第04話 探索
物陰を伝うように、少年が前、少女が後ろを向いて少しづつ歩いていく。
「あいつらがいたら声を上げずに教えてくれよ」
「わかってるけど、あれはほっといていいの?」
「あれ?」
少年が振り向くと、少女は空を指さして
「パッケージのドローン」
その先では、四枚のローターを持った手のひらほどの大きさの物体が宙に浮いている。
「ああ、それならほっといていいよ。どうせ武装はないから害はないし」
「確かにそうだけど……」
少年だってあれにずっと見られているのは落ち着かないから、少女の気持ちもわからないではないけれど、害がないのも事実なので気にしないようにしている。
それに、そこらじゅう、それこそ虫より多く飛んでいるドローンにいちいち対応していたら、時間がいくらあっても足りない。
「こっち」
そこから少し歩いたところにある建物の前まで歩き、壊れた窓枠を乗り越えるようにして中に入る。
少女も窓枠に手をついて難なく飛び越える。着地と同時に、少しだけ埃が舞った。
「暗いから、これ使って」
「懐中電灯?」
「そう」
「ありがと」
懐中電灯を受け取った少女は、ワンピースだから動きにくいだろうと思ってゆっくりと歩いていた少年を追い越し、軽快なステップで奥へと進んでいく。
「こういうとこには慣れてるのか?」
「まあ、気が付いてからはずっと廃墟の中を移動してきたからね。いやでも慣れるよ」
「食べ物とかはどうしてたんだ?」
「気が付いた時周りにちょっとした食料くらいはあったからね。それを食べてたよ。水はその辺の川とかで飲んでた。不思議なものだよね。人間がいないおかげで、川の水が飲めて、それで私が生きてるんだから」
足元に転がってる何か機械の残骸のようなものを、少年はいつものようにこじ開けながら、
「なあ、その気が付いた時って、どんな状態だったんだ?いや、言いたくなければいいんだけど」
「別に何か変わったものじゃないよ。目を開けたら周りは見覚えがない森で、周りには誰もいなかった。近くに転がってた箱を開けたら食べ物があったから、それを持って行った。食べ物とは言っても保存食とかじゃなくてその日のお昼のために買うようなものばっかりだったけどね」
何かわかるかも、と思った少年だったが、むしろ分からないことが増えてしまった。
「その箱って?」
「私もわからない。あ、これって水素のボンベだよね?」
他の残骸と格闘していた少女が、左手に持ったペットボトルほどの大きさの金属筒を高く掲げる。
少年は錆びついた残骸から一旦目を離して、
「そうだよ。当たりなやつだな。高く売れるし、俺たちで使ってもいい」
「やった。はい、これ」
「自分で持ってなくていいのか?」
「私が持っててもレイが持ってても同じでしょ。私いま鞄もってないし。それに、売るにしても使うにしても私はやり方が分からないからね」
「ま、確かにそうだな」
受け取ったボンベを鞄にしまう。
「なあ、ちょっとこっち手伝ってくれないか?中を見たいんだけど、錆びついてて開かないんだ」
「いいよ。せーのっ」
二人がかりでバールを引っ張ると、今度はあっさりと残骸の外装がはがれる。
「どう?なにかあった?」
「はずれだな。中まで全部錆びてる」
「はずれかぁ」
そのあとも、建物の中を探して回ったが、目立った収穫はなかった。
他にもいくつか錆びて崩れかけた建物を漁ったものの、結局見つかったのは、最初に少女が見つけたボンベ以外には壊れかけた機械部品が数個だけ。無いよりましといったところか。
まあ、元からここが廃屋になって数世紀は経っているのだから残っているものの方が珍しいのだ。ここに来るのだって初めてではないし、数年前に来たときはもう少し物があった。
実際に探索しているレイからすると、一部の資源や機械を廃墟からの掘り出し物に依存している今の人間の暮らしが、いつまで保つのか心配になるところなのだが、それはただの少年が考えたところでどうにかなる問題ではない。
五つほど廃屋を回った頃には次第に日も傾き始め、廃墟の隙間から建物の中にまで西日が入ってくるようになる。
そして、そろそろ疲れてきたし引き上げたほうがいいころかな、と思って少年が後ろについてきていた少女の方を振り返った時だった。
「……っ」
「ん?」
少年は怪訝な顔をする少女が何か続けようとするのを手で遮り、小声で告げる。
「ゆっくりしゃがんで。あいつらがいた」
「え、どこ?」
「今窓の外に一瞬見えた。まだばれてはいないと思うけど、この建物から出るのは危ない」
物陰に隠れ、顔を寄せて内緒話モード。
「どのタイプなの?」
「歩兵型、って言ってわかるか?」
「二足歩行で軽装備なやつだよね?」
「そう。見えたのは二機。今まで会わなかったんだから他にはいないとは思うけど、保証はない」
流石に下手したら命に係わる状況で、下手な推測を信じるわけにはいかない。
「こっちから仕掛ける?」
「いや、隠れたままやり過ごす。正直陸上での戦闘は得意じゃないからな。できれば穏便に済ませたい」
それに、少年一人ならまだしも少女を守りながらでは、勝算は薄い。
「見つかったら?」
少年は、腰に下げていた拳銃を抜いて、
「その時は戦うしかないだろうな。できる限りのことはするよ。逃げても背中から撃たれるのが関の山だし」
あまり使い慣れたものではないので、その重さがずしりと感じられる。
二人が息を殺すと、無人兵器の歩く音が微かではあるが聞こえてくる。足音からして二機ほどか。
少年にとっては初めてでも何でもない状況だが、それでもやはり緊張はする。なんせ見つかったら命にかかわるのだ。回数を積んだからと言って慣れる代物でもない。
自分と少女の押し殺した呼吸の音さえも不安に感じ、拳銃を握りしめた手が手汗でしっとりとしてきたころ。
廃屋の崩れかけた壁の隙間から、嫌というほど見慣れたそれが姿を現した。
まず見えたのは、装甲どころかカバーすらなく駆動部がむき出しになった脚。
続いて最低限の装甲だけが体の前にだけ施された胴体、最後にセンサー系をまとめました、という感じの歪な頭部が。
脚と同じように駆動系がむき出しな腕には、ぼろぼろになったアサルトライフルが抱えられている。
内蔵型ではなくわざわざ通常の武器を持たせていたのは製造時のコスト削減のためか。
少年は湿った手で拳銃をぐっと握りしめ、少女はしゃがんだまま軽く身構える。
一機目に続いてすぐにもう一機が現れた。こちらは一機目と違って、破損したのか左手がなかったが、右手には同じアサルトライフルを提げている。
命がけのかくれんぼだった。いつもの事ではあるが、少年としてはそのたびに寿命を年単位で削られているような気になる。
少女がパニックを起こさないかも心配していたがその心配はなかったようで、少女はかすかな生きの音以外には文字通り物音ひとつ立てなかった。
鼻の先に集まった汗が地面に落ちるまでに一瞬が、数分間にも思えるような時間の中、二人して息をひそめ、彼らが通り過ぎるのを待つ。
歩兵型は不格好な頭を振ってあちこちを警戒し、その顔がこちらを向くたびに少年はぐっと、汗で滑りそうな拳銃を握りなおす。
そして、その後も歩兵型はどういう基準で動いているのか少し移動しては再び同じところを通ってを繰り返し、かれこれ五分ほどしたころ、少年にしてみればもはや時間間隔さえなくなるほどの時間の後、ゆっくりと小さな足音は遠ざかっていった。
そのままさらに一分ほど息を殺して、もう足音が戻ってこないことを確認し、ゆっくりと振り返って少女と目を合わせると、少年の体から緊張が一気に抜けていく。
「たすかったね」
少女がにっと笑う。
少年は拳銃を腰にしまって額の汗をぬぐいながら、
「だな。助かった」
「いつもこうやってやり過ごしてるの?」
「襲われる前に気づければな。けど、3,4回に一回は見つかるから今回はラッキーな方だ」
立ち上がって軽く体を伸ばし、固まった関節をほぐす。少年の体が、べきばぎっ、と嫌な音をたてた。
少女も立ち上がってスカートの砂やほこりを払う。
「この後どうするの?」
「早く飛行機のとこに戻ろう」
「だね。またパッケージの歩兵とばったり鉢合わせてもやだしね」
建物から出ても、近くに歩兵型はいない。
できるだけ西日でできた長い影の中を通るようにしつつ、小走りで海の方向を目指す。
陰影の濃い町の中を十分ほど走り、やがて橙色に輝く海が建物の隙間から見えてくる。
「見えてきたよっ」
「このまま飛ぶからそのまま乗って。俺が押して海に出すから」
「いや、私も手伝うよ」
「海に入るから足元濡れるぞ」
「大丈夫」
少女は水上機が乗り上げた斜面の手前で立ち止まると、靴を脱いでスカートの両端を持ち上げて膝の上あたりで結ぶ。
「これでぬれても問題ないよ」
「じゃあ頼む」
二人がかりで押すと、下り坂なこともあって、機体はあっさりと海に出た。
機体側面のでっぱりに手をかけてよじ登り、コクピットに入る。
「レイ!パッケージが来てる」
少女の叫び声を聞いて後ろを向き、街の方に目を向けると、先ほどの歪な人型の機械がゆっくりとこちらにやってくるのが見える。
「キャノピー閉めてっ」
「おっけー」
エンジン始動。エンジンが動いてプロペラが回り始めたのを確認してから、少年はゆっくりとスロットルを押し込む。
後ろから撃たれているのか、翼の表面で時折オレンジ色の火花が舞う。
少女があまり緊張感のなさそうな感じで、
「うわ撃たれてるよ。とっとと逃げよっ」
「もちろん。ちょっと荒くなるからしっかり座ってて」
機体はゆっくりと水上を滑り出し、波に侵食されてボロボロになったテトラポッドの山を迂回して海に出ると、一気に加速し、空に舞い上がる。
既に遠くになった廃墟には、ただ当ても無く廃墟の方へ戻っていく軍用量産アンドロイドだけが残された。
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