽戦闘車の方は今の私たちにはどうしようもないので突っ切ってくださいっ」

「りょうかい。アンドロイドを跳ねるからちょっと揺れるぞ。掴まっとけっ」

モーターの唸り声が大きくなり、装甲車の速度が上がる。

「掴まるってどこにっ」

「天井の手すり!」

 白亜が尋ねて少年が叫んで、それとほぼ同時に先ほどまでとは比べ物にならない衝撃が装甲車を激しく揺らす。

「とにかく射線を切ってください!正面以外からあれに撃たれたら装甲も抜かれます!」

「らしくなってきたじゃないか、分隊長」

「まだ続いてたんですか、それ」

 アウトリッジがハンドルを切ると装甲車はドリフト気味に右折し、崩れかけたマンションの陰に入る。

「これで射線は切れたはずだ。ほんの少し遠回りになるが、これは大した問題じゃない」

「全く、運が悪いですよ。よりによってあの規模のリーパーとすれ違うなんて」

 籠状の踏み台から降りて、座席に座ったアリソンが心底嫌そうに言って、マシンガンを床に置く。

 緊張が解けたせいか、皆静かだった。

 だから、聞こえててもよかったはずだが、タイヤの立てる雑音か、はたまたモーターの駆動音のせいか、はたまた音に全く気を配っていなかったのか、それに最初に気が付いたのは操縦席のアウトリッジだった。

「なあ、この中にだれかおみくじで大凶を引いた奴はいないか」

「どういうことですか?」

 少年はてっきりまた暇つぶしの話が始まったのかと思った。確かに、続く一言はある意味、暇をきれいさっぱり吹き飛ばしてくれるものだった。ただ、一緒に少年たちまで吹っ飛びかねないものだったが。

「前方にリーパー多数。歩兵型、軽戦闘車型共に数えきれないくらい。正直に言って、生まれてこの方見たことがない規模だ。しかも、あいつら何かと戦闘してるぞ」

 先ほど以上の緊張感が場を満たす。最初に動いたのはアリソンだった。

「リーパーの交戦対象は彼らから見て私たちとは逆にいるみたいですね。全機こちらに背中を向けています」

 素早く防弾板を立てて装甲車の上から身を乗り出した迷彩服の少女が叫ぶ。

 その手には先ほどまでのマシンガンではなく大きな双眼鏡が握られており、それで肉眼ではよく見えない無人兵器たちの様子を確認している。

「交戦しているのは何か分かるか?同士討ちか?」

 操縦席でハンドルを握るアウトリッジも、はっきりと聞こえるようになってきた銃声と爆発音に負けないように声を張り上げる。

「これ、視界が揺れて酔いそうだから嫌なんですよ」

 愚痴を言いながらも再び双眼鏡を目に当てるアリソン。

「えーっと、いえ、人間ですね。軍服からしてタロスの正規軍です」

「そういうことか。アリソン、戻っていいぞ」

「そういう事って、どういうことですか」

 ハッチが閉まって少し静かになった車内で、操縦席の方に尋ねる少年。

「つまりは、俺たちの予想は見当はずれれもいいところだったって事さ。確かに、タロスは戦争の準備をしてたし、現在進行形で戦争をしてる。ただ、その相手は人間じゃなくって、数世紀前の人間が残した無人兵器だったってわけだ」


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