第30話 戦火


「牽引車用意!」

「これ、牽引車つなげるんですか!?」

「ケツにつなげろ!エンジンが死んでるんだ、そうでもしなけりゃ下に降ろせん!」

 なんだか妙に騒々しいな。そう思ったところで、少年は目が覚めた。

 一呼吸おいて、自分が滑空して翼端とフラップ無しの着陸をなんとか無事に終えた後に意識を失ったことを思い出す。いや、強烈な眠気に襲われたというべきか。

 やたらと長い滑走路のせいで助かったな、と思いながら周囲を見渡すと、トラクターのような車が後ろ向きに少年の機体を引っ張っている。

 されるがままに牽引されていくと、カマボコ状の倉庫のようなところに入ったところでトラクターが離れた。

 整備場にしては殺風景だな、と思ったが、答えはすぐに分かった。

 床全体が下がり、太い竪穴の中を降りてゆく。

 例えるならば、大昔の航空母艦のエレベーターというところか。もっとも、少年は文献の中でしか知らないが。

 数十秒ほど上に流れていく壁をぼうっと眺め、次に止まった時には、先ほどの倉庫のような所とは逆に、少年にもよくわからない機械がたくさん設置された地下だった。

 風防を開け、整備員と思しき男が機体の脇につけてくれた階段を下りて長らく踏んでいなかったようにも思える地面に足をつける。

 機械油の匂いの充満したきれいな空気とは程遠い空間だったが、それでも安心感や開放感のような物はある。

 ほっとするのと同時に、無事に計画を成し遂げられたという高揚感が今になってじわじわとやってくる。

 これで、戦争は直に終わる。

 そうすれば、少女の体もなんとかなる。

 だから、かつかつという靴の音がした時も、少年は達成感のような物と、早く少女の体をなんとかしたいという焦燥感のような物を抱きながら振り向いた。

「まずは、協力感謝します。作戦目標の戦車型の撃破は、地上部隊によって確認が取れました」

 水筒のような物を差し出しながら、灰色の髪の老紳士は言う。

 一気にその中身を半分ほど飲み干してから何か言おうとした少年だったが、その前にマインハルトが次の言葉を発した。

「それと、いいニュースと、悪いニュースがあります。どちらから?」

 実際にこの言い回しを聞くことがあるとはな、と思いながら、少年は答える。

「じゃあ、いいニュースからで」

 悪いニュースとはいっても、大したものではないだろう。

「戦車型の撃破により、あなた方の予想通り無人兵器群の指揮系統は崩壊したようで、戦況は各個撃破による殲滅戦に移行しました。通信妨害も解け、直に戦時状態も解けるでしょう」

 そう思っていたから、少年は特に躊躇いも無く尋ねた。

「で、悪いニュースとは」

 マインハルトも、一般論で言う残念な結果として悪いニュースという表現をしたのだろう。

「防衛線の縮小で戦線が突破され、街の一部が無人兵器の侵攻で壊滅しました」

 だから、その事実が少年にとって意味することまでは、知らなかったはず。それでも、この事実を告げてくれただけ感謝するべきなのか。

「あなたに紹介した技術者の事務所と研究所も、全壊したそうです」

 ちゃんと二本の足で立っているはずなのに、視界がふらりと揺れた。

「本人は避難していたそうですが、あのあたり一帯は地上以上の瓦礫の山です」

 そこまで聞いたところで、少年は駆け出した。

 この目で見て確かめないと信じたくなかった、というのは言い訳だろう。

 マインハルトが嘘を言っていないことはその声と表情が物語っていた。

 彼だって、この街の代表で、この街の事を何よりも思っているはず。

 ただ、それ以上聞きたくなかった。


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