第22話 会談


「葉ノ月澪さんと、葉ノ月白亜さん。ようこそ、フォルテナへ」

 事務机の向こう側に座った金髪の女性が言う。歳の程は30過ぎといったところだろうか。右手でくるりとペンを回し、それを机に静かに置く。

「私は、この第三地下試験都市フォルテナの代表、正式には都市代理人をしている、グラディス・ニューポートです」

 そう言うと、グラディスと名乗った女性は席を立ち、部屋の端にあったパイプ椅子を三つ持ってくる。

「8番アーク所属の探索者、葉ノ月澪と言います」

「同じく8番アークの葉ノ月白亜です」

 雰囲気に圧倒され、直立したまま反射的に正式な名乗りをする少年。少女の方も、 どうやら開き直って苗字は葉ノ月で通すことにしたらしく、今度は詰まることなく流れるようにその名前を名乗る。

「じゃあ、俺も改めて。第二偵察隊所属のスカウトで、グラディスの個人的な友人、アウトリッジ・スカイホーク・コルトだ」

 そこまで言った男はパイプ椅子に腰かけると、

「ほらな、口利きするって言っただろ。君たちの素性については、俺から彼女に説明した。その代わりに君たちをいきなりこんなところに呼び出す羽目になっちまったが、そこは大目に見てくれ」

 個人的な友人、というには随分と年が離れて見える、と思ったのが顔に出ていたのか、

「大体何を思ってるのかは見当がつくから言っておくと、俺とそこの彼女は同い年だ。老け顔とはよく言われるよ」

 アウトリッジに促され、少年たちもパイプ椅子に腰かる。

 グラディスも再び席に座ると、紅茶のような物をポットからカップに注ぎながら、

「さ、堅苦しいのは無しで行きましょう。まずは、澪さんと白亜さん。アウトリッジを救助して頂いてありがとうございました」

「あ、いえ、どうも」

 助けようとして助けたわけではないので、どうしてもどこか歯に物が挟まったような言い方になる少年。

「で、ここからが本題です。あなた方はここのような地下試験都市ではなく、海の上にある「方舟」からやってきた、とアウトリッジから聞きましたが、本当ですか」

「本当です。所持品を見てもらえば、ここのものではないことは分かると思いますが」

「単なる確認ですよ。そもそも、アウトリッジから間違いないと聞いているのでそこを疑ってはいません」

 そこまで言うと女性はいったん言葉を区切り、背もたれに寄りかかって天井を見上げる。

「あまりそう見えないとは思いますが、これでも口から心臓が飛び出るほど驚いているんですよ。ここ数百年、生き残った人類は我々だけだと思ってましたからね」

 そして、前を向き直ると机の上にあった書類をとんとんと揃えて、

「わざわざこんな時間にお呼びしたのは、我々の知らないところから来たあなた方と、正式に会談をしたかったからです。こういうと変な感じもしますが、ほぼファーストコンタクトに近い状態なのですから」



「とりあえずは、お互いの情報交換から行きましょう」

 そう言うと、グラディスは手の中で揃えていた紙束の中から数枚を引き抜き、少年たちに渡した。

「正式な会談なんて言われても、俺たちは「方舟」の一市民にすぎませんし、ここへ来たのだって「方舟」側には伝えてないんですが」

「分かってますよ。ただ、昔からこういう時は初動が大事と決まっていますし、それに何か談話のような物を発表しようってわけでもありませんから安心してください」

 新たにもう一つパイプ椅子を持ってきて、少年たちとアウトリッジ、それからグラディスで事務机とは別にあった小さなテーブルを囲うように座ってから、グラディスは続ける。

「まず、ここの歴史から。この第三地下試験都市フォルテナは、大戦末期に地上における人類の居住が困難になった際、一部の人間が当時試験段階にあった地下都市に避難したのが始まりです。当時この辺り一帯に居住していた人間のうち、生き延びていたほんの一握りの人間がここに来て難を逃れたのです。それから、今までの数百年。近隣にあった7つの地下試験都市の間で、詳細は省きますが、小さな争いはあったものの基本的には協力して細々と息をつないできました」

「人口規模は、どれくらいなんですか」

「大体、一つの街で一万人弱といったところですね。試験的な都市で収容能力はさほど高くないんですが、幸か不幸か最初にここに生きて避難できた人数が極端に少なかったせいでなんとかなっています」

 グラディスはカップに砂糖を少し入れ、少し口をつけてから、

「地下都市なので、当然太陽光は届きません。なので疑似的な太陽光を放つ照明が天井に当たる部分に設置されていて時間に合わせて調光しています。ここの住民のほとんどは星どころか青空すら見たことがないと思いますよ」

「ちなみに、外に出るには基本的に軍に入ってスカウトになるしかない。俺みたいにな。だから外に憧れてスカウトになるやつも多いが、大抵はリーパーのやつらにやられるか、よその街との小競り合いに巻き込まれるかして天寿を全うできる奴は一握りさ」

 ここら辺の事情は「方舟」と同じようなものらしい。海の上に浮いてるか、地面の下に沈んでるかの違いはあれど、やはり同じような状態なのか。

「そちらの「方舟」について伺っても?」

「一市民に分かる範囲でしたら。成立の経緯については、こことほぼ同じです。行き先が地下だったか、海上だったかの違いで。「方舟」っていうのは簡単に言えば海に浮いた人工島みたいなものです。人口は俺が住んでいた8番アークは千人弱。他にもっと人口が多いところもあるらしいですけど、詳しいことは知りません。あと、先ほど言った探索者というのはこちらで言うスカウトと同じようなものです。ただ、バイクではなくって飛行機なのと、所属がある訳ではなく個人でやっているだけですが」

 一気に言い切ってから無意識に目の前にあったお茶を口にする。飲み込んでから何か盛られてたら嫌だな、とも思ったが、亡き者にする機会ならいくらでもあったはずなので気にしないことにした。

「ところで、アウトリッジが遭難していたところまでは、ずっとその飛行機で?」

「はい。俺たちの帰りの足でもあるのでどこにとめたかとかは伏せさせてもらいますが、そうですね」

 そう、と呟いたグラディスはぐっと手に持った紅茶を飲み干すと、

「聞いたところによると何か理由があってここまで来たようですし、大事にするのはあなた方も望んでいないでしょうから、しばらくの間はあなた方の事と、この地下試験都市群の外から人が来た事は一般には伏せておきます」

 そう言うと音を立ててカップをテーブルの上に置く。

「そして、ここからは個人的なお話をさせてもらっていいかしら」

「なんでしょう」

 今までテレビで見る政治家のような硬いものだったグラディスの表情が、人間味を感じる温かいものに変化する。

「その、白亜さんの言った葉ノ月って苗字、偽名じゃないかしら」

「……」

 わざわざ否定しようとは思わなかったのか。少女は無言だった。

「別にだからどうこうって言う気はないわ。ただ、そういうのには心当たりがないこともないからね。兄弟や親戚にも見えないし。これはアウトリッジから聞いたことだけど、あなた達がここまで来た理由もあなたに関係あるんでしょう」

「心当たりって?」

「昔、知り合いに似たようなのがいたのよ。それだけの話」

 明らかにそれだけではない言い方だったが、少年も少女も追及はしなかった。する理由もなかったし、何よりしてはいけない雰囲気がはっきりと感じられた。

「わざわざこの数百年あなた達の街の人間が誰一人としてこなかったところまでやってきたんだもの。その理由っていうのもそれ相応のものなんでしょう。無理に聞くつもりはないけれど、もし気が向いたら教えてちょうだい。私たちで出来る限りの協力はするわ」

「理由っていうのh

「ありがとうございます。その時があれば、お願いします」

 少女の言葉を遮るようにして少年は言う。グラディスの申し出が社交辞令などではなく本心からの言葉であることは分かったが、それでも少年としては無闇に言って回るべきではないという思いが先に立った。

「そう、それから、フォルテナにどれだけいるつもりかは知らないけれど、少なくともここにいる間の住処は私の客人っていう扱いで行政府の方で用意しておくわ。彼を助けてもらった恩もあるしね。いろいろ勝手が分からないこともあると思うから、アウトリッジが使ってる官舎の空き部屋でいいかしら」

「それは助かります。ありがとうございます」

「そんなかしこまらないで。こっちからしたら、あなた達もその「方舟」の代表みたいなものなんだから。お互い対等ってことでやってきましょ。それに、正直見ていて放っておけない感じがするしね」

 そう言うとグラディスは椅子から立ち上がり、

「アリソン・ヘンソン上等兵。この執務室は防音なんてされてないから聞こえていたでしょう。案内してあげてもらえるかしら」

「敢えて防音じゃない執務室の前で待機させたのはあなたですよ。盗み聞きみたいに言わないでください」

 扉を開けて、先ほど案内をしてくれた女性が入ってくる。アウトリッジはその女性を手で指すと、

「俺はこの後病院に寄ったりバイクの本格的な修理を頼んだりとやることがあるから、官舎までの案内とこまごました説明はアリソンがしてくれるはずだ」

「私だって暇じゃないんですけど」

「私の独断で動かせる人で暇してるのがあなただけだったのよ。その分時間外手当は出すから頼まれてちょうだい」

「ま、あなたに直々に任務を言いつけられた時点でこうなるような気はしてましたから。わかりました」

 アリソンは扉を開け、少年たちに手招きをする。

「頼んだわよ。あ、あと荷物はその部屋に置いてあるわ。銃はこちらの法律の都合上預からせてもらってるから、要る時はアリソンに言ってちょうだい」

「食費って出るの?私たち、ここのお金は持ってないんだけど」

 去り際に、白亜が少年も気になっていたことをド直球で尋ねる。

「あー、そうね。まあ出してもいいわよ。地下試験都市群の外からの初めての訪問者二人の滞在費なら、多分公費でなんとかしても大丈夫でしょう」

 白亜は一人で二人分くらいは余裕で食べるんだけどな、と思いつつ、食費は切実な問題だし撤回されると困るので黙っていることにした少年だった。

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