第八章 後悔しない道 ~A Ray of Hope can Easily Blocked, and Seldom light yourself~

第26話 戦争

「どうするんですかっ」

 いよいよ大きくなってきた銃撃音と爆発音の中で、少年が声を張り上げる。

「このまま突っ切るぞ。こうなったら俺たちが遠慮する理由もない。このままタロスの入り口までノンストップで走り切る!」

「なら、私が上から邪魔な奴らを排除します」

 マシンガンを掴んで踏み台の上に登ろうとするアリソンを、アウトリッジが呼び止める。

「いや、それはいい。防弾板だってどこまで持つか分からないし、間違ってタロスの兵士に流れ弾が当たったら面倒だからな。それより、勢いがついた装甲車で撥ねた方が確実だ」

 モーターが唸るような音を立て、操縦席のメーターが時速90キロを示す。

「さっきよりも揺れるぞ。舌噛まないように口閉じとけ!」

 背後からの接近に気が付いた軍用アンドロイドが一斉に射撃を始めるが、装甲車の装甲にことごとくはじかれる。

「掴まっとけっ」

 直後、連続する衝撃と共に何かがぶつかる音が連続して響き、機械を踏み砕く鈍い音と共に車体が上下に激しく揺れる。

「人を轢いた時ってこんな感じなんでしょうね」

「気持ち悪くなるようなこと言うなよっ」

 小さな窓から僅かに見える外の景色は、悪夢のような物だった。

 大量の軍用アンドロイドと無人の装甲戦闘車が並び、そのからだに未だに赤い返り血をこびりつかせたものもいる。茶色い汚れも長い年月による土汚れだと信じたいが、いくらかは乾ききった血液だろう。

 幸い、無人兵器の集団にそれほどの厚みは無く、アンドロイドの壁に勢いを殺される前にそこを抜ける。

 しかし、ほっと一息つく間もなく、別の問題が現れる。

「やばいぞ、このままじゃあタロスの兵士まで轢いちまう!」

 止まれば後ろから滅多打ちにされることは容易に想像がつく。だが、止まらなければ人を撥ねかねない。

 喉が干上がったように感じる少年だったが、アリソンがすぐに動いた。

 装甲車の座席の下にあった箱から缶コーヒーほどの大きさの筒を取り出すと、一緒に取り出した銃身の太い拳銃のようなものの銃身を根元から折り、先ほどの筒を込める。

「そのまま突っ込んでください。彼らは私が何とかします」

 天井のハッチを開けてそこから頭を半分ほど出して様子をうかがうと、グレネードランチャーを斜め前の空に向けて引き金を引く。

 ぽん、という予想外に軽い音と共に装填された筒状の弾頭が発射され、装甲車の進行方向を盾を地面に刺して一列になって塞ぐ兵士たちの真ん中に落下する。

 放物線を描いて飛来する弾頭を見た兵士たちが蜘蛛の子を散らすように去っていき、少し遅れて、その弾頭から霧のような、けれどそれより圧倒的に濃密な白色の煙が噴き出る。

「よくやった!」

 そのまま残された盾を弾き飛ばし、スモークを引き裂いてタロス軍の防衛線を突破する装甲車。人間側にはさほど兵力がないのか、無人兵器を迎え撃つ部隊はその一列だけだった。

「にしても、こりゃどういうことだ。無人兵器と人間が組織的に戦うなんて、大戦以来起きてないはずだぞ」

「さっぱりわからないですよ。とにかく、タロスにつくのが先決ですね。街の中ならまだ安全でしょうし、使者という立場の私達ならタロスの都市代理人から直接話を聞くこともできるはずです」

「一応、俺たちはただの運転手と護衛で使者はそこの二人なんだけどな」

「いいじゃないですか、アポとってるわけでもないですし。なんなら白亜さんたちも軍の人間って事にしちゃってもばれませんよ」

 道中、補給用と思われる装甲車とすれ違って乗っている兵士から怪訝な目を向けられたりもしつつ、今度は無人兵器と遭遇することもなく順調にタロスに近づく。

「まあ、そう言うことはついてから考えてもいいだろう。見えてきたぞ。タロスの門だ」



「フォルテナからの使いだ。俺はフォルテナ自衛軍第二偵察隊所属のスカウト、アウトリッジ・コルト」

「同じくフォルテナ自衛軍、特別独立小隊のアリソン・ヘンソン上等兵です」

「フォルテナ都市代理人グラディス・ニューポートからの文書を預かっている。タロスの都市代理人に会わせていただきたい」

 装甲車から降りるなり、軍人の二人は門に詰めていた守衛に向かって一方的にまくしたてる。胸元から引き出して見せている小さなものは、おそらくドッグタグか何かだろう、と窓越しにそれを見ながら、少年はぼんやりと考える。

 守衛は慌てた様子で詰所の中にある無線機のような物を手に取り、話しかけた。

 恐らく、確認を取っていたのだろう。少しすると、門の中から一台の車が出てきて、アリソンとアウトリッジが車内に戻ってくる。アウトリッジは直ぐに操縦席に座ると、

「案内してくれるそうだ。君たちの存在については話したが、素性については伏せてある」

 先導するバギーのような車に続いて、少年たちの装甲車ものろのろと動き出す。

街の中は、フォルテナとほとんど変わらなかった。ひょっとしたら、基本的な構造は同じなのかもしれない。

 ただ、少年から見てもすぐにわかる大きな違いがあった。大雑把に言うと空気が違った。街並みにフォルテナのような活気はなく、閉じている商店も少なくない。時折通る車も、乗用車と軍用車の比率が2対1くらいで、殺伐とした印象をぬぐえない。

 途中、フォルテナの車庫にもあった歩兵戦闘車とすれ違う。明らかに街並みから浮いている異質な巨体だが、道行く人は立ち止まるどころか目を向けることもなく素通りする。

「いかにも戦時中って感じだね。嫌な感じ」

「まだ人と人じゃないだけいいほうですよ。まあ、私もこんな状態の街を見るのは初めてですけど」

 天井のハッチの淵に腰掛けて街の様子を眺めていたアリソンが言う。

「まあ、これがこの街の本来のあるべき姿でもあるんですけどね」

「どういうこと?」

「もともと、大規模なシェルターであり、なおかつ核や生物兵器、化学兵器にも耐えうる軍事拠点みたいなものだったらしいんですよ、地下試験都市っていうのは。だからこそここに避難した人間は生き残ったわけですし、今も私たちが生きていられるんですよ。不思議に思いませんでしたか。なんで試験的な地下都市に、大戦当時に比べればごく小規模ですけどこんな本格的な軍隊を維持運用できる能力があるのか」

 そこまで言ったところで、するりと車内に降りて迷彩服の少女は続ける。

「それが無ければ街同士の紛争も起こらないのに、と思っていましたけど、そうだったらきっとタロスはもう落ちていたでしょう。人間が攻めてくるかもと思ってたからこそ、予想外のリーパーの襲撃にも耐えられた。素直に喜んでいいものか迷いますね」

「俺たちのいた方舟だって、海上だから無人兵器の危険はないのにどこも多少は武装してる。結局、他に人間がいる限り丸腰にはなれない生き物なんだろ」

「うん。もし非武装の街ができるとしたら、多分それは人類最後の街だけだと思うよ」

 白亜がそう言ったところで、ちょうど車が止まった。

「着いたぞ。この建物がここの行政府庁舎らしい。なにかここの代表に聞きたいことがあるなら、今のうちに考えておけ」



 執務室までの道のりは、内装は少し異なるものの基本的には同じだった。これなら案内が無くてもこれたな、と思いながら少年はスーツ姿の案内役の男性についていく。もちろん、他の四人も一緒である。

 案内の男性はフォルテナの物より重厚感のある木の扉の前に辿り着くと、軽くノックをして声を張り上げる。

「フォルテナからの使者をお連れしました」

「……お入りください」

 少し間をおいて扉の向こうから返事があり、内側から扉が開かれる。

 中で待っていたのは灰色の髪の老人だった。いや、老紳士といった方が的確か。きっちりとスーツを着込み、灰色の髪も丁寧に整えられていて貫禄さえ感じさせるが、その表情からは隠しきれない疲れがにじみ出ている。

「わざわざご足労頂き感謝します」

「こちらこそ、突然の訪問にも関わらずお時間を取って頂きありがとうございます」

 場所は同じでも用途は違うようで、こちらの部屋は応接間と呼ぶのがふさわしい、大きな机とその両側に沢山の立派な椅子が置かれた空間だった。

 案内の男は外で待たせ、老紳士はゆっくりと椅子に腰掛けると、アウトリッジたちにも腰掛けるよう促す。

「では、改めて。私がここタロスで都市代理人をしているマインハルト・クレメンスです」

「フォルテナ自衛軍第二偵察隊のスカウト、アウトリッジ・スカイホーク・コルトです」

「同じくフォルテナ自衛軍、特別独立小隊のアリソン・ヘンソン上等兵です」

 ドックタグをちらりと見せて、二人が名乗りを済ませると、マインハルトと名乗った老紳士は少年たちの方に目を向け、

「そちらが、話にあった民間人の方ですか」

「……8番アーク所属の探索者、葉ノ月澪と言います」

「その相方の、白亜です」

「8番アーク、ですか」

 怪訝そうに尋ねるマインハルトに、少年はまっすぐその目を見て答える。

「この地下試験都市群の外にある人類の生存圏、「方舟」から来ました」

「やはり、ここだけではなかったのですね」

 目を細めたマインハルトの答えは、少年にとって意外なものだった。

「知っていたんですか?」

「いえ。そのような生存圏の存在すら知りませんでしたし、正直ここ最近で一番驚いています。けど、あるのではないかとは思っていました。地球上で大戦を生き抜いたのが我々の先祖達だけだと考えるより、その方が自然でしょう」

 秘書のような男が持ってきたガラスのコップに入った紅茶を一口飲んで、アウトリッジが切り出す。

「お時間もあまりないでしょうし、本題に入っていいでしょうか」

「そうですね。まずはやるべきことを済ましましょう」

 アウトリッジの目配せを受けて、少年が預かっていた封筒を机の上に出す。

「こちらがフォルテナの都市代理人、グラディス・ニューポートからの親書です」

 そこまでいったアウトリッジはいったん言葉を切り、

「が、内容については見当はずれなので無視していただいて結構です」

「と、言いますと」

「タロスからの一切の連絡が途絶し、タロス付近で消息を絶つ隊商が相次ぎ、加えてそれ以前に軍備増強の動きがみられていたことから、6つの地下試験都市はタロスがどこかしらへの侵攻の用意をしているものと考えています。なので、その親書の内容はそれを前提としたものですが、どうやらその前提自体が的外れもいいところなようですので」

「やはりそう捉えられていましたか」

「見たところ、無人兵器群、通称リーパーと大規模な戦闘状態にあるようですが」

 マインハルトはグラスに入った紅茶を一気に半分ほど飲み干してから、

「時系列順に順を追って説明します。まず、半年ほど前からこの街付近での無人兵器の活動が活発化し始めました。それに伴い、もともと他の街に比べて軍備が小規模だったこの街は必然的に武器弾薬を増産または輸入する必要が出てきました」

 グラスの脇に置いてあったボールペンを手に取り、マインハルトは続ける。

「そこまでならいつもの事です。ですが、その規模が大きくなり、そろそろ外部への説明が必要になり始める時期に、ひときわ大きな無人兵器群がこの街を包囲したんです。今まで残骸しか見なかった戦車型も確認されています。そして同時期から、妨害電波か何かの影響で、外部との通信も途絶しました。ご存じの通り、大規模な集団戦闘が行われなくなって久しいので、電子戦装備などは残っていませんし、そのような技術もとっくに失われています。我々にはこの街に立てこもってかろうじて増強した兵力で防衛線を張ることしかできませんでした」

「直接、他の街へ援軍を要請することは出来なかったんですか」

 アリソンの質問に、老紳士は席を立って裏紙を取ってくると、それに小さな点をいくつか打つ。

「これが、この街の地上へと通ずる門です。そして、これが我々が使う主要な道です」

 ボールペンのかつかつという音と共に、道を示す曲線の上に次々とバツ印を示す。

「現状、主要な道はすべて無人兵器群によって封鎖されています。これらの道は、正面からの突破は不可能です。封鎖部隊の軽戦闘車型が恐らく大戦当時の対戦車兵器を装備しているため、我が街の保有するどの装甲車両でも撃破されます。実際に、ここを突破しようとして今までに歩兵戦闘車3両が回収不能になり、虎の子の戦車1両が大破して現在修理中です。兵力を集めて一点突破を掛ければ突破できるかもしれませんが、それをやったら戦線が崩壊します」

「では、どうするつもりだったんですか。戦闘でスカウトによる遺跡からの資源回収が滞れば、遠からずこの街自体が回らなくなるはずでは」

「賭けみたいな物ですよ。あなた方、残り6つの地下試験都市が同じような状況で無ければ、状況からしてこの街が戦争準備をしていると判断する。これは、こちらでも想像していたことです。なので、どこかしらの街が軍を派遣してくれるのを待っていました。この街を叩くための軍でも、それが背後から無人兵器群を突いてくれれば我々にも勝機があります。誤解はそれからゆっくり解けばいい。現に、あなた方は背後からあの包囲網の突破に成功したのでしょう」

「つまり、この街に入ったはいいものの出られない、ってことですか」

「申し訳ないですが、そうなりますね」

 あからさまに肩を落とすアリソン。

「空路は使えないんですか。もしくは、封鎖している無人兵器に対する航空攻撃とかは」

 間を置かずに少年が言うが、マインハルトは肩をすくめると、

「確かに、偵察機はあります。が、地下試験都市群間の取り決めで対地攻撃能力は持ってません。ここだけの話、改修すれば一晩で付与はできますが、そもそも飛ばせる人間がいないんですよ。今や整備で金を持っていくだけの置物状態です」

 重たい沈黙が場を満たす。

 沈黙に耐えかねた少年が話を変えようとしたその時、今まで黙っていた白亜が口を開いた。

「無人兵器群が街を包囲したって言ってたよね。それって、前にもそう言うことはあったの?」

「私が知ってる限りでは初めてですよ。そもそも、数百年前に主を失った無人兵器が組織的な行動をしているだけで驚きです」

「その理由、心当たりがあるよ」

 少女とほぼすべての行動を共にしてきた少年にとっても意外な言葉だったが、はっきりと言い切っるその口調にはそういう疑問を覆い隠すだけの自信のような物が滲み出ていた。

「戦車型がいるっていう話だったよね。多分、それが彼らの指揮統制をしてる。レイも覚えてるでしょ、研究所みたいな廃墟にいた擱座した戦車型。あれにとどめを刺した後から、妙に統制だってた無人兵器たちがばらばらに動くようになったでしょ」

「確かにそうだけど、それだけじゃあ根拠としては弱くないか」

「この話を聞いて思い出したの。いや、見つけたって言った方が正しいかな。自分でも驚いてるんだけど、どういうわけか、私はその戦車型の無人兵器についての情報を知ってる。いつ、どういう経緯で知ったものなのか、何で知っているのかは分からないけど、間違いがないはずだっていうのは分かるの」

 そこまで言った少女はマインハルトの方を向き、

「戦車型の無人兵器はパッケージ、つまり無人兵器群の通常の装甲戦闘車シリーズの中では最上位のモデルで、唯一指揮統制機能及び長距離通信機能を備える。そのため装甲は他の装甲戦闘車シリーズより圧倒的に厚く、主砲は信頼性に優れる中口径レールガンを採用。加えて偵察機型とリンクして電子戦を行う機能も有している」

 まるで辞書を読み上げるようにすらすらという少女に、誰一人として口を挟めなかった。

「だから、戦車型をなんとかすれば他の無人兵器は統制を失う。そうすればもう包囲は自然と解けるはずだよ」

 誰もが情報を処理しきれない中、最初に口を開いたのはマインハルトだった。

「確かに、そのような仮説は前にもありましたし、知らない情報も多かったですがあなたの言う戦車型の特徴というのも現状や我々の知識と矛盾はないので不確かな情報と一蹴するわけにはいかないでしょう。けれど、それをしようにも戦車型の確認報告があるのは倒壊した建物の多い地域。大規模な兵力は投入できません」

 淡々と述べるマインハルトの言葉が切れるのを待ってから、少年は少女に小さな声で話しかける。

「なあ、それ以外の事は思い出したりしてないのか?」

「なんにも。見つけたのはさっき言ったことだけ。大海原に浮いた島みたいにあれだけぽつんと頭の中に現れた」

 白亜の事情を知らないものからすれば明らかに不自然な会話だったが、無用に干渉しないことにしたのか、はたまた聞こえなかったのか、マインハルトは腕時計を見ると、

「とにかく、皆さんお疲れでしょうし、宿泊場所はこちらで用意しますのでいったんお休みください。私もこれからすることがありますので、申し訳ありませんが詳しい話はまた明日、ということで」

 そう言って席を立った老紳士を、少年は慌てて呼び止める。

「一つ、お伺いしてもいいでしょうか」

「なんでしょう」

「この街の、義肢もしくは代替臓器の技術者を紹介してはもらえないでしょうか」

 老紳士は、理由を問うことは無かった。

「構いませんが、今は行政府からの依頼で負傷者の手当てに専念してもらっているので、通常の業務は停止していますよ」

「会わせていただくだけでもいいので」

「なら、事務所の住所だけ伝えておきます。これは公表されてるものなので」

 そう言ってマインハルトが書き留めた紙を受け取った少年は、それをしっかりとポケットに仕舞ったのだった。


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