第07話 衝突


 三層目は入り組んだ廊下と小さな部屋で構成されていた二層目とは打って変わって、広々としていた。が、それは大した違いではない。

「うわ、電気がついてるよ」

「さっき言ってた誰かさんがつけたのか」

 階段下の扉を開けた先に広がっていた空間は、無機質な白い光で満たされていた。

 流石に200年以上前の戦前戦中からつきっぱなし、というのはないだろう。

「知ってはいたけどちゃんとした電気の明かりを見るのは初めてだね」

「懐中電灯つかってただろ」

「あれは小さすぎてまともな明かりには入らないよ」

 それこそ数週間単位で久方ぶりの人工光に満ちた部屋は不思議な安心感があったが、同時に今いる場所との不釣り合いさ胸の奥を直接つつかれるような不安がある。

言うなれば、砂漠のど真ん中で見慣れたコンビニを見つけたような。

 幸い、無人兵器はいなかった。正確に言うならば、正常に動いている無人兵器は。

 あちこちに無人兵器の残骸が転がっていて、壁には無数の弾痕もある。

 火薬のにおいのようなものはしないので、ついさっき、というわけではないだろう、と少年はあたりをつける。

「とにかく手分けして探そう。こんだけ広いと一緒に探したらいつまでかかるか分からないし」

「そうだね。じゃあ私は壁沿いにある部屋を」

「俺はまず真ん中にある指揮所みたいなところを調べるよ」

 二手に分かれていつものように宝探しを始める。

 フロアの中央は一段低くなっていて、その周囲を囲うよう設置されたにたくさんのデスクはこの施設が動いていた時はおそらくここの上層部が座っていたのだろう。視線を挙げると壁面に大型のモニターが掲げられているのが分かる。

「さて、あたりは残ってるかな、と」

 どうやら数日程度では癖というものは取れないようで、小声で独り言をつぶやきながらあちこちを漁っていく少年。

 地下三階にもなると埃も少なく、ほとんどの物が往時の姿を保っている。

 見慣れた液晶やキーボードから、全く見当もつかない謎の機械。このあたり、人類の技術レベルは戦前や戦中から大幅に退化しているので致し方ない所ではあるのだが、さっぱりわからないことに悔しさのようなものがないと言えば嘘になる。

(いじってみたら動いたり……はしないよな。まあそりゃそうか)

 この施設を放棄するときに何かしらの情報隠蔽をしたのか、はたまた純粋な経年劣化か。電気がついている以上電源は生きていそうなものだが、適当に電源らしきスイッチを押したりしてもうんともすんとも言わない。

(けどまあ、色々転がってるし高く売れるものも一つか二つはあるだろう)

 決して短くはない探索者としての経験を駆使して普段見かけない者でも使えそうなものは片っ端から手に取っていく。

 見慣れない機械、読めない文字で書かれた紙の資料、機械の中に埋め込まれた燃料電池や液体水素タンク。

 そして机のうち半分ほどを調べ終わって、次の机へ目を移したとき。

(……これって、何かの記憶媒体か?)

 白と水色の手のひらほどの大きさの箱状の何か。材質は金属でもなければプラスチックでもなく、正確には分からない。非接触式なのか接続端子のようなものはなく、代わりにある面にだけ何かのマークが書かれている。

 これは掘り出し物だな、と思ってポケットに突っ込んでその横の机に移ろうとし。

 その時だった。

「よう、名も知らぬ探索者さんよ」

 後ろから明らかに少年の連れの物ではない声がかけられた。

 思ったより収穫があって気が散っていたのか。

 背筋を詰めたい指で逆撫でされた感覚が、全く気が付いていなかった少年を襲う。

 初対面の相手には平和的に、なんていう事を考える余裕すらなかった。

 本能のところが仕事をして、反射的に前に下げていた狙撃銃をつかんで振り向きざまに構える。

 結果から言うと、それが正解だった。もとより、平和的に挨拶しようと思っている人間は、その相手に背中から声をかけない。

 なら、背中から声をかける相手の意図は。

 答えはすぐにわかった。

 ベージュ色をしたセミオートの狙撃銃を構える少年と、黒色をしたブルパップのアサルトライフルを構える中年の男が3メートルほどの距離で対峙する。

「おっと。初めましてが銃口とは平和的じゃねえな」

「銃を向けてから声をかける人間には言われたくないね。そっちが銃を下ろしてくれればこっちだってこうする必要はなくなるわけなんだけど」

「全く同じセリフをお返しするよ。下げんならそっちから下げろ」

 少年の街の人間でないことは、すぐにわかった。街の人間なら顔を見たことくらいはあるし、なによりその銃が見たことのないものだった。

「生憎、銃を構えて後ろからやってくる人間を信用するほどお人よしじゃないんだ」

「へっ、黙って後ろから撃たなかったんだから信用してほしいとこだな」

「それは一方的に銃を向けたままこっちを脅迫できると踏んだからだろ」

「こっちだって命が惜しいんだ。法も警察もないこの陸なんだ。交渉するのに身の安全を確保したいって考えるのは自然だろ?」

 にらみ合いのような状態が十秒ほど続いた。

 お互い引き金に指をかけ、少し力を掛ければ相手を撃ち抜ける状態。

「で、いったい何の用?」

「大体想像はついてるだろ?ここの施設で拾えるものをこっちに譲ってくれって話だ」

「はいというとでも?あんたが一方的に銃を向けて脅迫できる状況じゃない以上、それは無理な相談だ」

「別に有り金すべて置いて行けって言ってるわけじゃねえ。それじゃあ強盗だからな」

「もう十分に強盗だと思うんだが?」

「まあそういわずに聞けって。多少は譲歩するさ。お前もわかってると思うが、ここの徘徊者のほとんどを排除して、この階層の電源まで復旧させたのは俺だ」

 ある程度は平和的に話をする気があるのか、男はゆっくりと引き金から指を離す。

 その指が銃身と並行に延ばされたのを確認してから、少年も引き金から指を離すが、お互い銃口を突きつけあった状況は変わらない。

「だからその労力に見合うだけの対価は欲しいわけだ。せっかくここまでしたのにこの階層のほとんどの物をそっちに持ってかれるのはさすがに納得いかねえ」

「この業界は早い者勝ち、取った者勝ちだ。無人兵器を無力化しようと電力を復旧させようと、見つけてない物の所有権までは主張できない。あんたも探索者ならわかってるだろ。だからよこせってのはただの追いはぎだ」

「おまえがここで見つけるものを全て俺によこせとは言わない。ただし、俺に先に漁らせろ。そのうえで、今までお前が拾ったものの8割を寄越せ。そのあとでなら好きに漁っていい」

 男は少年の言葉を無視して続ける。

「それで譲歩?笑わせるな。こっちだってあんたの残飯漁りに来たわけじゃないんだ」

「はっ。こっちが譲歩してやるってんだから気が変わらないうちにありがたくうけとれよ。黙っで蜂の巣にしなかった恩を忘れたか?」

「本性が出てるぞハイエナ」

「調子に乗るなよ小僧。もう一度だけ言ってやる。いったん手を引け。そして今おまえが拾ったものの8割を出せ」

 少年も、明らかに自分の方が不利なのは分かっている。アサルトライフルはこの狭い空間では理想的といってもいい得物だろう。けれど、ここで引いたら状況は悪化するだけだという事もわかっている。この陸は、弱者は骨までしゃぶりつくされる世界だ。

 とっさの判断ですぐに撃てるように、少年は指先に意識を集中させる。

「聞こえなかったか。何度言おうと答えはノーだ。わかったらひっこ……」

 そこまで言ったところで、少年の背筋に何か冷たいものが伝ったような気がした。首の後ろがすっと冷える。

 別に男が何かしたわけではない。むしろ、その更に奥。

「状況が分かってるのか?状況把握は大事だぞ。人生の先輩からの最後のアドバイスだ」

 少年の前に立つ男は少年の言葉にかぶせるようにして話し続ける。

 不思議な圧を持ったその影は、暗い部屋の中から明るい中央部に出てくると、ゆっくりと男の背中側から近付いていく。


「はじめまして。私たちに用があるみたいだけど、どういった用件で?」

 

 たがいに銃を向けあうこの状況には、不釣り合いな澄んだ声だった。

 しかし、その瞬間。一瞬で立場が逆転した。

 左手で男のアサルトライフルの銃身の先端をつかむと、そのまま片手で銃口を持ち上げた。男の銃は、あっさりと天井を向く。

 男の隣に立ったのは白いワンピースにフライトジャケットの少女。

 上を向いた銃口はぴくりとも動かない。

「交渉ならいくらでも応じるよ」

 驚愕で目を見開いて固まっていた男が、ようやく思考が追いついたのか大きく舌打ちをした。視線がいきなりやってきた闖入者の方へ向く。

 男の顔が不機嫌そうにゆがむが、少女にそれを気に掛ける様子はない。

「あー、やっぱりそうなるよね」


 そして、しっかりと銃身を掴んで固定したまま、すっと男の耳元に顔を寄せた少女は、そこで短く何かを囁いた。


 少年には何と言ったのかまでは聞こえなかった。

 男から距離を取ると同時に、少女は男の銃から手を放す。

 思わず引き金に指をかける少年だったが、男が銃を撃つことはなかった。

 男は投げ捨てるようにして銃から手を放し、スリングで吊られた銃は勢いよく回って男の背中側に収まる。

「さあ、どうする?これでもまだ言いたいことがあるなら聞いてあげるよ」

 少女は拳銃を手に取ることすらせず、少年の隣まで歩いてきて、両手を腰に当てて男の方を向く。

 もう、少女から先程の首筋が冷えるような雰囲気は感じられない。

 互いににらみ合ったままの、息の詰まるような時間。

 一分ほどだろうか。そんな時間が続いた。

 いよいよ銃を構える腕が辛くなってきた頃。

「分かった。俺が引こう」

 折れたのは男の方。もとよりこの状況で場を支配しているのは少年たちの方、それも主にここには不釣り合いなワンピースの少女だ。彼が折れるのも時間の問題だった。

 男は肩をすくめながら、心底いやそうに宣言する。

「俺は手を引く。おまえらで後は好きに漁ればいい」

 下手な捨て台詞などは無かった。

 男は少年の方を一瞥するとくるりと踵を返し、二人が先程降りてきた階段の方へと歩いていく。その背中から感情は読み取れない。

 男が振り返ることはなかった。

 その後ろ姿が階段の向こうへ消えたのを見届けてから、少年は銃を下ろす。

緊張と、それと同じ姿勢でずっと立っていたせいもあって固まった体を、軽く伸ばしてから、首を横に向けて、

「ありがと。助かった」

「お互い様だよ。私だってレイには助けてもらった身だしね」

 ぱちん、と。手を打ち合わせる音が広々とした地下空間に響いて。

「ただ、これで終わりじゃないだろうな」

 少年は、苦笑しながらそう言った。

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