第24話 手掛かり


 少女が目を覚ますと、まず視界に飛び込んできたのは微妙に見慣れない天井だった。

 少し考えてから、自分が自室の隣の部屋で意識を失ったことを思い出した。

 妙に重たい体を動かして上体を起こすと、薄暗い部屋の様子が分かるようになる。

 足元の方には、様子を見ていてくれたのだろうか、椅子に座って舟を漕ぐ少年。灯りは豆電球だけで、部屋の外の物音が妙に鮮明に聞こえる。

(あぁ、まだ死んだ訳じゃなかったんだな)

 そう思いながら何となくベッドに手を置くと、ぐにょりとした感触があった。すこしぐらぐらする頭を動かして目を向けると、溶け切った保冷剤とそれを巻いたタオルが枕元に落ちていた。

 こくりこくりと舟を漕ぐ少年を起こすべきか否か。迷っていると、軽い足音と共にと部屋の扉が開いて電球のようなオレンジ色の光がその隙間から差し込んだ。

「あ、起きたんですね。よかったです。あれからちょっとした大騒ぎだったんですから、安静にしててくださいよ」

 細く開いた隙間から部屋の中に入ったアリソンはそう言うと、パチリと音を立てて部屋の電気をつける。少女は眩しさに思わず目を細め、

「ん、あ、お前、大丈夫なのかっ!?」

 急に響いた少年の声と椅子の音にびっくりして目を見開き、目に明るい光がささって反射的に手で目を覆う。

「病人のそばであんまり騒がないでくださいよ」

「あ、いや、わるい」

 はあ、と溜息をつきながらアリソンは新しい保冷剤を巻いたタオルを少女に手渡して、

「お二人も呼んできますね。あなたも話すことがあるって話でしたし」

 少年の方を一瞥してそう言うと、部屋から出て行った。

「……どう、体の調子」

 椅子を寄せて、少女のすぐ脇に座った少年が言う。

「機械の方は問題ないよ。けど、残りの方はあんまりよくないかな。なったことは無いけど、インフルエンザにでもかかったみたいな感じ」

 そういう少女は、先ほどのタオルを首にかけて、ベッドの上で壁にもたれかかっていた。

「……ごめん」

「ちょっと負担が溜まっただけで、しばらく休めば治ると思うからそんな気にしないで。風邪みたいなものだよ」

「楽観的過ぎた。なんだかんだで、体に影響が出るのはまだ先の事だろうって思ってた。最初にここに来た時に、グラディスさんに事情を話して協力を仰ぐべきだった。そうすれば、こうなる前になんとかできたかもしれないし、手がかりくらいは手に入ったかもしれない」

「けど、そうしなかったのはレイなりの私への心遣いがあっての事でしょ。なら、私は気にしないよ」

「けど、結果的には間違いだった」

「いつこうなるかなんて私自身にも分からなかったから仕方ないよ」

「だからって納得できるほど論理的にはなれないよ、俺は」

「……どうするの、これから」

 少女はそう言うと体の向きを変え、少年の方を向き直る。

「白亜がいいのなら、事情を三人にも説明する。それで何か情報が無いか聞く。あの三人に聞いて何も情報が無ければ、多分ここではそれ以上の情報は手に入らないから他の街に行く。これ以上のんびりはしてられない」

 白亜がいいのなら。答えが分かり切った前提。この期に及んでそんな言葉を挟んでしまう、つまりはよくないという答えを期待してしまう自分が、どこかにいる。彼女と共有する秘密を自分たちだけのものにしたい、そう願ってしまう自分がどこかにいる。そのことが、少年にとってはたまらなく気持ち悪い。

「私は構わないよ」

 その言葉にほっとできる自分に安堵しつつ、少年は言葉を絞り出す。

「ごめん」

「だから私は気にしてないって。これからそのセリフは禁止。私を助けたいなら、しゃきっとして」

 丁度少女がそう言って少年の肩に手を置いた時、部屋の扉が開いてアリソンを先頭に三人が入ってきた。

「入ってよかったかしら」

「大丈夫だよ」

 そう言ってベッドの端による少女。

 アリソンがその隣に座り、アウトリッジは床に胡坐をかく。最後に入ってきたグラディスは空いていたもう一つのいすに腰掛ける。

「全く、最初は脈がないだの死んでるだので大騒ぎだったんですよ。葉ノ月君に言われて右手でとったら普通に脈があっておおよその事は察しましたけど、心臓に悪いですよ」

「その辺の事も含めて、一から説明します。ちょっと長くなりますけど、聞いてください」

 そう言った少年の顔に、先ほどまでの陰りはみじんも残っていなかった。



「要するに、サイボーグってことかしら」

「その表現は好きじゃないんだけどね。間違ってはいないよ」

 「方舟」よりもいくらか進んだ技術が残っているせいか、三人の飲み込みは思ったより早かった。

「で、その機械の体の方が、生身の体の方に負担をかけ続けた結果が今の状態ってことか」

「そういう事です。白亜が言うにはしばらく休めば治るそうですが……」

「根本的なところをなんとかしない限り、解決したとは言い難そうですね」

 ベッドに腰掛けたアリソンが言い、他の二人も頷く。

「にしても、機械の体、ね。義肢程度ならこの街でも珍しくは無いのだけど」

「そうなんですか?」

 ぽつりとグラディスの言った言葉に、食いつくように尋ねる少年。

「まあ、リーパーとの戦闘や他の街との小競り合いで手足を失う奴は稀にいるからな。そういう奴らは、本人が望めば義肢を装着して現場に復帰するのさ。俺の祖父も義肢の技師だったし、知り合いのスカウトにも義肢を着けてるやつはいる」

「だったら、」

「今のこの街の義肢は、せいぜい節電義肢です。見た目は人の四肢そのものですし、生身の体みたいに動かすこともできますが、動力は電池ですし、力も人並みです。白亜さんの体のような高度なものではないんですよ」

 遮るようにアリソンが言う。

 グラディスも椅子に座ったまま腕を組んで、

「腕と足だけならまだしも、胴体の方も一部機械と言われると、難しいわね。白亜さんも、正確にどこまで機械なのかは把握してないのよね」

「そうだよ。元から知らないのか、私が忘れちゃっただけなのかは分らないけど」

「それもです。機械の体はまだわかりますが、脳に機械を繋ぐなんて聞いたこともないですよ。一体どこにそんな技術が残ってるのか知りたいくらいです」

 そう言うとアリソンはため息をつく。

「一応、対処療法的にはなるけど、ここの病院で生身の体の方の治療をして負担を軽減するっていう方法もあるわ。けど、そういう事じゃないのよね、多分」

「いつまでもここにいるわけにもいきませんし、それじゃあ根本的な解決にならないので」

 顔に手を当ててそう言うと、少年は少し考えてから、

「そういえば、地下試験都市って、ここ以外にもあるって言ってましたよね」

「あるわよ。全部で7つ」

「その中に、義肢とか人工臓器の技術に長けた街ってありませんか」

「……あるわよ」

 やけに歯切れが悪いな、と思いつつ少年は尋ねる。

「それって、なんていう街ですか」

「タロスよ」

 どこかで聞いたことがあるような、と思った少年だったが、その答えはすぐにわかった。

「今、フォルテナが、正確にはフォルテナを含む6つの地下試験都市が、交戦の準備をしている街ですね」



「宣戦布告や最後通牒のような物があったわけじゃないのよ」

 代表としての仕事や立場を思い出したのか、憂鬱そうな様子でグラディスは言う。

「むしろその逆。きれいさっぱり音沙汰なし。ただそれだけならこんな大ごとにはならないのだけれど、あの町は連絡が途絶える前に武器を他の街から買い込んだり、資源を買って増産したりしていたのよ」

「加えて、陸路でタロスに向かった隊商がことごとく消息を絶っているんですよ。十数人規模の武装装甲車列がことごとくです。リーパーのせいで危険な道中とはいえ、偶然で済ませられる域を超えています」

「んで、まあそっから戦争の準備をしてるんじゃないかって想像するのは自然な流れだ。情報の隠蔽も、意図せずに起こるレベルじゃない」

 まるで打ち合わせでもしたかのように、綺麗にリレーで説明をするフォルテナの住民三人。

「軍には飛行機があるって言ってたよね。それで空から様子を見ることはできないの?」

 体調が落ち着いてきたのか、普段の活発さを少しづつ取り戻しつつある少女が言う。

 尋ねられたグラディスは肩をすくめると、

「確かに飛行機はあるわよ。けど、燃料がそんなにないのよ。だから無暗には飛ばせないし、そもそも飛ばせたところでタロスもここと同じ地下都市だから、空から見ても何もわからないわ」

「決定的な証拠がある訳じゃないですけど、状況証拠はしっかり揃ってしまっているんですよ。それで、今やタロスを除く6つの地下試験都市はタロスが戦争準備をしていると断定し、臨戦態勢を整えているんです」

「備えあれば患いなし、っていうのは大昔から言われているからね。私だって戦争がしたいわけじゃないけど、こうするしかないのよ」

 はあ、と大きな溜息をつくグラディス。代表としての彼女の心労は計り知れないが、少年にはそれより気になることがある。

「それで、臨戦態勢っていうのはタロスに攻撃をかける準備ってことですか」

「そういうわけではないわ。どの街もあんまり余裕が無いのは同じだからね。基本的には、攻められたときに確実に防衛できるようにするための準備。だからあちらが手を出すまではどの街も動かないはずよ。けど、逆に言えば一度あちらが攻撃をすれば、他の街は一斉にタロスを攻撃するでしょうね。そうしたら、フォルテナだけ参加しないわけにはいかないわ」

「じゃあ、とにかくこちらから仕掛ける予定はないんですね」

「まあ、そうね」

「なら、俺たちがタロスに向かってもいいですか」

「そういうとは思ってたわ。もちろん、私としては止める理由もないわよ」

 そう言うとグラディスは一回言葉を切り、

「けど、あなた達がタロスへ行くのなら、一つお願いしたいことがあるの」

「なんでしょう」

「タロスの都市代理人に、私からの文書を届けてほしいのよ」

「おい、それって」

 アウトリッジが腰を浮かすが、グラディスにそれを気に留める様子はない。

「そう。陸路を行くなら武装するのは必須になるけど、武装した状態でタロスを尋ねたらそれが引き金になりかねないのよ。だから、今まで正規の軍人であるスカウトを使者に立てることは出来なかったの。けど、あなた達みたいな旅人なら武装していてもどこの街にも属してないから戦争の引き金を引く心配はないのよ」

「旅人って言って納得してもらえるんですか、それ」

 少年の質問に、アウトリッジは肩をすくめて、

「この時代でも、地下試験都市の外で暮らす変わり者はごく稀にいるのさ。大抵は長生きしないけどな」

「タロスで捕虜にされたりする危険が無いとは言い切れないし、あなた達を体よく使う形になってしまうのは申し訳ないけれど、ここの代表として私もこの街のためにできる限りのことをしなくちゃいけないのよ。その代わりに車と運転手は用意するし、途中までは護衛もつけるわ。あなた達だけじゃあ、道も分からないでしょ。お願いしていいかしら」

 少年の目をまっすぐ見つめて、金髪の都市代理人が言う。

 答えたのは少年ではなくワンピースの少女だった。

「捕まった時は力づくで逃げ出してきてもいいのなら」

 そしてベッドからおもむろに立ち上がると、

「ただ、命の危険があると感じたら、私たちの身を最優先にするよ」

 そう言って少年の肩に手を置いた。

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