第二章 終末世界と機関銃 ~Bullets in the Perished World

第06話 地下施設

 海から数キロほど内陸に入った場所だった。

 そして、地面からも10メートルほど潜った場所だった。

「うわぁ、なんかこう、いかにもって感じだね」

 いつもとは違って左肩に銃身の長いベージュ色の狙撃銃をかけた少年と、こちらはいつものようにワンピースにフライトジャケットを羽織っただけの少女の前にあるのは、背丈の三倍はあろうかという高さのひしゃげたシャッター。

「まさかまだこんなとこが調べられずに残ってたとはな」

 あれから三日ほど。せっかく探索の相方ができたんだし、久々に一人では行きにくい未探索のエリアにでも行ってみようかと少し足を延ばしたのだが。

「文明時代の地下施設ってところか?」

「なのかな。まあ、とにかく入ってみようよ」

「そうだな」

 ひしゃげたシャッターの隙間をくぐるようにして、少年、そしてその次に少女という順番で中に入っていく。

 ライトをつけると、ぼんやりとだが中の様子が浮かび上がった。

「これって……」

「ああ。多分普通の地下街とかそういうのじゃなさそうだな。むしろなんというか……」

「軍か何かの施設だったみたいな感じがするね」

 二人の目の前に広がるのはただっぴろい空間。ただ、何もないわけではない。

 雨がしみてきたのか、ところどころ水たまりができたコンクリートの床の上には、たくさんの軍用車両が並んでいた。幌付きトラックや四輪駆動と思われる自動車、果てには用途が良く分からない車両まで。

 そして、そのほとんどが、まともな状態では残っていなかった。200年以上の年月の中で朽ち果てたのか、タイヤが外れてつぶれているもの。上に載っていたと思しき何かが滑り落ちて、付近一帯の車両を圧し潰しているもの。人の手によって破壊されたのか原形をとどめない鉄くずと化しているもの。どれも茶色い土埃に覆われていて、元の色すらわからない。

「壊れてないのはあるかな」

「これは無理だよ。動くのがあれば帰りは歩かずに済んだのにね」

「200年前の車なんて動いたところで怖くて乗りたくないけどな。なんか爆発とかしそうじゃない?」

「じゃあ壊れてないのがあったらどうしたの?」

「いや、壊れてなければ部品と装備とか取り放題でしょ。さすがにこの残骸の山から使えるものを発掘する気にはなれないけど」

 探索中に拾ったものを売って生計を立てている少年としては、捨て置けない問題なのだ。

「なるほどね。ま、きっとこの先にも何かあるよ。まだここは来たことがないんでしょ?」

「少なくとも俺の街の人間は、ね」

「なら何もないってことはないはずだよ」

 これで収穫がなかったら、帰り際にせめてこの残骸からだけでもとれるだけの物を取っていこう、と心に決めるレイ。

 まあ、少なくとも今はこのがらくたに執着する理由もないので残骸の隙間を縫って前に進む。

 監視カメラのようなものもあったが動いているわけもなく、汚れで覆われたレンズが二人を写すことはない。

 車庫のようなところを抜けると、壁に金属の扉があった。

「これで扉は開きませんでした、とかはやめてくれよな」

「それなら大丈夫そうだよ」

 少女は扉の前に立って息を整え、

「えいやっ」

 少女が絶妙に間の抜けた掛け声とともに扉に蹴りを入れると、扉は内側に向かってたおれていく。

「ほら、開いたよ。ドアの枠もボロボロになってるし、多分鍵もボロボロだったんだろうね」

「ありがと。けど、スカートで回し蹴りはいろいろと見えそうで心配なんだけど」

「短いスカートでもないし大丈夫でしょ。それに、中が見えたところで多分レイが期待してるようなものは見えないよ」

 にっ、と笑いながら少女は告げる。

 中に短パンでも履いてるのかな、と思う少年だったが、

「いや、期待してたわけじゃないよ」

 そこは否定しておかないと。さすがにここで変態認定は受けたくない。が、

「じゃあ見たくもないの?」

「見たくもないと言えば嘘になるけど」

「セクハラだー」

「ひどくない!?」

 機嫌のよさそうな声で笑う少女。

「安心して。別に見られてもそこまで気にしないから」

「いやそこじゃないんだって」

 そんなことを言いながら、目の前に姿を現した廊下に足を踏み入れる。

 やはり廊下の中にも光を失った機械の目が等間隔で並んでいた。

 暗いなか足元を照らしながら歩くと、すぐに廊下は直角に折れ曲がる。

 少女は後ろからついてきて不安げに少年の服の裾を掴んで、なんていうことはなく、むしろ先行して懐中電灯を片手にきょろきょろしながら廊下の脇にある部屋をのぞいて回っている。

「うーん、ここは無線室っぽいね」

「いや、パネルにそう書いてあるんだけど」

「バレちゃったか。まあ、とにかくこの部屋にはめぼしい者は無さそうだよ。ちょっと操作盤みたいなのがある以外はケーブルばっかりだね。地上にアンテナでもあったのかな?」

「無人兵器はいなかった?」

「いないよー。それに、いたらこんなにのんびりしてないって」

「そりゃそうだな」

 部屋から出てきた少女と一緒に、少年はその隣にあった部屋の扉を開く。

「ここは空調設備って書いてあったけど」

「まあ、見るからにそうだよね」

 往時は日の光が差し込んでいたであろう金属の格子でできた天井は200年の年月の中で植物や木の根に覆われ、室外機だったと思しき巨大な箱状の物の上には大量の土が積もっている。

 植物ごしに光が差し込んで地下にしてはうっすらと明るいが、あまり足を踏み入れたい部屋ではなかった。いつ上から土が降ってくるか分かったものじゃない。実際にこうしている間にもたまにぱらぱらと土が降ってきている。それに、

「ねえレイ、あれって何だと思う?」

「そっちの言い方に合わせるなら、パッケージの歩兵型、だよな。それも機能停止している。けど……」

 積もった土の上に倒れこんでいる3機の人型兵器。擱座した無人兵器自体は珍しいものではないのだが、

「レイも気づいたよね?あれの上にだけ、土が積もってない」

「ああ。つまり、三機が偶然同じところでつい最近擱座したんでなければ、」

「だれかあれを撃破した人がいるね。心当たりってあるの?」

「さっぱり。まあ別によその街の人がここにきていても不思議ではないから変なことではないんだけど、問題はその誰かが俺たちに対して好意的かどうかってところだ」

 少年としてはできればそうであってほしいのだが、こればっかりは祈る以外にはどうしようもない。

 音が出ないように、ゆっくりと部屋の扉を閉める。

「まあ、こっちだって二人いるんだ。話し合う余地もなくいきなり背中を撃たれる、なんてことはないと信じよう」

 こういう点、一人じゃないのは心強い。実際、一人でやってる探索者というのは死亡率が高いとかいう話はよく聞く。そしてその死因の三分の一ほどはほかの探索者との諍いなのだ。

 まあ、そうとは言っても襲われる可能性が怖いことに変わりはないので、

「なあ、拳銃の使い方ってわかるか?」

「わかるよ。けど、どうして?」

「一応これ持っとけ。あの無人兵器を撃破した奴がこっちを襲ってこない保証はないしな」

 そう言って少年はホルスターごと取り外した拳銃を手渡す。

 実際、所詮プログラムに過ぎない無人兵器より、敵意を持った生身の人間の方が、面と向かって鉢合わせたときの脅威度は高い。あの無人兵器の嫌なところは無差別に人を襲うところといくら倒しても長期的に見ると減る気配も弾切れを起こす気配もないところなのだ。

「貸してくれるって言うなら遠慮なく使わせてもらうよ。で、どうするの?引き返す?それとも奥に進む?」

「もちろん奥に行くさ。ここまで歩いてきたのを無駄足にはしたくないからな」

 二人の目の前には下に降りる階段。途中で折り返しているせいで、下までは見通せない。

 少年は背中側にかけていたライフルを前に回し、そのグリップをぎゅっと握りしめる。

 気を引き締める少年とは対照的に、少女はホルスターのベルトこそ腰に巻いたもののそれをフライトジャケットですっぽりと隠し、

「じゃあどんどん行こうよっ」

 と言うと迷いなく階段を下りていく。

 流石に少女を一人で先行させるわけにはいかないので、少年も後を追って小走りで階段を駆け下りる。

「どう?」

「ぱっと見た限り人はいないね。けど……」

「けど?」

「パッケージの歩兵がいくらかいるね。見えるだけで3機はいるよ」

 手元の光を消して、階段の角から顔だけ出して様子をうかがっていた少女が小声で言う。

 レイも懐中電灯を消してから角から通路の方をちらりと覗く。やはり誰かが先に通ったのかこの暗闇でも見えるほどの距離に何機かの残骸が転がっているものの、ふらふらと廊下を彷徨っている無人兵器がいた。

 暗闇の中でアンドロイドの頭部に点いた赤い光が浮かび上がり、かすかに周囲を照らしている。

「これじゃあ気づかれずにって言うのは無理そうだな」

「じゃあ」

 思いのほか近くでした少女の声に少し驚きながら、

「ああ、ここで引き返すようならこんな生き方はしてないさ。そこで隠れてて。三機なら何とかなる」

「いや、私も行くよ」

「危ないぞ?狭い廊下だから遮蔽物もないし」

「大丈夫。舐めないでよね」

 少女は慣れた手つきで拳銃を抜くと、右手でそれを握る。

「ケガするなよ」

 二人で目を合わせてから、タイミングを合わせて角から飛び出す。

 少年は片膝を立てるようにしてベージュ色の長い銃身の銃を構え、少女は一気に敵の方へ向かって駆け出す。

「まず一機っ」

 近いので丁寧に狙いをつける必要もない。

 銃身の先のライトで照らし出された一番奥にいる機体に大雑把に照準を定め、引き金を引く。

 破裂音と共に薬莢が舞い、胸部装甲を打ち抜かれた無人兵器は沈黙する。

 少年が一機を無力化する間に少女はもう一機の懐に飛び込み、無人兵器が引き金を引く前にゼロ距離で拳銃弾を叩き込む。

 自分の方に崩れ落ちてくる残骸を左足で蹴り飛ばした少女は、すぐさま残った一機の方へ向かう。

 が、その時には無人兵器は銃を構え終わっている。

「危ないっ」

 とっさに引き金を引いた少年の弾丸がアンドロイドのすぐ脇をかすめる。

 それで危険度が入れ替わったのか。

 少女から注意をそらすことには成功したものの、アンドロイドはその不格好な頭を回して少年の方に視線を合わせると、そちらの方に銃を向けなおして一気に走り出す。

「っ!!」

 もう一度引き金を引くが、弾は手ごたえ無く虚空を切り裂く。

 互いを左に見る形で無人兵器とすれ違った少女が反射的に蹴りを放つが、アンドロイドも身を躱し、彼女の蹴りは小銃を跳ね上げただけでその速度は変わらない。

 もはや銃身の長い狙撃銃では追いきれないと判断した少年は狙撃銃を持ち直し、銃を鈍器にして銃床でアンドロイドを迎え撃つべく身構える。

 距離を取って銃を撃たれるとまずい状況ではあったが、銃が壊れているのかアンドロイドは引き金を引く事なく突っ込んでくる。

 そしてアンドロイドが間合いに入った瞬間に勢いよく銃を振り切って。

 そしてその銃床は勢いよく空を切った。

 躱されたか、と次に来るであろう衝撃を覚悟して思わず身構える少年だったが、予想した衝撃は来ない。

 代わりに、目の前でつい先ほどまでこちらに突っ込んできていたアンドロイドが後ろ向きに引き倒され、あおむけに倒れる。

 その後ろから現れたのは拳銃を右手で持った少女。

「よっと」

 軽い掛け声とともに乾いた破裂音。人型兵器はあっさりと沈黙する。

 先程から見せていた機敏な動きと言い、今の切り返しの速さと言い、どうやらこの少女は見た目に寄らず武闘派らしい。

 下手に本気で怒らせないようにしよう、と少年はひっそり心に誓う。

 残骸をつついて撃破したことを確認した居た少女は立ち上がると、

「大丈夫?レイ」

「大丈夫。君は?」

「この通りぴんぴんしてるよ。けど、ひょっとしてレイってこういうとこで戦うのって苦手?」

「まあ、もとから戦闘は得意じゃないからな。この銃だった数か月ぶりに使うし」

「やっぱりね。威勢のわりに動きが微妙だったからもしかしたら、とは思ってたんだよ」

 そんなつもりはなくても、少女の何気ない指摘が少年の羞恥心をぐさぐさと刺激する。

 少年だっていい年をした男子なので、荒事慣れしていなさそうな少女を連れていると、こちらが戦わないとだとか、いいとこ見せたいだとか、思ってしまうものなのだ。

 結局ふたを開けれみれば、その連れの少女の方に心配されてしまう始末なのだが。

「まあ、それならこっから先は私が前衛をやるよ。レイは後ろから援護をしてもらえる?私も一人で三機以上を相手するのは厳しいし」

「じゃあお願いするよ。俺もできるだけの支援はするから無理そうなら遠慮なくいってくれ」

 ここで変な意地を張っているようでは、探索者稼業なんてやっていられない。自分のできる事を正確に把握する、というのも能力の一つだ。

「このフロアにいるのはこれだけみたいだね」

 拳銃を腰にしまった少女が言う。

「だろうな。ほかに居たら今の騒ぎで出てくるだろう。あいつらだって近くで銃声がしたら様子をうかがいに来るくらいの頭はあるみたいだし」

 一通りの障害を排除したので、フロアの探索に移る。二人で手分けして、部屋を一つづつ調べていき、使えるものがあれば回収できるだけ回収する。

 このフロアはもともと居住区画か何かだったのか、小さな部屋がたくさんある構造だった。食堂や会議室というプレートの付いた部屋もあったものの、そういった部屋は机といすがある以外は正真正銘の空っぽで、めぼしいものは残っていない。

 そしてベッドがぎっしり詰まったもはや物置のような寝室も、いわずもがな。崩れかけたベッドの金属パイプ以外には使えそうなものはないし、もちろんそんなものは嵩張って持って帰ることなどできるわけもない。

 最後の希望ともいえる部屋が調理室、と書いてあった部屋だったのだが、

「使えるとこだけきれいに持ってかれてるな。それもやっぱりつい最近」

「だね。あ、これって使えるんじゃない?」

「どれ?」

「これ。燃料電池だよ。それも大型の」

「あーいや、これ壊れてる。多分先客も壊れてるから置いていったんだろうな」

「えーせっかく見つけたと思ったのに」

 それでも広い調理室の中を手分けしてしらみつぶしに探していき、残っていたものは半分ほど残った水素のボンベが数本に小さな燃料電池が一つ。無いよりましなのは事実なのだが、ここまで歩いてきて危険を冒した対価としては物足りない。

「まあ、行けるとこまで入ってみるか」


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