第05話 見て見ぬふり
そして、とある海岸。
もうとっくに日は暮れていた。
「ん、ごちそうさま」
少年と少女は、月明りでかすかに照らされた砂浜で、焚火を囲んでいた。
焚火の周りには空になった缶詰が十個ほど転がっていて、そこに最後の一つが少女の手によって加えられる。
その後ろでは炎で照らされた水上機が闇の中に浮かび上がっていた。
わざわざ原始的に火を使うのは電気を無駄には使いたくないから。幸い、陸地なら燃料には事欠かないのだ。
「ずいぶん食べたな」
「いくらでも食べていいって言ったのはレイだよ」
「にしても、まさか俺の二倍以上食うとは思わなかった」
「それは不可抗力ってやつだよ。久々に食べたまともな食べ物だったからね」
そんなことを話しながら、空っぽになった缶を一つづつ回収していく。ここに捨てて言ったも咎める者はいないのだが、陸地を探索するものの間での暗黙の了解のようなものだ。
夕食も終わって手持無沙汰な少年は、空き缶で四段の平面ピラミッドを組んで遊び始める。そこに少女が寄ってきて、
「ねえ、最後にもう一つだけもらってもいい?」
少女の足が無意識に押しのけた砂で、三段目まで組みあがっていたピラミッドが崩れ去る。
少年も別にこだわりがあったりするわけでもなければ特に難しいことをしているわけではないのだが、完成目前で崩されると得も言われぬ悲しさがある。
「……いいけど、まだ食うのか」
「あとひとつだけ、ね」
「まあ構わないけど。はいよ」
崩れ去ったピラミッドに全く気付いていな少女は、少年が投げて渡した缶詰を両手でキャッチして左手で持ち直すと、
べきっ、とであった。
缶詰から鳴ってはいけない種類の音が鳴って、少女の左手の中で蓋も開けていない缶がくしゃりとひしゃげた。
幸い蓋が半分ほど開いただけで中身のパイナップルの輪切りはこぼれなかったが、問題はそこではない。
「……え?」
少年の思考が、文字通り止まった。
缶詰って果たして人が握りつぶせるものなのだろうか。しかも中身入りで蓋までついた缶。いや、これが筋骨隆々の大男とかならわかるのだが、どう見ても華奢な女の子が、だ。
「……レイも食べる?」
「あ、うん。っていや違うだろ、え、なに、缶詰ってそうやって開けるものだっけ?」
「いや、ちょっと力加減間違えちゃってね。まあ、こぼれなかったからオッケーだよ」
いやだからそこじゃないんだ、とパイナップルを食べながら思うが、かといって尋ねてもはぐらかされそうな気がした。
(……訳ありみたいだけど、無理に聞く必要もないか)
誰にだって人に言いたくない事くらいあるだろう。
少なくとも少女から危険な雰囲気はしないからよしとしよう、と少年は自分を納得させる。
そのあとは少女がまた何かを握りつぶすことはなく、平穏無事に時間が過ぎていき、交代で見張りをしながら眠ることになった。
少年にしてみれば何年振りかの一人ではない夜で、少女にしてみれば初めての落ち着いて寝られる夜だった。
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