第九章 航空戦力 ~The Sandy Castle can be a Concrete Pillbox~

第28話 クリアード・フォー・テイクオフ


「改修機材積み終わったかっ」

「積み込み完了しました!」

 足元の草に朝露が残る早朝。図らずも防衛線の内側にできた「安全な地上」で、迷彩服を着た軍人たちが何台もの装甲車の間を走り回っている。

「増援の部隊は!」

「太陽光発電プラントを放棄し、第三、第四、第八防衛線を後退して防衛線を縮小。浮いた4小隊がポイントF3で待機中。ポイントG4で合流予定です」

「内訳は」

「歩兵戦闘車を装備した歩兵小隊2、軽装甲車の通常の歩兵小隊が2です」

 昨晩あのあと、少年は眠る二人を叩き起こしてマインハルトに直接、建前上はフォルテナからの軍事援助の提案として、自分の考えを告げに行った。

 恐らく援軍は来ない事。

 現状では負けはしなくても勝ちもできない事。

 自分の飛行機に少し手を加えれば恐らくは爆撃能力が付加できる事。

 それならば戦車型を撃破できるはずだという事。

 そして、少年にその爆撃任務を行う意思があること。

「任務を確認する。その四小隊に我々第三偵察小隊を加えて特別遊撃中隊とし、第一整備小隊を護衛しつつ包囲網を突破する。突破後は護衛対象とは分かれ、本中隊は敵包囲網外からの奇襲作戦を実行する」

 最初は少年たちの提案に消極的だったマインハルトも、現状ではじり貧だということは分かっていたのか、少年の要求した包囲網突破用の戦力と改修用の人員を手配することには納得してくれた。

 恐らくは、少女の知っている戦車型についての情報をまとめた紙が効いたのだろう。口ぶりからするに、彼等でも知らない情報が多いようだった。

「主要道路の封鎖部隊は高性能な対戦車兵器を装備しているとみられる。そのため、我々は薄い住宅街エリアを突破する」

 突破後の護衛は戦力の都合上回せないということだったが、少年だってそこまでの贅沢を言うつもりはない。

「前述した戦力引き抜きの影響で、防衛線が崩壊する可能性もある。そうなる前に、我々遊撃中隊で敵の包囲網を崩すことが作戦目標である。我々の補給も望めないため、早期決着は必須事項だ」

 成功すれば戦局を一気に打開できるが、失敗すれば今まで保っていた均衡が一気に悪いほうに崩れる、まさにこの戦争の転換点となる作戦。

「これと並行して、敵指令機に対する爆撃作戦も実行される。この作戦のため、事前に伝えた第三偵察小隊のうち5名は、観測隊として指令機と推定される戦車型の位置を特定、発煙弾によって位置情報の通達を行う。航空機の整備を終えた第一整備小隊は援助要請のためにフォルテナへ迎え。以上だ」

 少年たちの物より一回りごつい装甲車に乗り込む軍人たちを見ながら、少年もここまで乗ってきた装輪装甲車に乗り込む。

 と、中では意外な人物が硬い座席に腰掛けていた。

「白亜、なんでお前もいるんだ?」

「一人だけ見知らぬ街に置いていくなんて、女の子に対する扱いじゃないと思うんだよね。それに、熱はもう下がったし体調も問題ないよ」

 危ないので少女は街で待っていてもらうつもりだったのだが、アリソンとアウトリッジの視線がこの期に及んで置いていくのは流石にないぞ、と言っている。

「さて、そんじゃいくとするか」

 車列が動き出すのに合わせてアウトリッジがアクセルを踏み込み、少年たちを乗せた装甲車は無人兵器の待つ廃墟に向かってゆっくりと動き出す。



 そして、約一週間ぶりに再会する愛機の前に、少年はいた。

「建物が崩れてつぶされてたらどうしようとは思ってたけど、大丈夫そうだな。壊されたりした様子もないし」

 あれからの道のりは順調とは言い難いものの、おおよそ想定の範囲内で進んだ。

 少し離れたところで待っていた部隊と合流し、装甲兵員輸送車と歩兵戦闘車、合計十五両は超えようかという車列で木々を押し倒し、廃墟の隙間を抜け、じわじわと前進する。

 兵員輸送車には銃眼のような物がついているらしく、その銃眼と車の上に乗った重機関銃、そして歩兵戦闘車2両から放たれる機関砲の圧倒的弾幕で廃屋の中に潜む軍用アンドロイドはおもちゃのように吹き飛んでいった。

 それでも、アンドロイドが出てこなくなることは無く、むしろ時たま現れる身の丈ほどの巨大な銃を抱えたアンドロイドや、後ろから回り込んで装甲の薄い背面を攻撃する機体により、擱座する車両も少しずつ出てきて、その乗員を回収するために停車すれば回収要員が負傷し、さらに停車したせいで攻撃が更に集中する。

 市街地を抜け、アンドロイドと遭遇しなくなることには日もすっかり真上に上り、車両も三分の一ほどが脱落していた。万全な車両は一両もない。

 正面突破しようとして全滅したという話からすれば、あれでも被害は小さく澄んだ方なのだろう。

「これが、改修しろって言う飛行機ですか。確かにハードポイントもありますし爆弾もなんとかできそうですが、随分な骨董品ですね。歴史の教科書に乗ってた千年前の飛行機みたいですよ」

「そっちの飛行機がどうなのかは知らないが、こっちじゃこれが普通なんだ。とにかく、改修を頼む」

「フォルテナって、そんな技術後退が進んでましたっけね……?」

 包囲網を抜けてからしばらくたって追撃がないことを確認してからは護衛の歩兵部隊と別れて、整備部隊の軽武装の装甲車と今度こそきちんとした道に出てここまで走ってきた。

 この中で最も武装があり、なおかつ目的地を知っているので少年たちの車が必然的に先頭になったが、タロスの包囲に無人兵器が出尽くしているのか、道中で遭遇することは無かったのは幸いか。

「プロペラ機の実物を見たのは初めてですね。けど、割と好きなデザインです」

 埃っぽい廃屋の中にたたずむ単発のレシプロ機の周りに集まった整備部隊の人たちから少し距離を取ったところで、アリソンがぽつりと言う。

「飛行機を見たことがないのか?」

「有りますよ。ただ、プロペラ機ではなくジェット機だったんですよ。デルタ翼の」

「ジェット機?」

「プロペラではなくってジェットエンジンで飛ぶんです。見た目も紙飛行機みたいにとがっていて。わからないなら今度うちの軍のを見せてあげますよ」

 壁か何かが崩れた跡のコンクリート塊の上に座りながら見る飛行機は、いつもと違って三本の足で地面の上に立っているせいか、廃屋の隙間から差し込む西日も相まって幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「レイ」

 ぼーっと西日の中にたたずむ愛機に見とれていると、唐突に後ろから声が掛けられた。

「ほんとにやるの」

 その一言に、どれだけの感情が詰まっているのか。

「ここまで来て、やっぱりやめますとは言えないさ」

「なら、私も乗せて」

 アリソンがさりげなく立ち上がって場所を開けたところに、入れ替わるように白亜が座る。

「お前はアリソン達と一緒に待っててくれ」

「私だって一緒に行ける」

 少女だって、自分のために少年だけに命を張らせるのは納得できない。少年にすべてを任せて、当事者の自分が安全地帯でただ待っているつもりはない。

 それは、おそらく少年も分かっているのだろう。その上で。

「これは白亜のためである以前に、俺の我儘なんだ。お前が助かるように、その手助けをするっての自体が、俺の我儘なんだ。だから、それにお前まで巻き込んで危険にさらすわけにはいかない」

「それならこれは私の我儘だよ」

「もしこれでお前を命の危険にさらすような破目にだけはしたくないんだ」

 そこでいったん少年は言葉を切る。少年に、空を飛ぶきっかけを与えてくれた一人の少女の事を思い浮かべて、

「それに、怪我でもさせたらお前の体をなんとかしてくるって約束した宇月に合わせる顔がないだろ。あいつだってお前が怪我することは望んでない」

 今この場にいない宇月を引き合いに出すのは卑怯だったかな、とも思ったが、白亜の答えは思いのほか素直だった。

「……分かった」

 ほっと一息つきかけてから、ふと考えなおす。

 白亜は本当にこれで引き下がるのだろうか。引き下がるような気もするし、実はまだあきらめていないような気もする。まだ人の事を知った気になれるほど長い付き合いでもないから断定するのは身の程知らずもいいところだが、それでも彼女ならまだ諦めてないのではないか、とも思えてしまう。

「助かる」

 丁度そう言ったところで、飛行機に群がって改修作業を行っていたタロスの整備部隊の一人から声が掛けられた。

「ちょっと、コクピットのことで聞きたいことがあるんですけど、いいですか」

「今行く。ちょっと待って」

 立ち上がったその後ろで少女がどんな表情を浮かべているのかは、少年には分からなかった。


***


 早朝の廃屋の中に、プロペラが空気を叩く規則正しい音が響く。

 昨日、工事現場のような巨大なライトをつけて陽が沈んでからも続いていた改修作業も日付が変わる前には終わり、交代で見張りを立てながらの気が気でもない夜もアンドロイドの襲撃を受けることもなく乗り切っての朝だった。

 朝露と朝日、淡い靄、崩れかけた建物がまるで絵画のようで、その真ん中にたたずむ両翼に500キロ近い爆弾を下げたテーパー翼のレシプロ機は往年の航空機の時代を髣髴とさせる威容を陽の光の下に晒している。

 その爽やかな空気の中、大きな声がそれに負けないほどの音量でその雰囲気を切り裂いた。

「あーっ!」

 エンジン音に気が付いてか、今まで飛行機に乗り込んだりその用意をしたりしていた音にも気づかずに眠っていた白亜が跳び起きて、地団太を踏みながら少年の乗る飛行機の方を指さす。

「……っ!」

 昨日ああ言った手前、置いていってくれたなとは大っぴらに叫べないようで声なき声を上げながらわなわなと指さしたその手を震わせる少女。

 昨日の不安は的中していたらしい。

「起きたかー。遅かったな」

 空いた風防からエンジン音に負けないように声を張り上げる。

「何で起こしてくれなかったの!」

「自分の胸に聞いてみろっ」

 ゆっくりとタキシングしながら旋回して、道路へとつながる建物の開口部へと機首を向ける。

 その横では整備部隊の人がサナトリウムのような光る棒を持って誘導をしてくれている。とはいえ、少年は正式なサインのような物は分からないので交通誘導員のような直感的にわかるサインにしてもらっているが。

「……墜ちるんじゃないよ」

「分かってるって。任せとけ」

 太い道路の上に出て機種の向きを道路の消えかかった白線に揃える。

 昨晩行った改修作業では、爆弾の装着以外にも、カメラを用いた簡易的な爆撃照準器の取り付けと、連絡用の無線機の換装を行った。

 そのせいで少し見慣れない機器が加わったコクピットの中で、少年は操縦桿とペダルを動かしてエルロンとラダー、エレベータ、フラップの動作確認を行ってから、風防を閉める。

「滑走路上に障害物有りません」

 新しくしたばかりの無線機から、整備部隊の男の声がする。

「了解」

 エンジンの回転数が上がり、機体の後ろで砂塵が舞い上がる。

 ふと横を見ると、道路の脇に整備部隊の人たちが一列に並んで敬礼をしていた。

 少し恥ずかしいようにも思えるが、悪い気はしない。

 反対側では、アリソンとアウトリッジ、それに未だに納得いかなさそうな顔をした白亜が少年の方を見ている。

 アウトリッジが立てた親指に応えるように、三人の方に軽く手を振ってから、気持ちを切り替えて無線機に向かって声を張り上げる。

「WASP02, CLEARED FOR TAKEOFF」

 管制のため、一時的にタロスの航空隊の二番機として登録してもらったついでにもらったコールサイン。思ったより悪くないな、とそんなことを思いながら前輪のブレーキを解除し、スロットルを押し込む。

 海の上をすべるのではなく、道の上を車輪で走っているからか、重量物をぶら下げているはずなのにいつもより早く機体が加速する。

 そして、ふわり、と機体が浮く。

 ランディングギアを格納し、十分な速度があることを確かめてからフラップも戻す。

 怖くないわけがない。初めての事だし、成功する保証もない。主翼下の重量物のせいで操縦感覚も違う。ああは言ったものの、無人兵器に対空兵器が無いという保証もない。

 それでも、やらなければいけない、という気持ちが勝った。

 操縦桿を引くと、低空を這うように飛んでいた機体が一気に空へ舞い上がる。

 ここからは、8番アークの探索者でも、フォルテナからの援軍でも、タロスの航空隊でもない。

 たった一人の少年が我儘を通すための戦いだ。


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